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干支盃  作者: 深月咲楽
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18/20

第18章

(1)


「泰三さん、保さんを疑われる理由をお聞かせいただけますか?」

 飯塚刑事が、泰三の方を向いて言った。

「まず、リーダーと言われている人物についてですが」

 泰三が話し始めると、保が口を挟んだ。

「それも、僕やと言わはるんでしょう? 確かにほくろはつけられますよ。でも、ピアスの穴は開けていません。どうやって付けたと言うんですか?」

 泰三は、ちらっと保の方を見た。

「とりあえず、これを見て下さい」

 泰三が私の腕をそっと触る。私は、ポケットから小さな紙袋を取り出した。泰三はそれを受け取ると、中身をテーブルの上にあけた。

「マグネットピアスです」

 それは、昨日テレビショッピングで見たものと、同じタイプのものだった。今日の朝、泰三と2人でアクセサリーショップを捜しまわり、ようやく見つけたのだ。

「ほう、これならば穴を開けなくても、ピアスをしているように見えますね」

 飯塚刑事が、それを手にとって頷いた。

「これを使えば、犯人の耳に穴が開いていなくても、問題はないんや」

 泰三の言葉に、保は黙り込んだ。

「隆弘さんのマンションから見つかった覚醒剤についても、疑問が残ります」

 私が口を開くと、みんなが私に注目した。

「釈放された後、いくらでも時間はあったんです。なぜ自分の部屋に隠すようなことをしたんでしょうか」

「一度捜索されてるから、安全やと思ったんでしょう」

 保が、前にした説明を繰り返した。

「隆弘さんを陥れるために、真犯人が置いたと考えるべきやと思うねんけど」

 私は言い返した。

「さっきも言うたけど、手帳かてそうやんか。隆弘さん自身が置くわけがないねんもん」

「あの部屋の鍵を持っていたのは、義兄と僕だけです。義兄ではないとすれば、僕が置いたと、そう言いたいわけですね」

 保に聞かれ、私は頷いた。

「それならば、姉が『T』のことを『あの人』と書いていた点は、どう説明しはるんですか?」

 保が、挑発的な目でこちらを見る。

「『T』と『あの人』は、別人と考えたらどうやろか」

 私の言葉に、飯塚刑事は康代の手帳を開いた。

「手帳には、『Tを見かける。あんな格好で?』とだけ、書いてありましたよね」

 私が確認すると、飯塚刑事が頷く。

「家計簿の内容から、康代さんが『T』を新宿で見かけたのは、間違いないと思います」

 私は大きく息を吸った。

「隆弘さんは、新宿に行くことはほとんどなかったそうです。もし、この『T』が隆弘さんやったら、康代さんはきっと、見かけた場所にも疑問を持つんやないでしょうか。現に泰三も、隆弘さんを新宿で見かけて不審に思ったくらいですから。--- でも、この文面を見る限り、彼女が気にしているのは、『T』の格好だけです」

 周りを見回して続ける。

「つまり、『T』というのは、康代さんにとって、新宿にいても何ら不思議ではない人物やったんやないか。そして、呼び捨てにできるほど身近な人物。ある名刺を見た時、それが誰なのか、私にははっきりわかりました」

 泰三の手帳の間から滑り落ちた、1枚の名刺。

「それは、保君のものでした。彼が勤めている梶本法律事務所も、新宿にあったんです。そのことを知った時、私は、『T』が保君であることを確信しました」

 保の顔をちらっと見ると、彼は目を伏せていた。

「『T』が保君であるとすれば、康代さんが『あの人』と呼ぶはずはない。せめて『あの子』でしょう。そうなると、どうしても『T』と『あの人』は別人であると考えざるを得ないんです」

「『T』と『あの人』が同一人物やと言い出したんは、保君やったよな。そのせいで俺らは、そういう先入観を植え付けられてしまったんや」

 泰三が言うと、保は溜息をついた。

「ただのこじつけです。お話になりませんね。推測に推測を重ねているだけやないですか」


(2)


「飯塚さん、頼んでいた写真、持って来ていただけましたか?」

 私が飯塚刑事に話し掛けると、彼は上着の内ポケットに手を入れた。

「探偵が撮った、康代さんの密会写真ですね。こちらです」

 私はそれを受け取ると、泰三と2人で順番に見ていった。そして、その内の1枚を手にした時、私達は顔を見合わせた。

「田口さんが殺される1週間程前、俺ら3人は、田口さんに会った。そうやったな?」

 泰三が顔を上げて保を見ると、彼は小さく頷いた。

「あの時、田口さんは、俺らに会うためにわざわざ喫茶店まで出て来てくれた。なのに、何もしゃべらず帰ってしまった。なぜやろう?」

「気が変わっただけなんとちゃいますか?」

 保が投げやりな口調で言った。

「恐らく、田口さんは、犯人に気付いたんや。康代さんを殺害した犯人にな」

「それが僕やったと言わはるんですか? 僕はあの時初めて、田口さんに会ったんです。どうしてそんなことが言えるんですか?」

 保がきつい口調で言い返す。泰三は、先ほどの写真を保の前に置いた。

「この写真、よく見てみいや」

 保は、その写真を手にとった。

「姉と田口さんが会っている写真ですね。これがどうかしましたか?」

 彼は、写真をテーブルに放り出すと、腕を組んだ。

「康代さんの手元をよく見て下さい。何かを田口さんに渡そうとしているでしょう?」

 泰三に問われ、飯塚刑事がその写真を手に持った。ポケットから出したルーペで、彼女の手元を見る。

「どうやら、写真のようですね」

「拡大できますか?」

 泰三が尋ねる。

「科捜研に頼んでみましょう。コンピューターを利用すれば、わかるかもしれません」

 安岡刑事が答えた。私達は頷いた。

「今の段階ではよくはわかりませんが、これは保君の写真やないかと思うんです」

 泰三が説明した。

「康代さんが田口さんに会ったのは、Yさんという女性と接触した後です。おそらくリーダーの存在を知り、それが保君ではないかと疑いを持った。そして、田口さんにその写真を見せたのでしょう。リーダーというのは、この人ではないかと」

「あの時、私達の中に保君がいるのを見て、田口さんは康代さんが殺された理由に気付いたんです。たしか保君、田口さんに名刺を渡してたわよね」

 私は保を見たが、彼は目を閉じたまま口を閉ざしていた。

「秘密を守る代わりに、覚醒剤の取り引きをしようとでも言われたんと違う?」

「せやから、田口さんは食器棚の前で倒れてたんや。あの日、田口さんのお宅を訪ねた君は、取り引きに応じるとでも言うたんやろう。そして、覚醒剤を取りに席を立った田口さんの首を、後ろから締め上げた」

 泰三が言うと、保は目を開けた。

「同一犯に見せかけるために、君はタツの盃を置かなければならなかった。ウサギの盃までは発見されていたし、まさか同じ時間にもうひとつ殺人が行われているとは、思いもせえへんかったやろう。せやけど、去年の正月、君は橿原神宮を詣でていない。それで、前の初詣でもらっていた盃を置いたんや」

「そんなこと、何でわかるんですか?」

 保は、なおも抵抗する。

「康代さんから聞いてたんよ。去年のお正月、保君に会えなくて残念やったって話をしてはってん。近くに住んではいるけど、普段はなかなか会われへん。ゆっくり会えるのは、お正月だけやのにってね」

 私の言葉に、保の眉が少し動いた。私は続けた。

「あなた方のご両親が亡くなられたの、お父さんの居眠り運転が原因やったらしいね」

 保が驚いたように顔を上げる。

「あなたに申し訳ないことをしたって、康代さん言うてはったんよ。大事な母親を奪ってしまったって。私、その時はよく意味がわかれへんかったんやけど、あなたがお母さんの連れ子さんやったって聞いて、ようやくわかったわ。たったひとりの血の繋がったお母さんを、康代さんのお父さんが死なせてしまったことに、責任を感じてはったんやろね」

「姉がそんなことを……」

 保の目が宙を泳ぐ。私は姿勢を正して、保に問いかけた。

「康代さんの首を絞めたのは、保君と違うわよね」

 保は答えない。私は続けた。

「あなたは、ソファの奥の方に座っていたんよね。そして、康代さんがソファの横に立って、あなたに詰問していた」

「そこで、『あの人』が後ろから彼女の首を絞めた」

 泰三が言う。保は黙ってうなだれた。

「せやから、康代さんはソファにうつ伏せに倒れ込んだんやね。そうやろ?」

 私が言うと、保は両手をきつく握りしめた。

「ウシの盃は、君にとっても思い出の品やったんやな? それで、供養のつもりで彼女の傍らに置いた」

 泰三の言葉に、保はゆっくりと顔を上げた。目が真っ赤だった。

 彼は天井を見つめ、かなり迷っている様子だったが、やがて意を決したように話し始めた。

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