第17章
(1)
「今日は、お忙しいのに申し訳ありません」
泰三が頭を下げると、集まった面々も頭を下げた。
今日、我が家に来てもらったのは、飯塚刑事、安岡刑事、そして保の3人だった。
「お話がおありだとのことですが、一体何でしょうか」
飯塚刑事に尋ねられ、泰三が微笑んだ。
「未解決の2件の殺人事件についてです。僕らに、少しお時間を下さい」
泰三が飯塚刑事の方を見た。
「今回、隆弘が捜査対象にされた経緯について、詳しく聞かせていただけますか?」
「泰三さん、そのことは、あなた自身がよくご存じなんと違いますか」
保が驚いたように口を挟む。
「ああ。大体のことはわかってるけど、きちんと聞きたいねん。俺らが知らんことでも、もしかしたら知ってはるかもしらんしな」
泰三は保にそう言うと、飯塚刑事の方を見た。
「お願いします」
飯塚刑事は、不思議そうな顔をしながらも、手帳を取り出して語り始めた。
「我々は、あのテレクラに注目しました。そして、徹底的に聞き込みを行ったのです。そこで、あの店が少女売春の仲介所になっていることを突き止めました。そして、康代さんが、そのことを追いかけていたという事実もです」
私達は頷いた。
「少年課の協力を得て、売春に関わっていた高校生からも、事情聴取を行いました。そこで、リーダーと呼ばれる人物が浮上してきたのです」
「耳にピアスをした男ですね」
泰三が確認する。
「その通りです」
安岡刑事が頷いた。
「彼女達は、1回3万円という値段で、春を売っていました。そして、そのお金を覚醒剤を手に入れる代金として使っていた」
「コインロッカーを利用してですね」
飯塚刑事に言うと、彼は頷いた。
「ええ。そうです」
「私達は、彼女のうちの1人にかかって来た電話から、指定された場所に鍵を隠しに来る人物を張り込みました」
今度は、安岡刑事が説明し始めた。
「そこで、現れた人物を確保したのですが、彼はただ、見知らぬ人にお金を渡され、依頼されただけでした。しかし、その人物から、彼に指示をしたリーダーの特徴を、詳しく聞き出すことができたのです」
私達は頷いた。
「彼は、やはりサングラスをかけ帽子をかぶっていたそうです。ピアスもしていた。そして、決定的な証言を得ました」
「何ですか?」
泰三が身を乗り出した。
「右の頬に、ほくろがあったそうです。2つ、縦に並んでいたということでした」
隆弘の頬には、確かに並んだほくろがある。私は首を傾げた。
「私達が話を聞いた女子高生は、ほくろのことは言っていませんでしたけど?」
泰三も頷いた。
「細かいことなので、記憶に残らなかったのかもしれませんよ」
安岡刑事が答える。
「もしくは、今回に限り、隆弘をリーダーに仕立てるために、わざとそうしたのかもしれませんね」
泰三が言うと、保が苦笑した。
「まあ、人の目なんて、いい加減なもんですからね」
泰三は軽く頷くと、飯塚刑事の顔を見た。
「それで、コインロッカーの中から、覚醒剤は見つかったんですか?」
「いえ、こちらの動きを察したのか、中には何も入っていませんでした」
飯塚刑事が答える。
「でも、それだけでは、隆弘さんの犯行と断定することはできませんよね? さっき、泰三が言うたみたいに、ほくろなんていくらでも付けられますし」
私の言葉に、飯塚刑事は困ったように微笑んだ。
(2)
「そうや、康代さんの手帳は、もうご覧になりましたか?」
泰三が尋ねる。保が答えた。
「こちらに来る前に、お見せしました」
「これは、決定的な証拠になりそうですね。『T』という人物が隆弘さんであることは、間違いなさそうですから」
安岡刑事が言う。泰三は、彼の方を見た。
「『T』は隆弘ではありませんよ」
「でも、昨日は義兄やって……」
保が驚いたように聞き返す。
「実はね、あの手帳で引っ掛かっていたことがあったんよ」
私は続けた。
「あの手帳、セロテープ1本で止めてあったやろ? 冷凍室の中に、しかもケースの底なんて場所に隠すのに、セロテープ1本なんて剥がれやすい止め方、するやろか?」
「確かに、不自然ではありますが」
飯塚刑事が不思議そうな顔で私を見た。
「あの手帳は、既に誰かに発見されていたのではないか、私はそう思うんです」
「そして、誰かの手によってあの場所へ隠された」
泰三が付け足す。
「何のためにですか?」
保が尋ねる。
「結論をミスリードするためや」
泰三が答えた。
「ということは、最初にあの手帳を発見した人物が犯人ってことですね?」
保に再び尋ねられ、私は答えた。
「まあ、最初に発見したのは隆弘さんでしょうね。大阪に戻る前に、冷蔵庫の中を空にしはったみたいやし」
「では、やはり義兄が犯人ということになりますよね」
保が言う。私は首を横に振った。
「あの手帳を見て、私達はみんな、『T』というのは隆弘さんのことやと思った。彼が実際に犯人やったとしたら、そんなもの、とっくに処分しているはずでしょう?」
「それやったら、どういうことになりますか?」
保が私の目を見た。
「あの手帳は、隆弘を犯人に仕立てようとした犯人によって、冷凍室に隠されたんや」
泰三が言い切った。
「それも、あの家に二度目の家宅捜索が入った後に」
短い沈黙があった。
(3)
「ただの推測に過ぎませんよね。何か証拠でもあるんですか?」
保が尋ねる。泰三は、ちらっと彼の方を見たが、それには答えず続けた。
「俺ら、全てのことを難しく考え過ぎやったんやないかと、そう思うんですよ」
泰三が2人の刑事に話しかけた。
「どういうことですか?」
飯塚刑事が身を乗り出した。
「特に盃の件です」
泰三が答える。
「なぜ犯人は、わざわざヤニの付いた古いタツの盃を現場に残したのか。もっと単純に考えてみればよかったんです」
みな、静かに聞きいっている。
「わざわざ残したのではない。犯人は、それを残さざるを得なかったんです。なぜなら、その人物は、2000年に配られたタツの盃を、持っていなかったからです。ヤニが付着していたのは、その古い盃を手にしてから現在までの間に、犯人が煙草を吸っていた時期があったからでしょう」
泰三は、軽く咳払いをした。
「しかし、同一人物によって置かれたウシの盃にはヤニは付いていなかった。これも簡単なことです。犯人は、ウシの盃を手にした1997年時点で、煙草を吸っていなかったのです」
「つまり、犯人はタツの盃が配られてから1997年までの間に、禁煙をしたということですか?」
飯塚刑事が尋ねる。泰三は頷いた。
「ねえ、保君。あなたが煙草をやめたのは、何年前?」
私の質問に、保の顔がかすかにひきつった。
「どういう意味ですか?」
「深い意味はないねん。ただ、肺炎になってから煙草をやめてるって言うてたやろ? いつ頃なのかなって思っただけ」
私は保の目を見つめて言った。
「5年前です。東京の法律事務所に就職が決まってすぐやったんで、よく覚えています。あの時は姉も婚約したばかりで……。一人暮らしをするのに、こんなことではいけないと反省して、煙草を吸うのをやめたんです」
そう答えると、保は髪をかきあげた。
「でも、僕はきちんと法律を守って、20歳から吸い始めましたよ。1991年です。タツの盃が配られたのは、2000年より前は1988年ですよね。その頃には、僕は煙草なんて吸っていませんでしたよ」
「何も、その頃に吸っている必要はないんやで。1991年から1996年までの間は吸っていたわけやから、ヤニは十分付くやろう」
泰三が言うと、保はちらっと泰三を見た。
「泰三さんは、僕が盃を置いたと言うんですか? 何の証拠があってそんなことを……」
保の言葉を遮って、泰三が言った。
「ゆうべ、隆弘から電話があったんや」
「嘘や!」
保が叫んだ。2人が睨みあう。緊張した時が流れた。
「ああ、嘘や。何でわかったんや?」
泰三が冷静な口調で尋ねる。
「帰ります」
保は答えず、カバンを手にした。
「隆弘は電話をかけられへん状態になってるんか?」
保は、無視して立ち上がった。
「お前、隆弘まで殺したんか?」
その言葉に、保は振り返った。
「いい加減にしないと……」
保の言葉を、泰三が遮った。
「名誉毀損で訴えるか?」
またしても、険悪なムードが漂う。
たまりかねた飯塚刑事が、間に割って入った。
「保さん、座って下さい。お互いの言い分をお聞きしましょう」
保は泰三に一瞥をくれると、先ほどまで座っていた場所に腰を下ろした。




