第6話『おやすみなさい、可愛い花たち』
夜。花籠の館が静まり返っている。
夕食の後、ダリアが食器を洗い(リリアーナが洗おうとしたら「お母様は休んでいてください」と取り上げられた)、カミリアが居間の片付けをし(氷の才媛の所作で完璧に整頓された)、マギーが明日の朝食の準備を終えた。
それぞれの部屋に「おやすみなさい」を言って、屋敷の灯りが一つずつ消えていく。
リリアーナは自分の部屋に戻った——ふりをして、しばらく待った。
廊下の気配が完全に消えるのを確認する。全員が寝静まったのを確かめてから、そっと部屋を出た。
最初に、ダリアの部屋。
扉を細く開ける。音を立てないように。
ダリアはベッドの上で、剣を抱いて眠っていた。枕元に置くのではなく、抱きしめるようにして。鞘に入ったままの長剣を、まるで子供がぬいぐるみを抱くように。
寝顔は穏やかだった。日中の凛とした騎士の顔はどこにもない。十九歳の、ただの女の子の寝顔だ。
毛布が少しずれていた。リリアーナはそっと直して、肩までかける。
——大きくなったなぁ。
こうやって毛布をかけるのは、ダリアが赤ん坊だった頃からの習慣だ。あの頃は小さな籠の中で眠っていた。今はベッドから足がはみ出しそうなほど大きくなった。
でも、毛布をかける手つきだけは、二十年前と変わらない。
次に、カミリアの部屋。
こちらも扉を細く開ける。
カミリアは布団に潜り込んで、丸くなって眠っていた。眼鏡は枕元のケースに几帳面にしまってある。髪はほどけて枕に広がっている。
寝顔を見て、リリアーナは息をつく。
昔のままだった。八歳の頃と同じ寝顔。布団に潜り込んで、少しだけ口が開いて、かすかに寝息を立てている。「氷の才媛」の面影はどこにもない。
この子は眠ると全部脱げてしまうのだ。外面も、内面もなく、ただのカミリアに戻る。
起きている時にもこの顔ができたらいいのに、と思う。でも、それはカミリアが自分で決めることだ。母にできるのは、どちらのカミリアも受け止めることだけだ。
最後に、マギーの部屋。
扉を開けた瞬間、目に飛び込んでくるものがある。
壁一面の絵。リリアーナの似顔絵だ。大きいの、小さいの、クレヨンのもの、水彩のもの。五歳の頃に描いた最初の一枚から、最近描いたらしい新作まで、壁を埋め尽くしている。
新作が三枚増えていた。前に来た時は気づかなかった。一枚はリリアーナが庭で花に水をやっている絵。一枚はリリアーナが台所で料理をしている絵。もう一枚は——リリアーナが笑っている絵。
どれも上手とは言えない。マギーの才能は絵ではなく付与魔法にある。でも、一枚一枚に込められた時間と気持ちだけは、見ればわかる。
マギーはベッドで、メモ帳を握りしめたまま眠っていた。聖典の取材ノートだ。夢の中でも記録しようとしているのかもしれない。
リリアーナは三つの部屋を見回り終えて、一階に下りた。
裏口から庭に出る。
秋の夜気が肌に触れた。冷たいが、不快ではない。空には星が出ている。森に囲まれた花籠の館の庭は、街の灯りが届かない分、星がよく見えた。
花畑に立つ。
百合。ダリア。椿。マーガレット。
四種類の花が、月明かりの中で静かに揺れている。
百合はリリアーナの名前の花だ。リリアーナ——百合。
ダリアは長女の名前。秋に咲く、大きくて堂々とした花。
椿はカミリアの名前の由来。冬に咲く、凛とした花。
マーガレットは三女の名前。春に咲く、素朴で可愛らしい花。
どの花も、リリアーナが自分の手で植えた。娘たちが赤ん坊だった頃に、一株ずつ。名前をつけた日に。
娘たちはまだ気づいていない。この花畑が自分たちの名前と同じ花で埋まっていることに。いつか気づいてくれたら嬉しいし、気づかなくても構わない。
ただ、ここに咲いていればいい。娘たちと同じように。
今日一日を振り返る。
朝、研究塔で寝落ちした。マギーに叱られた。インクまみれの顔を記録された。
昼、ダリアが帰ってきた。健康管理計画書を突きつけられた。研究時間を三時間に制限された。
夕方、カミリアが帰ってきた。腕を引っ張り合いされた。膝の所有権を争われた。
夜、夕食を作った。全員の分を配って、自分の分を忘れた。三人に叱られた。
大変だった。一日の出来事としては、かなり大変な部類に入る。
世界を脅かす魔物と戦うより大変かもしれない。魔物は剣と魔法で対処できるが、マザコンの娘たちに対処する魔法は存在しない。
でも——不思議と嫌ではなかった。大変だけど、嫌ではない。
こうやってみんながいて、みんなが元気で、みんながリリアーナを見てくれている。それだけで、胸の奥が温かい。
ダリアが帰ってきたから、明日はもっと大変だろう。三人が揃うとカオスの密度が跳ね上がることは、二十年の経験でよく知っている。
でも、まあ。いいか。
花畑に向かって、小さく呟いた。
「おやすみなさい」
花に、なのか。娘たちに、なのか。たぶん、両方。
リリアーナは裏口から屋敷に戻り、自分の部屋に入り、ベッドに横になった。
研究塔の鍵は——明日からダリアに管理される。二十二時以降は入れなくなる。
少し残念だが、まあ、仕方がない。娘がそう決めたのだから。
目を閉じる。
世界最強の魔導師の一日が、こうして静かに終わった。




