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万象の魔女、子育て奮闘中!~娘は全員マザコン、4人目は召喚獣付き~  作者: 浅沼まど
第6章【 お客さんが来ました!(※歓迎していません) 】

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第35話『五人の署名』

 翌朝。リリアーナは研究塔の机に向かっていた。


 ただし研究ではない。万象循環理論の第七章は——まだ佳境だが、今日はそれどころではない。

 机の上にあるのは、便箋と羽ペンとインク壺。返書を書く。領主への、正式な返答を。


 書き出しで止まった。

 何と書けばいいのだろう。「預かります」だけでは不十分だ。領主は善意で孤児院を勧めてくれた。使者も真剣に心配してくれた。それに対して「嫌です」では失礼だ。

 かといって長々と理由を書くのも違う。「放っておけないから」という理由は、公文書としては弱すぎる。


 三十分が経った。便箋は白いままだった。

 万象循環理論の第七章のほうが、よほど簡単だ。魔法の式は論理で組める。しかし手紙は、感情を言葉にしなければならない。リリアーナは魔法の天才だが、手紙の天才ではなかった。


 扉がノックされた。


「お母様。失礼します」


 ダリアだった。手にはお盆。お盆の上にはお茶と、焼きたてのパン。


「朝食をお持ちしました。研究塔で書き物をなさっていると聞きましたので」

「ありがとう、ダリア。……あの、私、返書を書こうとしてるんだけど」

「はい」

「何を書けばいいかわからなくて」


 ダリアが便箋を覗き込んだ。白紙だった。


「……三十分、白紙ですか」

「うん」


 ダリアが椅子を引いて、リリアーナの隣に座った。


「お母様。まず事実を書いてください。この子をうちの家族として育てます、と。理由は後でいいです」

「理由が書けないのよ。『放っておけないから』って、公文書に書いていいのかしら」

「書いていいと思います。お母様の言葉なんですから」


 ダリアが真剣な顔で言った。騎士団で報告書を書く時の顔だ。ただし今は、母の手紙を手伝う娘の顔でもある。


 リリアーナは羽ペンを取った。書き始めた。


『領主様


 この度はご丁寧なお手紙と使者の派遣、心より感謝申し上げます。

 孤児院の素晴らしい環境については、使者様より詳しくお聞きしました。

 領主様のお心遣いに、深く御礼申し上げます。


 熟慮の末、この子は花籠の館にて、私の家族として育てることを決めました。

 理由を問われれば、ただ一つ。

 この子を、放っておけなかったのです。


 ご心配をおかけすることは承知しております。

 しかし私一人ではありません。娘たちと、友人と、共に育てます。

 以下、家族の者より一言ずつ添えさせていただきます。』


 ここで止めた。一言ずつ。全員の言葉を載せたかった。自分一人の手紙ではなく、家族全員の手紙にしたかった。


「ダリア。一言、書いてくれる?」


 ダリアが頷いた。羽ペンを受け取り、リリアーナの文の下に書き添えた。


『この子の安全管理は、王国騎士団所属の長女ダリアが責任を持ちます。

 召喚魔法への対応体制も整えております。どうかご安心ください。

 ——ダリア』


 硬い。硬いが、ダリアらしい。騎士としての責任を明記する。この子の安全は自分が保証する、という宣言。


 カミリアが研究塔に上がってきた。朝の膝枕の後、制服に着替えて学院に行く前の時間だ。


「ママ、何してるの?」

「返書を書いてるの。カミリアも一言書いてくれない?」


 カミリアが便箋を読んだ。リリアーナの文とダリアの追記を見て、少し目が潤んだ。


「……うん」


 ペンを取った。


『この子の魔力の学術的な観察と管理は、次女の私が行います。

 魔法学院での知識を活かし、この子の成長を見守ります。

 ——カミリア』


 氷の才媛の筆致だった。ただし最後に、こっそり小さく付け足した。


『追伸。この子はとてもかわいいです。』


 リリアーナは笑った。カミリアが「消して」と言ったが、消さなかった。


 マギーは呼ぶ前に来た。研究塔の気配を察知したらしい。護符の素材を手に持ったまま、息を切らして駆け上がってきた。


「御母上様! 返書ですか! 私にも書かせてください!」


『この子の日常的な魔力の軽減措置は、三女マーガレットが護符にて行います。

 お姉ちゃんとして、責任を持ってこの子を守ります。

 ——マーガレット』


 「お姉ちゃんとして」。この言葉を公文書に入れるのはマギーだけだろう。でも、これがマギーの署名だ。崇拝者でもなく、付与魔法の天才でもなく、お姉ちゃんとして。


 残るは一人。


 リリアーナは研究塔の窓から外を見た。カレンの小屋は、森の中に小さく見える。朝の煙突から煙が上がっている。何か作っているのだろう。

 便箋を持って、下に降りた。カレンの小屋まで歩いていった。


 ノックした。


「……何ですか、朝っぱらから」


 カレンが不機嫌そうな顔で出てきた。朝は弱いらしい。


「カレン。返書を書いてるの。一言、書いてくれない?」


 便箋を見せた。カレンがリリアーナの文と三姉妹の追記を読んだ。

 読み終えるまで、少し時間がかかった。黙って読んでいた。


「……しょうがないですね」


 いつもの言葉。でも少しだけ、声が柔らかかった。

 カレンが羽ペンを取った。


『花籠の館の近隣に住む魔術師カレンです。

 リリィ——リリアーナの古い友人として、微力ながらお手伝いします。

 この家は少々騒がしいですが、温かい場所です。

 この子にとって悪い環境ではないと、私が保証します。

 ——カレン』


 書き終えて、ペンを返した。


「……リリィ」

「なあに?」

「『リリィ』って書いちゃった。消したほうがいいですか」

「いいわよ。カレンらしくて」

「……しょうがないですね」


 五人の言葉が並んだ便箋を、リリアーナは研究塔に持ち帰った。

 最後に、自分の署名を添えた。


『——リリアーナ

 花籠の館にて』


 封をして、蝋を垂らして、押印した。万象の魔女の印。この印は、王国のどこに出しても通用する。


 手紙を封筒に入れて、机の上に置いた。明日、街に持っていこう。


 一人で育てるのではない。五人で育てる。

 万象の魔女は一人だが、花籠の館には五人いる。

 そして——もうすぐ、六人になる。


 窓の外では、秋の風が花畑を揺らしていた。

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