表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万象の魔女、子育て奮闘中!~娘は全員マザコン、4人目は召喚獣付き~  作者: 浅沼まど
第6章【 お客さんが来ました!(※歓迎していません) 】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/47

第34話『母のいない場所で、母を語る』

 リリアーナが赤ん坊を寝かしつけに二階へ上がった。

 居間に、四人が残った。


 ダリア、カミリア、マギー、カレン。

 暖炉の火がぱちぱちと音を立てている。窓の外は暗い。秋の夜だ。


 しばらく、誰も話さなかった。家族会議の余韻が残っている。リリアーナの「放っておけないの」という言葉が、まだ空気の中に漂っているような気がした。


 最初に口を開いたのは、カミリアだった。


「……ママ、大丈夫かな」


 外面のない声だった。氷の才媛でも、甘えん坊でもない。ただの、母を心配する十八歳の声。


「体のこと。この子が来てから、明らかに寝てない。朝の膝枕の時、ママの手が少し冷たかったの。いつもはもっと温かいのに」


 膝枕の温度で母の体調を測っている。毎朝の儀式は、甘えているだけではなかった。母の体温を、カミリアはずっと感じ取っていた。


 ダリアが腕を組んで頷いた。


「計画書の改訂を重ねていますが、お母様はどうしても夜中に起きてしまう。光の玉が出ると、マギーや私が処理する前にお母様が動いてしまう。母としての本能が、計画書より速いんです」


 母としての本能が、計画書より速い。ダリアの口から出た言葉としては、珍しく感情的だった。計画書で母を管理できると思っていた騎士が、管理しきれない領域があることを認めている。


「お母様を守りたい。それは今も変わりません。でも——お母様が守りたいものを奪うことは、できない」


 ダリアの声が、少しだけ震えた。


「あの夜。お母様が赤ん坊を抱いて『もう大丈夫よ』と言った時、私は——二十年前を思い出しました。覚えているはずがないのに。私はあの時、赤ん坊だったのだから」


 居間が静まった。


「でも、覚えているんです。体が。お母様に抱き上げられた時の温もりを。だから——この子からそれを奪うことは、私にはできません」


 カミリアが目を伏せた。


「……私も。冬の夜に拾われた時のことは覚えてない。でもママの腕の中で泣き止んだ感覚は——知ってる。体が知ってる」


 マギーが膝の上で手を握りしめていた。


「御母上様に名前をいただいた日のことは、覚えています。春の夜でした。マーガレットの花が咲いていた日です」


 三人が、それぞれの夜を思い出している。秋の夜、冬の夜、春の夜。リリアーナに拾われた夜を。

 全員が、かつての赤ん坊だった。全員が、同じようにリリアーナの腕の中で泣き止んだ。


 カレンは台所の入り口に寄りかかって、黙って聞いていた。

 この三人の話を聞くのは、初めてだった。リリアーナの前では、三人とも「お母様」「ママ」「御母上様」としか言わない。母がいない場所でしか出ない言葉がある。


「……あんたたちさ」


 カレンが口を開いた。三人が振り向いた。


「結局、全員同じこと考えてるんだよね。リリィを守りたい。でもリリィが守りたいものも守りたい。矛盾してるけど、全員同じ矛盾を抱えてる」


 身も蓋もない要約だった。でも正確だった。


「リリィはね、昔からああなの。あの人は自分のことが最後なんだよ。ご飯忘れるのも、徹夜するのも、全部そう。自分より先に、目の前の誰かに手が伸びる。直らないの。十年かけてわかった。あれは性格じゃなくて、性質だから」


 カレンがため息をついた。いつものため息だが、今夜は少し長かった。


「だから、周りが支えるしかないの。リリィが自分を忘れる分だけ、あんたたちが覚えてればいい。リリィのご飯を。リリィの睡眠を。リリィの体を。リリィが見落とすものを、全部」


 ダリアが背筋を伸ばした。


「……それは、私たちの仕事です」

「そう。あんたたちの仕事。そして——」


 カレンが少し言い淀んだ。珍しいことだった。


「……私の仕事でもある。たぶん」


 三姉妹がカレンを見た。カレンは視線を逸らして、壁の方を向いた。


「何。別に大したことじゃないです。しょうがないから手伝ってるだけ」


 しょうがない。また「しょうがない」だ。

 でも三姉妹は、もうこの言葉の意味を知っていた。カレンの「しょうがない」は、「そばにいる」の別の言い方だ。


 マギーが立ち上がった。


「カレン姉さま」

「……何」

「ありがとうございます。御母上様のそばにいてくださって」


 カレンの耳が、わずかに赤くなった。ダリアの花屋の時と同じ赤さ。照れているのだ。


「……礼を言われることじゃないです。勝手にやってるだけだから」


 ダリアが小さく笑った。珍しいことだった。


「カレンさん。あなたも、この家の一員ですよ」

「別に家族じゃないです」

「家族じゃなくても、家の一員です」


 カレンが何か言いかけて、やめた。ため息に変えた。


 二階から、リリアーナの足音が聞こえてきた。赤ん坊を寝かしつけ終えたらしい。


 四人が同時に姿勢を正した。母が来る前に、本音の時間は終わりだ。


 リリアーナが階段を下りてきた。


「あらあら。みんなまだ起きてたの?」


 穏やかな笑顔。いつもの顔。何も気づいていない。


「もう遅いわよ。みんな寝なさいな」


 四人が頷いた。

 母に見せない顔がある。母に言わない言葉がある。でもそれは、隠しているのではない。

 母が安心して眠れるように、娘たちが裏で回しているだけだ。


 リリアーナが最後に台所を覗いた。


「あ、カレン。洗い物ありがとう。……あら、この鍋は?」

「明日の分の作り置き。リリィは放っておくと食べないでしょう」

「あらあら。ありがとう。カレンは優しいわねぇ」

「優しくないです。しょうがないだけ」


 リリアーナが笑った。カレンが顔を背けた。

 四人がそれぞれの場所へ向かう。ダリアは部屋に。カミリアも部屋に。マギーは工房に(護符の改良をもう少しやるらしい)。カレンは小屋に帰る。


 居間に、リリアーナだけが残った。

 暖炉の火が小さくなっている。


 リリアーナは知らない。さっきまでここで、四人が何を話していたのか。

 でも——居間の空気が、少しだけ温かい気がした。暖炉のせいだけではない、温かさが残っている気がした。


「……みんな、いい子に育ったわねぇ」


 誰もいない居間で、小さく呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ