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万象の魔女、子育て奮闘中!~娘は全員マザコン、4人目は召喚獣付き~  作者: 浅沼まど
第7章【 この手は、抱きしめるためにある 】

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第42話『嵐の後に、虹が架かる』

 翌朝。


 リリアーナは目覚めた時、自分が泣いた後の顔をしていることに気づいた。目が少し腫れている。鏡を見て、水で顔を洗った。

 昨夜のことを思い出す。泣いた。みんなの前で泣いた。「一人で抱え込まない」と言った。「みんなに任せる」と言った。

 恥ずかしい。三十七歳の母親が、娘たちの前で泣くのは恥ずかしい。

 でも——後悔はなかった。


 階段を下りると、居間に全員がいた。

 ダリアが朝食の準備をしている。カミリアが食卓にお皿を並べている。マギーが赤ん坊にミルクを飲ませている。カレンが台所で何かを炒めている。昨夜の続きで泊まっていったらしい。

 誰もリリアーナの泣いた顔には触れなかった。そういうところが、この子たちの優しさだ。


「おはよう、みんな」

「おはようございます、お母様」

「……おはよ、ママ」

「おはようございます、御母上様」

「おはようございます、リリィ。目、腫れてますよ」


 カレンだけは触れた。カレンだからだ。


「あらあら。花粉かしら」

「秋に花粉はないです」

「……あらあら」


 朝食を食べた。自分の分を忘れなかった。ダリアが最初からリリアーナの分を皿に盛ってくれていた。「忘れる前に盛りました」とのことだった。学習されている。


 食後。リリアーナは赤ん坊を抱き上げた。


「みんな、ちょっと庭に出ましょう」


 四人が顔を見合わせた。リリアーナの声に、いつもの「あらあら」の響きはなかった。穏やかだが、芯がある声。何かを決めた人の声だった。


 庭に出た。

 秋の朝の空気は冷たくて、澄んでいた。森の木々が朝日に照らされて、金色に輝いている。


 花畑の前に立った。

 四種類の花が、朝露をまとって静かに咲いている。そして——その隣に、何も植えられていない小さな空き地がある。土が柔らかい。リリアーナが何日も前から耕していた場所。


 ダリアが背後に立っている。カミリアが隣に立っている。マギーが少し後ろに立っている。カレンが一番後ろで腕を組んでいる。


 リリアーナは赤ん坊を見た。

 赤ん坊が、リリアーナを見上げている。きょとんとした目。朝の光を受けて、小さな瞳がきらきらしている。

 何もわかっていない目。でも、温かい場所にいることだけはわかっている目。

 あの嵐の夜と同じ目。でも——もう泣いていない。


 二十年前の秋の夜を思い出す。

 森の中で、赤ん坊を拾った。月明かりの下で。泣いている子を抱き上げて、泣き止むのを待って、庭の花を見て——名前をつけた。


 今も同じだ。

 庭に立って、花を見て、腕の中に赤ん坊がいて。

 でも一つだけ違うことがある。


 二十年前は、一人だった。

 今は、後ろに四人いる。


「この子の名前、決めたわ」


 振り返らずに言った。花畑を見たまま。


 後ろの四人が息を呑んだのが、気配でわかった。


 嵐の夜に来た子。

 嵐の中で泣いていた子。

 嵐が過ぎて、朝が来て、この家に迎え入れられた子。


 嵐の後には——何が架かる?


「——アイリス」


 赤ん坊に、名前を告げた。


「あなたの名前は、アイリスよ」


 虹の花。夏に咲く、鮮やかな花。

 花言葉は——希望。


「嵐の夜に来たから。嵐の後には、虹が出るでしょう?」


 リリアーナが微笑んだ。涙は出なかった。昨夜で泣ききった。今朝は、笑顔だ。


「だから——アイリス。虹の花。あなたは、この家の虹よ」


 赤ん坊が——アイリスが、リリアーナの顔を見上げた。

 そして——笑った。


 にこっ、と。声は出さずに。ただ口元を緩めて、目を細めて、小さな笑みを浮かべた。

 名前を呼ばれたことがわかったのかはわからない。ただ、母が笑っているから、自分も笑っただけかもしれない。

 でも——リリアーナには、返事に見えた。


 笑った。召喚は出なかった。光の玉すら浮かばなかった。

 まるで、名前をもらったことで、何かが落ち着いたかのように。


 後ろで、ダリアが小さく息を吐いた。

 カミリアが鼻を啜った。「泣いてない」とは言わなかった。今日は、泣いてもいいと思ったのかもしれない。

 マギーが両手を胸の前で握っていた。目が潤んでいる。何か言いたそうだったが——言葉にならないらしい。

 カレンが腕を組んだまま、ほんの少しだけ——口元を緩めていた。


「……いい名前ですね、お母様」


 ダリアが言った。静かな声で。


「……うん。いい名前。アイリス」


 カミリアが繰り返した。名前を、味わうように。


「……アイリス」


 マギーが呟いた。まだ声が震えていた。


 カレンは何も言わなかった。ただ、腕を組み直した。

 それがカレンの「いい名前ですね」だった。


 秋の朝の風が、花畑を揺らした。

 五人の人間と、名前をもらったばかりの赤ん坊が、庭に立っている。


 花籠の館に、新しい名前が一つ増えた。

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