第14話『血ではなく、時間で似ていく』
その夜。
カミリアがリリアーナの部屋を訪ねてきた。
パジャマ姿。眼鏡なし。髪はほどけたまま。朝と同じ——いや、朝より少しだけ、表情が真剣だった。
膝を求めに来たのではない。リリアーナにはわかった。この子が真剣な顔で夜に来る時は、話したいことがある時だ。
「どうしたの、カミリア? 入って」
カミリアがベッドの端に腰かけた。リリアーナは椅子に座ったまま、娘の方を向く。
少し間があった。カミリアが言葉を探しているのがわかる。この子は頭がいいから、言いたいことを整理してから口にする。でも今夜は、整理がうまくいっていないらしい。
「……ママ」
「うん」
「……今日、口頭審査で、教授に褒められた」
「聞いたわ。すごいわね」
「すごくない。普通のこと。カリキュラムの一環だから」
普通のこと、と言い切るところがカミリアらしかった。首席が口頭審査で褒められることは普通のことではないのだが、本人にとっては達成して当然の基準なのだ。
「でも、教授が最後に言ったの。『お母様に似てきましたね』って」
リリアーナの手が止まった。
似てきた。血は繋がっていないのに。カミリアはリリアーナが冬の夜に拾った子だ。三人の娘は全員、リリアーナが森で拾い、名前をつけ、育てた子だ。血縁は一滴もない。
それでも「似てきた」と言われる。一緒に暮らして、一緒にご飯を食べて、同じ本を読んで、同じ理論を語り合って——十八年かけて、似てきたのだ。血ではなく、時間で。
「私が万象の魔女の娘だから、そう言われるのは慣れてる。魔法の才能がお母様譲りだとか、理論の組み立て方が似てるとか。いつものこと」
いつものこと。カミリアはそう言って、少し目を伏せた。
「……でも今日は、ちょっとだけ嬉しかった。ママに似てるって。今までは比べられるのが嫌だったのに」
そしてカミリアは、リリアーナを真っ直ぐに見た。
「……ママみたいになれてる?」
静かな問いだった。
朝の「なでなでぇ」とも、昼の「氷の才媛」とも違う。十八歳の女の子が、母に対してまっすぐに投げた問い。
リリアーナは、一瞬だけ答えに詰まった。
嬉しい。カミリアが「ママに似てる」と言われて嬉しいと感じてくれたことは、母として素直に嬉しい。
でも——「ママみたいになれてる?」という問いには、簡単に「なれてるわよ」とは言えなかった。
なぜなら、リリアーナは自分のことを、あまり良い手本だとは思っていないからだ。
食事を忘れる。三日間寝ないで研究する。娘に鍵をかけられないと生活が回らない。自分の皿を忘れる。自分の体を後回しにする。
魔法の才能がどれだけあっても、母親としての自己管理は落第点だ。カミリアには、こうなってほしくない。研究に没頭するあまり自分を忘れるような人間には。
カミリアはリリアーナの魔法を受け継いでいる。才能も、理論の組み立て方も。だからこそ、悪い部分まで似てしまったら——と思うと、怖い。
「カミリア」
「……うん」
「カミリアはカミリアよ」
それだけ言った。最初は。
「ママみたいにならなくていいの。カミリアはカミリアのまま、カミリアの好きなように生きて」
カミリアが少し目を丸くした。期待していた答えと違ったのだろう。「なれてるわよ」と言ってもらえると思っていたのかもしれない。
「……ママは、自分のこと好きじゃないの?」
鋭い子だ。この子は昔から、リリアーナの言葉の裏を読む。
「好きとか嫌いとかではないのよ。ただ——ママは、あまりいいお手本じゃないから」
「……ご飯忘れるところとか?」
「……それも含めて」
カミリアが、ぷっと笑った。
「ママ。それ、自分でわかってるんだ」
「わかってるわよ。わかってるけど、なおらないの」
「ダリア姉さんに鍵かけられてるもんね」
「……言わないで」
カミリアが声を出して笑った。氷の才媛の面影のない、十八歳の女の子の笑い声。
「……私は、ママみたいになりたいよ」
笑い終わった後、カミリアは穏やかに言った。
「ご飯忘れるところは真似しない。研究で三日間寝ないのも真似しない。でも——」
カミリアがリリアーナの手を、そっと握った。
「みんなの好物を全部覚えてるところとか。どんな顔でも受け止めてくれるところとか。そういうところは、なりたい」
リリアーナの胸が熱くなった。
この子は、ちゃんと見ている。
母の駄目なところも、母の良いところも、両方ちゃんと見ている。その上で「なりたい」と言ってくれている。
それは「憧れ」ではなくて、もっと対等な——「理解」だ。
「……カミリア」
「うん」
「ありがとう」
「……ママが泣きそうな顔してる」
「泣いてないわよ。目にゴミが入っただけ」
「嘘つき」
カミリアが笑って、リリアーナの手を離して、立ち上がった。
「おやすみ、ママ」
「おやすみなさい、カミリア」
扉が閉まる。カミリアの足音が廊下を遠ざかっていく。
リリアーナは椅子に座ったまま、自分の手のひらを見た。カミリアが握っていた手。万象の魔法を使う手。娘の髪を撫でる手。全員の好物を覚えている手。そして、自分の分を盛り忘れる手。
いいお手本ではない。それは本当だ。
でも——この子たちの母親であることだけは、誰にも負けたくない。
それだけは、本当だった。




