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万象の魔女、子育て奮闘中!~娘は全員マザコン、4人目は召喚獣付き~  作者: 浅沼まど
第4章【 三女が宗教を始めました(そして赤ん坊が爆弾です) 】

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第16話『四人目が来たので、全員で育てます』

 翌朝。花籠の館は、ちょっとした騒ぎになっていた。


 リリアーナが居間のソファに座っている。膝の上に赤ん坊がいる。昨夜の嵐でびしょ濡れだった布は新しいものに替え、体を温めて、ミルクを飲ませた。赤ん坊は今、リリアーナの腕の中で穏やかに眠っている。

 問題は、その周囲だった。


 ダリアが腕を組んで立っている。眉間に深い皺。


「お母様。よく考えてください。この子をうちで預かるということは——」

「預かるわ」

「まだ何も説明していません」


 リリアーナは穏やかに微笑んだ。ダリアの説明を聞く前に結論が出ている。聞いても結論は変わらないが、ダリアは手続きを重んじる子なので、ちゃんと聞く姿勢は見せる。


「お母様はご自分の食事すら忘れる方です。その上で赤ん坊の世話まで——」

「うん。そうね」

「夜中の授乳は体力を消耗します。研究時間も既に三時間に制限されています。これ以上の負荷は——」

「そうね。全部正しいわ。でも預かるの」


 ダリアが目を閉じた。正論が通じない相手への、諦めに似た長い息。


 カミリアがソファの端から赤ん坊を見つめている。心配だと口では言いつつ、目は完全に赤ん坊に釘付けだった。氷の才媛の装甲が、小さな寝顔を前に融解し始めている。


「……ママ。体力だって——」

「カミリア。あなた、この子のこと見たいんでしょう?」

「……見たくなんかない。心配してるの」


 嘘だった。目が「かわいい」と叫んでいた。


 マギーだけが、最初から揺るがなかった。


「御母上様の御判断に従います! 新たなる家族に祝福を!」

「「黙ってて」」


 ダリアとカミリアが同時に言った。マギーは怯まない。


「御母上様が拾われた子を、御母上様の家族が受け入れるのは当然です。これは信仰ではなく、道理です」


 珍しくまともなことを言っている。マギーは時々、崇拝の奥からこういう真っ直ぐな言葉を出す。

 そしてマギーは、赤ん坊の顔を覗き込んで——笑った。崇拝者の顔ではなかった。御母上様に向ける恍惚でもなかった。もっと素朴な、十五歳の女の子の笑顔だった。


「……私、お姉ちゃんになるんですね」


 小さな声だった。ダリアとカミリアが振り向いた。


「今まで、ずっと一番下でした。姉さま方には可愛がっていただきましたけど、私が誰かのお姉ちゃんになることは、ないと思っていました」


 マギーの指が、赤ん坊の小さな手にそっと触れた。赤ん坊がマギーの指を握った。反射だ。意思ではない。でもマギーの目が、きらきらと輝いた。


「この子には、私がいろいろ教えてあげなくちゃ。御母上様のすごいところとか、花籠の館の素敵なところとか——」

「布教はしないでね」

「……布教ではなく、教育です」


 リリアーナは笑った。布教と教育の境目が怪しいが、今のマギーの顔は紛れもなく「お姉ちゃん」の顔だった。

 この子はずっと末っ子だった。姉たちに守られて、姉たちの背中を追いかけて。初めて自分より小さい存在ができたことが、嬉しくて仕方がないのだ。


 結局、誰も「預からない」とは言えなかった。反対しているのは「リリアーナの体が心配だから」であって、赤ん坊を拒絶しているわけではない。三人とも、リリアーナの娘だ。母が拾うと決めたものを、最後には受け入れる。


「じゃあ、みんなで育てましょう。お世話、手伝ってくれる?」


 三人が頷いた。素直に。


 ——ここからが、大変だった。


 まず、ダリアがミルクを作った。

 騎士団で鍛えた手際の良さで湯を沸かし、粉ミルクを溶かし、哺乳瓶に注いだ。そこまでは完璧だった。

 問題は温度だった。


「お母様、ミルクです」

「ありがとう、ダリア。……あら。これ、ちょっと熱いわね」

「……熱い?」

「赤ん坊のミルクは人肌よ。これだと——」


 ダリアが哺乳瓶を手の甲に当てて確認した。熱かった。剣の手入れは完璧なのに、ミルクの温度管理は初めてだった。

 騎士のプライドにかけて失敗は許されないらしく、ダリアは無言で台所に戻り、温度を測り直し始めた。温度計を三本使っていた。軍事作戦の精度でミルクの温度を管理している。


 次に、カミリアが着替えを手伝おうとした。

 赤ん坊の服を脱がせるところまではできた。着せるところで詰まった。


「……ママ。この紐、どう結ぶの」

「こうやって、くるっと——」

「くるっと?」

「こう」

「……こう?」

「違うわ。もう少し優しく——」


 カミリアの手は魔法の術式を組むためにできている。精密で、正確で、複雑な魔法陣を描ける手だ。しかし赤ん坊の衣服の紐は、魔法陣より難しいらしかった。

 そして着替えの途中で赤ん坊がカミリアを見上げた。小さな目で。何も知らない、無防備な目で。

 カミリアの外面が、完全に崩壊した。


「……かわいい」


 声が漏れた。氷の才媛が、赤ん坊の前で溶けた。着替えどころではなくなった。


 マギーは最初から別方向に暴走していた。


「新たなる家族に、御母上様の祝福を込めた護符を!」


 工房から特製の護符を持ってきた。赤ん坊の揺り籠に取り付けようとしている。


「マギー。その護符、大人用よね」

「はい。最高位の防護結界です」

「赤ん坊に最高位は強すぎるわ。魔力の負荷で逆に危ないの」

「……そうなのですか」


 マギーがしょんぼりした。最高の祝福を贈ろうとして、それが赤ん坊には強すぎるという事実。付与魔法の天才が、力加減を学ぶ必要があった。


「ね、マギー。赤ん坊用の、もっと優しい護符を作ってくれる?」

「……はい! 御母上様! 赤ん坊用の聖なる——」

「普通の護符でいいのよ」

「……普通の、聖なる護符ですね」

「普通の、で止まってくれると嬉しいんだけど」


 三人が奮闘している間、リリアーナだけが手際よく赤ん坊の世話をこなしていた。

 ミルクの温度を手首の内側で確認し、おむつを替え、げっぷをさせ、寝かしつける。一つ一つの動作に迷いがない。四人目だからだ。ダリアを育て、カミリアを育て、マギーを育てた手が、覚えている。


 ダリアが感心した声で言った。


「……お母様は、慣れていらっしゃるんですね」

「四人目だもの」


 四人目。この言葉を、自然に口にしている自分に気づいた。もう「預かっている子」ではなく「四人目」だ。


 そしてリリアーナは、全員の朝食を作り、全員に配り、赤ん坊にミルクを与え——自分の分を、また忘れた。


「お母様」

「……ママ」

「御母上様」


 三つの声が同時に響いた。


「あらあら。えへへ」


 笑ってごまかそうとした。三対の目が笑っていなかった。ダリアが無言で皿を持ってきた。カミリアがミルクティーを淹れた。砂糖は二つ。マギーがパンを温めた。

 四回目の食事忘れ。もはや恒例行事だった。


 赤ん坊がリリアーナの腕の中ですやすや眠っている。

 三人の娘が、母親に食事を強制している。

 花籠の館の朝は、今日もカオスだった。

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