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万象の魔女、子育て奮闘中!~娘は全員マザコン、4人目は召喚獣付き~  作者: 浅沼まど
第4章【 三女が宗教を始めました(そして赤ん坊が爆弾です) 】

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第19話『おねしょならぬ、おね召し』

 その夜、リリアーナは赤ん坊の隣で眠った。


 マギーが「交代で見張りましょう」と言ってくれたが、最初の夜くらいは自分でやりたかった。マギーには「明日からお願いね」と言って、今夜は引き受けた。

 赤ん坊を揺り籠に寝かせ、マギーの手作り護符をそっとかける。柔らかい魔力の膜が、赤ん坊を温かく包んでいる。いい護符だ。マギーの才能が、ちゃんと正しい方向に使われている。

 リリアーナは揺り籠のすぐ横に布団を敷いて、横になった。赤ん坊の寝息が聞こえる。すう、すう、と規則正しい、小さな呼吸。

 穏やかだった。嵐は昨夜のうちに去り、今夜は静かだ。窓の外で虫が鳴いている。


 目を閉じた。


 ——どのくらい眠っただろう。


 ふっ、と目が覚めた。

 何かの気配がした。物音ではない。殺気でもない。もっと微かな——魔力の揺らぎ。

 小さい。ごく小さい。でも、確かにある。


 目を開けた。暗闇に目が慣れるまで数秒。

 揺り籠の中で、赤ん坊はすやすや眠っている。起きていない。泣いてもいない。

 では何が——


 床の上に、何かが動いた。


 小さな光の玉が、ぽつん、と浮かんでいた。蛍くらいの大きさ。青白い光。精霊獣ですらない、もっと原始的な存在。魔力の塊が形を持っただけの、小さな光。

 一つ。

 二つ。

 三つ。


 増えている。


 リリアーナは息を殺して周囲を見回した。居間の隅に三つ。台所の入り口に一つ。廊下に二つ。ゆっくりと、静かに、光の玉が増殖している。

 赤ん坊は眠ったままだ。泣いていない。笑ってもいない。ただ眠っている。

 ——眠っている間にも、出るのか。

 おねしょならぬ、おね召し。


 昼間は泣くことがトリガーだった。感情の爆発が魔力を暴走させる仕組みだと思っていた。しかし眠っている間にも発動するということは、感情とは無関係に魔力が漏れ出ている。赤ん坊の魔力量が、体の器に収まりきっていないのだ。

 溢れた分が、勝手に召喚を形成する。泣いた時は一気に溢れるから大きな魔獣が出る。眠っている時はじわじわ漏れるから、小さな光の玉が静かに増える。

 理論としては理解できる。理解できるが、対処が必要だ。


 光の玉は無害だった。触れても痛くない。何かを壊すわけでもない。ただ、放置すると朝までに家中が光の玉だらけになる。

 そして何より——赤ん坊を起こすわけにはいかない。泣いたら今度は魔獣が出る。


 リリアーナは布団からそっと起き上がった。


 囁くように、詠唱した。


「還りなさい、小さな光」


 子守唄のような声だった。赤ん坊を起こさない、世界で一番静かな詠唱。

 万象の魔法。この世界のあらゆる魔法体系を統べる力。国を滅ぼせる力。大陸を揺るがす力。

 その力を——光の玉の回収に使った。


 無音。無振動。魔力の波紋すら起こさない、完璧な制御。赤ん坊の眠りを妨げない、世界最高精度の魔法。

 光の玉が一つずつ、リリアーナの手のひらに吸い込まれていく。居間の三つ。台所の一つ。廊下の二つ。全部で六つ。手のひらの中で消滅させる。

 所要時間、十秒。


 静寂が戻った。赤ん坊はすやすや眠っている。何も知らない。


 リリアーナは布団に戻って、天井を見た。


 万象の魔法を、夜中の光の玉の片付けに使っている。世界最強の魔導師が、赤ん坊の横で寝ずの番をしながら、漏れ出す召喚獣をこっそり処理している。

 世間の人が見たら何と言うだろう。「万象の魔女ともあろう方が」と呆れるだろうか。「もったいない」と言うだろうか。

 でもリリアーナにとっては、これが正しい使い方だった。この手は、この子たちを守るためにある。国を守るためでも、世界を守るためでもなく。


 ……あと何回起きることになるのだろう。


 一時間後。また光の玉が三つ増えていた。回収した。

 二時間後。四つ。回収した。

 三時間後。五つ。回収した。

 赤ん坊の魔力は夜の間中、じわじわと漏れ続けていた。


 夜明け前。リリアーナは七回目の回収を終えて、布団の上であくびをした。一睡もできていない。目の下に隈ができているのが自分でもわかる。

 赤ん坊が目を覚ました。きょとんとした顔でリリアーナを見上げている。


「……おはよう。よく眠れた?」


 赤ん坊が、にこっと笑った。

 初めて見る笑顔だった。昨日までは泣いているか眠っているかのどちらかだった。笑ったのは、これが初めてだ。

 リリアーナに向かって、笑った。


 一晩の睡眠不足が、一瞬で消し飛んだ。


「……ああ、もう。かわいい」


 声に出して言ってしまった。母として中立でいるべきなのに。でも、仕方がない。だって、かわいいのだから。


 廊下からダリアの足音が近づいてくる。朝の巡回だ。


「お母様、おはようございます。昨夜は——」


 ダリアがリリアーナの顔を見て、止まった。


「……お母様。寝てないですね」

「あらあら。えへへ」


 笑ってごまかそうとした。ダリアの目が笑っていなかった。


 計画書の改訂版が出る予感がした。

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