↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万象の魔女、子育て奮闘中!~娘は全員マザコン、4人目は召喚獣付き~  作者: 浅沼まど
エピローグ【 花籠のお母さん 】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/47

第45話『今日も花籠の館は平和です(※召喚を含む)』

 花籠の館の朝は、カオスで始まる。


 午前六時。アイリスが泣いた。

 お腹が空いたのだ。赤ん坊は空腹を待てない。火がついたように泣く。顔を真っ赤にして、小さな拳を握りしめて。

 居間の床に魔法陣が展開した。青い毛並みの精霊獣が、ぽんっと出現した。きょとんとした顔で居間を見回している。


 ダリアが二階から駆け下りてきた。パジャマ姿。寝癖がある。しかし剣は握っている。寝る時も枕元に置いているらしい。

 一秒で精霊獣の前に立ち、剣の腹で押し戻し、窓を開けて外に追い出した。斬らなかった。最近は斬らなくなった。「殺す必要はない。追い出せばいい」とリリアーナに教わってからだ。


 所要時間、四秒。起床から処理完了まで。新記録だった。


「お母様、ミルクを」

「はいはい。今作ってるわ」


 リリアーナがミルクを温めている。温度計は——もう使っていない。手首の内側で確認する。四人目ともなれば、手の感覚だけでわかる。

 アイリスにミルクを与えた。泣き止んだ。魔法陣が消えた。


 午前六時半。カミリアが降りてきた。

 パジャマ。寝癖。目は半分閉じている。覚醒率三割。


「……ママぁ。なでなでぇ」


 いつもの朝の儀式——の前に、揺り籠を覗いた。アイリスが起きている。ミルクを飲み終えて、きょとんとした顔をしている。


「……かわいい」


 三秒見つめた。それから膝に向かった。手順が確立している。


 リリアーナの膝にカミリアが倒れ込んだ。なでなで開始。アイリスは揺り籠の中からこの光景を見ている。十八歳のお姉ちゃんが母の膝で溶けている。アイリスはまだ何もわかっていないが、いつかこの光景の意味を理解する日が来るだろう。


 午前六時四十五分。マギーが降りてきた。

 揺り籠に直行。アイリスの顔を覗き込んだ。


「おはようございます、アイリス。お姉ちゃんですよ」


 毎朝の挨拶。アイリスが名前をもらってから、マギーは毎朝名前を呼ぶ。名前を呼ぶことの意味を、マギーは誰よりも知っている。


 アイリスがマギーの顔を見て——笑った。


 居間の空気が震えた。魔法陣が展開した。今度は——大きかった。


 光の中から出てきたのは、鷹ほどの大きさの鳥だった。全身が赤い。翼を広げると居間の半分を占める。

 グリフォンの幼体。先日に続いて二回目だ。


「——対策部隊、展開!」


 ダリアの号令。朝食の準備をしていた手を止め、剣を構えた。

 カミリアが膝から跳ね起きた。覚醒率が一瞬で十割に到達。防壁を張る。居間と廊下の間に透明な壁が出現した。

 マギーが護符を三枚投げた。グリフォンの動きを鈍らせる拘束術。羽ばたきが弱まる。


 リリアーナはアイリスを抱き上げた。左腕に赤ん坊。右手を上げた。


「万象よ、鎮まりなさい」


 穏やかな声。母親が子供を叱る声と同じ温度。

 透明な球体がグリフォンに触れた。暴れていた翼が止まり、体が光に包まれて、すうっと消えた。


 静寂。


 所要時間、十二秒。対策部隊、本日一回目の出動完了。


「……朝からグリフォンか」


 玄関にカレンが立っていた。朝食の差し入れを持ってきたらしい。今日は来る日だったのだ。手にはパンの入った袋。袋を持ったまま固まっている。


「おはよう、カレン」

「おはようございます、リリィ。朝からお忙しいようで」

「あらあら。いつものことよ」


 いつものこと。グリフォンが出るのがいつものこと。この家の日常の基準が、一般家庭とは大幅にずれている。


 午前七時。カミリアが氷の才媛に変身した。三十分の膝枕の後、三秒で切り替え。


「行ってまいります、お母様」


 涼しい声。完璧な姿勢。三十分前に膝で溶けていた人間と同一人物には見えない。

 曲がり角で振り返った。リリアーナが手を振った。アイリスの手も——リリアーナが持ち上げて——振らせた。カミリアの口元が緩んだ。

 見えなかったことにする。


 午前八時。ダリアが出発した。近くの駐屯地。異動の申請は承認された。徒歩一時間の距離。毎日帰ってこられる。


「行ってまいります、お母様。夕方には戻ります」

「いってらっしゃい、ダリア。気をつけてね」

「お母様こそ、お昼ご飯を忘れないでください」

「……善処します」

「善処ではなく確実に食べてください」


 ダリアが出ていった。騎士の背中。でも門の前で一度振り返って、リリアーナとアイリスを確認してから歩き出した。


 午前九時。リリアーナが研究塔に向かおうとした。万象循環理論の第七章。今日こそ突破できそうな予感がある。


「御母上様。お昼の担当は私です。研究塔の鍵は三時間後に施錠します」

「はい、マギー」


 マギーが活動記録を開いた。


「本日の記録。午前六時、アイリス空腹による召喚一件、精霊獣、ダリア姉さまが四秒で処理。午前六時四十五分、アイリス笑顔による召喚一件、グリフォン幼体、対策部隊出動、十二秒で鎮圧。最終兵器使用。カミリア姉さまの膝枕は三十分。カレン姉さまの差し入れはパン」


 全部記録されている。花籠の館の日常が、マギーの几帳面な字で刻まれている。

 聖典ではない。活動記録だ。家族の記録。


「……マギー。最後の一行、追加して」

「何でしょうか」

「今日も花籠の館は平和です、って」


 マギーが微笑んだ。


「……はい。追加します」


 ペンを走らせた。


 『今日も花籠の館は平和です。なお、平和の定義には召喚獣の出動を含みます』


 リリアーナは笑った。

 アイリスが腕の中で、ふあ、とあくびをした。眠くなったらしい。光の玉がぽうっと一つ浮かんだ。


「還りなさい、小さな光」


 囁いた。子守唄のように。光の玉がふわりと消えた。


 カレンが台所でパンを温めている。マギーが揺り籠の横で活動記録を書いている。窓の外では秋の風が花畑を揺らしている。五つの花が揺れている。


 花籠の館の朝は、今日もカオスだ。

 でも——温かい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。