第95話 これからのバンドの話をしよう その3
「なるほど、春ちゃんじゃなくてバンドの名前を変えたいってことかぁ」
咲ちゃんはお弁当を食べる手を止めてそう言った。
「そうだよ、春風亭だと笑点の落語家じゃん。葵さんにデタラメ教えられたんだよ」
「はぁ…葵様ってユーモアもあるんやなぁ」
うっとりした表情でからあげを頬張る咲ちゃん。
ダメだ。完全に自分の世界に没入してる。
古来より恋する乙女は見たいものしか見えないのだ。
「盲目な恋はだめだって。いつかそなたの身を滅ぼしますぞ」
「身を滅ぼすほど一途な恋とかめっちゃしたいやん」
そんなロマンティックな事を言って最後のミートボールを口に放り込み、あっという間にお弁当を完食した。
何気にKing Gnuの『一途』を口ずさんでる。
ちなみにその愛用のお弁当箱は甲子園球児が使うようなビッグサイズ。縦横が教科書くらいあって、陸上部でもダントツのデカさだったらしい。
「でも春ちゃんの気持ち…なんか分かるかも」
「ほんと?」
聞き返すと咲ちゃんは水筒のお茶を飲みながら頷いた。
「春ちゃんは華さんと入れ替わりでバンドに入ったわけやろ」
「うん。そうだけど」
「てことは華さんが元カノのポジションやん。それは確かにムズムズしそうやなーって」
「もっ…元カノ?!」
思いもよらぬワードに驚いたけど、でも確かに腑に落ちる例えだった。
華さんが現れてからというもの、まるで自分が彼女の偽物のような居心地の悪さを感じてたのだ。
「まあ…本当のメンバーは今でも華さんなんじゃないかって気はずっとしてるんだよね」
冷凍食品のチーズハンバーグを箸で半分に割りながら正直に打ち明ける。
「だってギターの演奏スタイルも似てるし、あと背丈も同じぐらいだし…」
すると咲ちゃんは「うーむ」と顎に手を当て、いつもの毛利小五郎っぽい声を作った。
「ひょっとしたら春ちゃんは…華さんに対して嫉妬してるのかもしれませんな」
「えっ」
思わずハンバーグがお箸から滑ってごはんの上に落ちる。私が華さんに嫉妬…?
「そ…そうなの?」
「だって春ちゃんの話やとめっちゃそんな感じやもん。彼氏の元カノが現れてずーっとソワソワしてる今カノやんか」
お箸を持ったまま絶句する。
すごくショッキングな指摘だった。だって私が華さんに嫉妬してるなんて。
けど…そうじゃないって否定するより、認めてしまう方が正しいような気もする。
すると名探偵咲ちゃんがおかしそうに笑った。
「ええやん。だってそんだけ今のバンドが好きってことやねんから!」
「そ…そうかな?」
「当たり前やん。好きやなかったら元メンに嫉妬なんかせーへん。めっちゃ青春してるで」
すごい。
ポジティブに青春と解釈するのか。さすがスーパー陽キャの咲ちゃんだ。
やっぱり根暗な私は彼女のそういう所をもっと見習わないとダメだ。
「それはそうと春ちゃんよ」
水筒のキャップを締めながらニヤッという笑みを向けてきた。なんだか怪しい雰囲気だ。
「なに…その顔?」
嫌な予感がしてお箸を持った手を止める。すると彼女はグッと親指を立ててウインクしてきた。
「今日の放課後も軽音部とセッションの予定が入っております!」
「ええっ?!」
驚きのあまりまたハンバーグをごはんの上に落っことしてしまった。




