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万象の魔女、子育て奮闘中!~娘は全員マザコン、4人目は召喚獣付き~  作者: 浅沼まど
第5章【 赤ん坊がいると、全員おかしくなります 】

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第24話『子守唄の歌詞が聖典です(訂正済み)』

 マギーは、お姉ちゃん業に本気だった。


 本気すぎた。


 赤ん坊の揺り籠を見に行ったリリアーナは、足を止めた。揺り籠の周囲が、護符で埋め尽くされている。数えた。十二枚。柵に七枚、マットレスの下に三枚、枕元に二枚。淡い光を放つ護符が、揺り籠を要塞のように囲んでいた。

 前に「二枚くらいで十分」と言ったはずだ。三枚に交渉されて、三枚で決着したはずだ。


「マギー」

「はい、御母上様」

「十二枚」

「……はい」

「三枚って言ったわよね」

「基本の三枚に加えて、補助の三枚と、予備の三枚と、非常用の三枚です。合計で十二枚。体系的な防護網です」


 体系的。確かに体系的だった。三の倍数で構成された護符の配置は、付与魔法の教科書に載せてもいいくらい美しい論理構造をしている。才能の無駄遣いが過ぎる。


「マギー。赤ん坊は魔獣じゃないのよ。要塞はいらないの」

「……でも、この子は召喚魔法があります。何かあった時に——」

「何かあった時は、お母さんとお姉ちゃんたちがいるでしょう? 護符に頼らなくても大丈夫よ」


 マギーが少し考えて、護符を六枚外した。残り六枚。まだ多い気もするが、まあ、半分に減ったのだから進歩だ。


「マギー。護符で守るのも大事だけど、もっと大事なことがあるわ」

「……何ですか」

「そばにいること。それだけでいいのよ」


 マギーが揺り籠を見た。赤ん坊が眠っている。小さな寝息。光の玉は出ていない。護符の軽減効果が効いているのか、それともただ穏やかに眠っているだけなのか。


「……そばに、いるだけ」

「そう。お姉ちゃんがそばにいるだけで、この子は安心するの」


 マギーが揺り籠の横に座った。赤ん坊の顔を見ている。穏やかな顔で。護符を作る時の真剣さとは違う、もっと柔らかい表情で。


 夕方。赤ん坊がぐずり始めた。

 お腹は空いていない。おむつも替えた。体温も正常。ただ、眠いのに眠れないらしい。目を閉じたり開けたりしながら、小さな声でぐずぐず言っている。


「子守唄を歌ってあげたらどうかしら」


 リリアーナが提案した。マギーの目が輝いた。


「はい! では——」


 マギーが姿勢を正した。両手を胸の前で組み、厳かな声で歌い始めた。


「第一章、第一節。『あら、もう朝?』——これは御母上様が研究塔にて目覚められた時の——」


「マギー」

「はい」

「それは聖典の朗読であって、子守唄ではないわ」

「……御母上様の御言葉は最高の——」

「『あら、このお芋美味しいわね』で赤ん坊は寝ないと思うの」


 マギーがしゅんとした。

 この子は本気で、聖典が最高の子守唄だと信じていたのだ。御母上様の言葉を赤ん坊に聞かせることが、最上の祝福だと。その気持ちは嬉しいが、赤ん坊の睡眠にはもう少し実用的なアプローチが必要だった。


「ねえ、マギー。普通の子守唄を歌ってみない? 私が教えてあげる」


 マギーの目が、違う意味で輝いた。聖典ではなく、母から直接教わる子守唄。


「お願いします、御母上様」


 リリアーナが歌い始めた。

 古い子守唄だった。リリアーナの師匠が、昔、歌ってくれた歌。歌詞は素朴で、メロディは単純で、特別なものは何もない。ただ「おやすみ、おやすみ、明日また会いましょう」と繰り返すだけの、短い歌。


 マギーが耳を傾けた。そして小さな声で、合わせ始めた。


 二人の声が重なった。リリアーナの柔らかい声と、マギーの少し高い声。完璧なハーモニーではない。マギーは時々音程を外す。付与魔法の天才だが、歌の才能はそこまでではないらしい。

 でも、一生懸命だった。母と同じ歌を、母と同じタイミングで歌おうとしている。


 赤ん坊のぐずりが、少しずつ収まっていった。

 目がとろんとしてきた。まぶたが重そうだ。二人の声を聞きながら、ゆっくりと、眠りに落ちていく。


 歌が終わる頃、赤ん坊は眠っていた。光の玉は出ていない。穏やかな寝顔。


 マギーが、息を殺して揺り籠を覗き込んだ。


「……眠りました」


 囁き声。起こさないように。


「上手に歌えたわね、マギー」

「……本当ですか」

「本当よ。赤ん坊が気持ちよさそうに眠ったでしょう? それが証拠よ」


 マギーの頬が赤くなった。褒められると全身で喜ぶ子だが、今日の赤さはいつもと少し違った。聖典に記録するための恍惚ではない。もっと素朴な、もっと普通の嬉しさだった。

 お姉ちゃんとして、赤ん坊を寝かしつけることができた。その嬉しさ。


「……御母上様」

「なあに?」

「明日も、一緒に歌ってくれますか」

「もちろんよ。毎日歌いましょう」


 マギーが笑った。

 その笑顔に、リリアーナは思い出した。マギーが五歳の頃、初めて護符を完成させた時の笑顔。「できた! 御母上様、見て!」と駆け寄ってきた時の、あの顔。

 十年経っても、変わらない。新しいことができるようになった時の、この子の顔は変わらない。


「マギー」

「はい」

「いいお姉ちゃんになってるわよ」


 マギーが一瞬だけ固まって——それから、今日一番の笑顔を見せた。


「……がんばります。お姉ちゃん、がんばります」


 揺り籠の中で、赤ん坊がすやすやと眠っている。

 護符が六枚。子守唄が一つ。そして、張り切りすぎるお姉ちゃんが一人。

 この子の周りは、過剰なくらいに守られている。

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