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万象の魔女、子育て奮闘中!~娘は全員マザコン、4人目は召喚獣付き~  作者: 浅沼まど
第7章【 この手は、抱きしめるためにある 】

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第44話『花籠の館は、花がいっぱいだ』

 アイリスの花の苗は、カレンが持ってきた。


「昨日、街の花屋で買っておきました」


 全員が振り向いた。カレンは腕を組んだまま、視線を逸らしている。


「……リリィがそろそろ名前をつけるだろうと思ったので。花の名前にするのはわかってたし。夏の花で、虹に関係する花って言ったら——まあ、アイリスだろうなと」


 読まれていた。名前も、タイミングも。十年の付き合いが、リリアーナの行動を正確に予測していた。


「カレン。あなた、いつ買ったの」

「三日前です。リリィが眠ってる間に」


 カレンが三日間の寝ずの番をしていた間に、街で苗を買ってきていた。夜は揺り籠の横で寝ず、昼は街に出て花を探していた。いつ寝ていたのか。


「カレン……あなたのほうが寝不足じゃない?」

「しょうがないでしょう。リリィが寝てる間に準備しないと、いつまで経っても花が植わらない」


 ため息。でも目が笑っている。


 カレンが差し出した鉢植えの中に、小さなアイリスの苗があった。まだ花は咲いていない。葉が数枚、細く伸びているだけ。これから育つ。これから咲く。この庭で。この家族の中で。


「さあ。植えましょう」


 リリアーナが花畑の空いた一角の前に立った。柔らかい土。ここをずっと耕していた場所。


 ダリアが一歩前に出た。


「穴を掘ります」


 騎士の手で、土を掘った。剣ではなく、素手で。スコップはあったが使わなかった。自分の手で掘りたかったのだろう。

 赤ん坊を抱く練習で柔らかくなった手が、土を丁寧にすくい取っていく。深すぎず、浅すぎず、苗がちょうど収まる穴を作った。


「……できました」


 汗を拭って、立ち上がった。手が土だらけだ。騎士の白い手袋は外している。花のために素手になった騎士。


 カミリアが鉢植えから苗を取り出した。


「私が植える」


 慎重に、丁寧に。根を傷つけないように。術式を組む時と同じ精密さで、苗を穴に置いた。茎を支えて、根の向きを整えて。


「……ママ。この子、まだ小さいね」

「これから大きくなるわよ。みんなと一緒にね」


 カミリアが微笑んだ。外面のない笑顔。赤ん坊の前で崩壊する時の顔に似ているが、もっと穏やかだった。


 マギーが進み出た。手に護符を持っている。小さな護符。赤ん坊のために作った、あの優しい護符と同じ紋様だ。


「祝福を」


 護符を苗の根元に埋めた。淡い光が一瞬だけ灯って、消えた。


「強すぎない護符です。花を守る、優しい護符」


 十二枚ではなく、一枚だけ。最初は力加減がわからなかった子が、今は「一枚で十分」を知っている。


「……御母上様。この護符は、聖典に記録してもいいですか」

「いいわよ。今日だけは」


 マギーが破顔した。活動記録——いや、今日は聖典に書く。特別な日だから。


 カレンがじょうろを持ってきた。いつの間にか井戸から水を汲んでいた。


「水」


 一言だった。カレンらしい。余計なことは言わない。ただ、必要なことをやる。

 じょうろを傾けて、苗の根元に水をやった。土が水を吸い込んでいく。苗の葉がかすかに揺れた。


 四人が、それぞれの仕事を終えた。

 穴を掘って。苗を置いて。護符を埋めて。水をやって。


 リリアーナは——アイリスを抱いて、見守っていた。


 何もしていない。今回は、何もしていない。

 穴を掘ったのはダリア。苗を植えたのはカミリア。祝福したのはマギー。水をやったのはカレン。

 リリアーナは、赤ん坊を抱いて立っていただけだ。


 いつもは全部、自分でやっていた。花畑の手入れも、水やりも、霜除けも。二十年間、一人で。

 今日は——任せた。みんなに。


 「一人で抱え込まない」と昨夜言った。花を植えることすら、任せてみた。

 そしたら——ちゃんと植わった。自分がやらなくても、ちゃんと植わった。


 少しだけ、寂しかった。

 自分がやらなくても大丈夫だということが。必要とされなくなることが。

 でも——それ以上に、嬉しかった。この子たちが、自分たちの手で花を植えてくれたことが。


「……ありがとう、みんな」


 小さく言った。


 アイリスが、腕の中で手を伸ばした。

 花畑の方向に。新しく植えられた苗の方向に。


 小さな手から、淡い魔力が溢れた。

 苗に触れた——わけではない。距離がある。でも、魔力が届いた。赤ん坊の純粋な魔力が、まっすぐに苗に向かった。


 苗の葉が、光った。

 淡い、虹色の光。アイリスの名前の通り。


 あの夜と同じだった。庭で赤ん坊の魔力が花に触れた時と同じ光。壊すための力ではない。触れて、応えて、繋がる力。

 でも今日は、少しだけ違った。光が——他の花にも広がった。


 百合が光った。ダリアが光った。椿が光った。マーガレットが光った。

 五つの花が、虹色の光に包まれた。秋の朝の庭で。朝日と光が混じって、花畑全体がきらきらと輝いている。


 全員が、その光を見ていた。


 ダリアが息を呑んでいた。

 カミリアが口を押さえていた。

 マギーが両手を合わせていた。

 カレンが——腕を組んだまま、ただ、見ていた。


 誰も何も言わなかった。

 言葉は要らなかった。


 光がゆっくりと消えていく。花畑が元の姿に戻る。でも——空気が少しだけ変わった気がした。温かくなった気がした。


 アイリスが腕の中で、ふあ、とあくびをした。魔力を使って疲れたのだろう。小さな目が閉じかけている。


 リリアーナはアイリスの頬にそっと触れた。


「ありがとう、アイリス」


 名前を呼んだ。初めて、名前で呼んだ。


 花畑を見た。五つの花。四つの季節。一人の母。

 百合の隣に、ダリア。ダリアの隣に、椿。椿の隣に、マーガレット。マーガレットの隣に——新しい苗。これからアイリスの花を咲かせる、小さな緑。


「花籠の館は、花がいっぱいね」


 風が吹いた。花が揺れた。全部の花が、同じ風に揺れた。


 ——この家は、花でいっぱいだ。

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