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万象の魔女、子育て奮闘中!~娘は全員マザコン、4人目は召喚獣付き~  作者: 浅沼まど
第2章【 長女が過保護すぎて、家から出られません! 】

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第8話『買い物に護衛がつく生活』

 九時から十二時まで、きっかり三時間だけ研究をした。

 十二時の鐘が鳴ると同時に、研究塔の扉が施錠された。マギーの時限式魔法鍵は、一秒の狂いもない。

 未練はある。万象循環理論の第七章、今日やっと式の展開が見えてきたところだった。あと三十分——いや、十五分あれば。

 しかし鍵は開かない。マギーの魔法は完璧だ。


 昼食を済ませた後、リリアーナは言った。


「街に買い物に行きたいの。薬の材料が足りなくて」


 ダリアが立ち上がった。待っていましたと言わんばかりの速さだった。


「私が同行します」

「ダリア、買い物よ? 散歩みたいなものよ?」

「護衛です」


 護衛。買い物に護衛。

 言っても聞かないことは昨日の時点で学習済みだった。


 マギーも立ち上がった。


「私も参ります。御母上様のお荷物をお持ちします」

「マギーまで?」

「聖なるお買い物のお供です」


 カミリアは学院に出発済みだった。唯一の不参加者。つまり止める人間がいない。


 こうして、万象の魔女の買い物に護衛の騎士と自称・聖典編纂者が随伴するという、大袈裟な一行が森の小道を歩き始めた。

 ダリアが先頭。常に周囲を警戒している。右に視線を送り、左に視線を送り、背後を確認し、上空まで見ている。

 マギーが後方。リリアーナの少し後ろを歩きながら、小さなメモ帳に何かを書いている。聖典の取材だろう。「御母上様、本日のお買い物ルート」とでも書いているのかもしれない。

 リリアーナは二人に挟まれて歩いている。森の中の小道は静かで、鳥の声と木の葉の音しかしない。脅威は一つもない。


「ダリア。あのリスは脅威?」

「……いいえ」

「あの鳥は?」

「鳥でもありません」

「じゃあ少しリラックスしてもいいんじゃないかしら」

「油断は禁物です、お母様」


 リラックスという概念が、ダリアの辞書には護衛時の項目にないらしかった。


 街に着いた。

 王都エルヴィシアから馬車で半日ほどの小さな街。花籠の館から一番近い集落で、リリアーナが日用品や薬の材料を買いに来る場所だ。

 街の人々はリリアーナの顔を知っている。「森の魔女様」と呼ばれている。「万象の魔女」という大仰な二つ名よりも、ここではそちらのほうが通りがいい。


 薬屋の扉を開けた瞬間、リリアーナの表情が変わった。


「あら。この薬草、前に来た時はなかったわ」


 棚に並ぶ薬草や鉱石を、端から順に見ていく。手に取って、匂いを嗅いで、色を確認して、また棚に戻す。時々、小さく声を上げる。


「あ、月光草。これ、回復薬の触媒に使えるの。最近手に入りにくくなってたのよね」

「御母上様、それは何に使うのですか」

「これはね、マギー、乾燥させてから粉末にすると——」


 リリアーナが薬草の効能について語り始めた。目が輝いている。声が弾んでいる。

 普段は屋敷の中にいるから、こうやって外に出て新しい素材を見ると嬉しくなる。研究者としての血が騒ぐのだ。子供が玩具屋に入った時と同じ顔をしている自覚はない。


 店主がにこにこしながら説明してくれる。


「魔女様、こちらの新しい入荷もご覧になりますか。南方の商人が持ってきたんですが——」

「見る見る」


 返事が早い。二つ返事どころか一つ返事だ。

 店主と二人で薬草について語り合う。配合の話、精製の話、保存方法の話。リリアーナは楽しそうだった。屋敷では娘たちの世話と研究しかしていないから、こうやって同じ分野の人間と話す機会は貴重だ。


 ——ただし、店内の空気には問題があった。


 ダリアが、店の入り口で仁王立ちしていた。

 騎士団の白い軍装。腰の長剣。背筋の伸びた百七十センチの長身。目つきは鋭く、入り口を通ろうとする客に対して無言の威圧を放っている。

 本人に威圧の意図はない。ただ立っているだけだ。しかし「ただ立っている」の迫力が一般人の許容範囲を超えている。


 マギーは店の外で、道行く人に何か配っていた。目を凝らすと、小さな護符だった。


「花籠の館特製の御守りです。御母上様の祝福が込められています」


 布教活動を始めていた。買い物のついでに布教をする末娘。


 店主がリリアーナにそっと耳打ちした。


「あの、魔女様。入り口のお嬢さん、お客さんが怖がって入れないんですが……」

「あら」


 振り返ると、確かに店の前で立ち止まっている人が三人ほどいた。入りたそうにしているが、ダリアの前を通る勇気がないらしい。


「ダリア。お客さんが入れないみたいよ」

「……失礼しました」


 ダリアが一歩横にずれた。が、一歩ずれただけで威圧は変わらない。騎士が入り口の右に立つか左に立つかの違いでしかない。


「ダリア、もう少し……こう、柔らかい雰囲気を……」

「これが通常の状態です、お母様」


 通常でこれなのか。騎士団ではこれが普通なのか。

 リリアーナは店主に「ごめんなさいね」と謝った。店主は苦笑しながら「いつものことですから」と言った。いつものこと。この状況が「いつものこと」として認知されていた。

 

 マギーの布教活動も、街の人々は慣れた様子で受け流していた。護符を受け取って「ありがとう」と言う人もいれば、笑顔で断る人もいる。マギーはどちらにも「御母上様の祝福がありますように」と言っている。


 リリアーナは薬草の袋を抱えて、店を出た。

 娘たちが怖がられている。街の人に申し訳ない。あの子たちは悪い子ではないのだ。本当に、全員いい子なのだ。ただ少し——少し、方向性が独特なだけで。

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