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干支盃  作者: 深月咲楽
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16/20

第16章

(1)


「早く見つかってくれたらええねんけどなあ」

 泰三が、腕を組んでつぶやく。

「ええ。ほんまに」

 保が沈痛な面持ちで頷く。

 保から連絡をもらったのは、昨日の夜のことだった。隆弘犯人説で暗く沈んでいた私達に、さらに嫌な情報がもたらされた。警察が、隆弘の行方を捜しているというのだ。

 もう一度、彼のマンションを家宅捜索したところ、覚醒剤が出て来たというのがその理由だった。

 詳しい話を聞きたいということで、保に我が家まで来てもらい、私達は話を聞いていた。泰三は、2日ぶりに出社したが、残業もせず、定時で家に戻って来ている。

「僕がいけなかったのかもしれない」

 保が自分を責める。

「もっときちんと、義兄の身辺を調べておけば……」

「そんな、まだ隆弘さんが犯人と決まったわけでもあるまいし」

 私は、見兼ねて声をかけた。

「せやけど、今回ばかりは、この間みたいに、無実を信じて戦うわけにはいかへんような気がする」

 泰三が、暗い表情で言う。私は、2人の顔を交互に見た。

「ほんまに、もう。私らが信じてあげへんかったら、どないするの?」

「でも、昨日発見された覚醒剤の外袋から、田口さんの指紋が検出されたそうですよ」

 保の言葉に、私達は顔を見合わせた。

 引っ越し先がはっきりするまでは置き場もないということで、隆弘は荷物をそのままにしているらしい。警察は、その荷物を中心に捜索したのであろう。

「つまり、田口さんのお宅から盗まれたものやったってこと?」

 私の言葉に、保は頷いた。

「事件があってすぐに、一度家宅捜索をしていますから、逆に安全だと考えたんでしょうね。灯台もと暗しってやつですね」

「隆弘、何をやってんのや」

 泰三が頭を抱えた

「せやけど、そんなん、誰かて置けるもんやんか」

 私は絶望的な気分を振払おうと、わざと微笑んで言った。

「鍵を持っているのは、義兄と僕だけです。僕のは合鍵ですけど。引っ越しまで時間がかかるようなら、空気の入れ替えをしてくれって、頼まれていたので」

「そうなんか」

 泰三が溜息をついた。

「もう、何やのよ、2人とも。まだ、説明でけへん部分がたくさんあるやろ? 何で、新しいタツの盃ではなく、何年も前の盃を現場に残したのかとか」

 私は続けた。

「ピアスをしてたっていうのも、何か引っ掛かるんよね」

 長い沈黙が流れた。

「マンション、もう一度調べてみませんか?」

 保の言葉に、私達は顔を上げた。

「警察が入ったって言っても、何か見落としてることがあるかもしれませんし」

「そんなもん、プロが調べた後やで。俺らが何を探し出せるって言うねん」

 泰三が困ったように保を見る。

「いや、わかれへんよ。警察の目と私らの目では、違う見方ができるかもしれへん」

 私は頷きながら言った。

「せやけど、保君、仕事の方は大丈夫なんか?」

 泰三が訪ねると、保は微笑んだ。

「ええ、義兄が見つかるまで、こちらに滞在するつもりでいますから。ボスからも許可をもらってますし。ほんなら、行ってみましょうか」

「ほんまに、話のわかるボスやなあ。うらやましいわ」

 泰三は、そう言いながら立ち上がった。


(2)


「なんか、空寒い気がするなあ」

 泰三が、首をすくめる。この寒さは、冬がすぐそこに来ているせいだけではなさそうだ。

「しばらく、人が住んでいませんでしたからね。無理もないですね」

 保が淋しそうにつぶやく。リビングに置かれたソファにはまだ、シートが被せられたままだった。

「手分けして捜してみましょうか。何か、この事件に関係しいていそうなものを」

 保が私達の方を見た。

「僕は寝室を見ます。泰三さんはリビング、美沙子さんはキッチンをお願いできますか?」

「わかった」

 泰三が頷く。私達はそれぞれの分担場所に散らばった。

 私は、キッチンに入ると、食器棚の引き出しを開けた。

「綺麗にしてはったんやなあ」

 スプーンやフォークが、きちんと並べて入れられている。康代らしい几帳面さだった。

「何もないな」

 引き出しをひと通り開けると、私はつぶやいた。

「冷蔵庫いっとくか」

 一番上のドアを開けると、中はまったく空の状態になっていた。電源が切られるということで、さすがに食料品は処分していったようだ。

「電気がつかない冷蔵庫って、淋しい感じがするなあ」

 独り言を言いながら、ドアを閉める。続いて、すぐ下の引き出しを開けた。

 一番上が冷蔵室、2段目と3段目の引き出しが冷凍室、そして一番下の大きな引き出しが野菜室になっている。

「うちとほぼ同じ作りやわ」

 結婚したのが同時期なので、冷蔵庫を購入した時期も重なるのだろう。

 アイスボックスの横には、急速冷凍のための小さな透明のケースが付いている。うちの冷蔵庫は、そのケースの底がステンレスになっているのだが、これはステンレスの板が載せられているタイプだった。

 事件には関係ないとわかっていても、ついついこういうものに目が行ってしまう。主婦の悲しい性だ。

「この方が、洗えて便利やんなあ」

 そうつぶやきながら、その板を取り出してみる。

「ほんまに綺麗に使ってはったんやなあ」

 感心しながらケースに戻そうとして、そのケースの底に黒い影があることに気が付いた。どうやら、裏側から何かが貼付けられているらしい。

「何やろ」

 手を隙間に入れ、触ったものを引っ張ってみる。取り外して見ると、それは薄い手帳だった。1本のセロテープで貼付けられていたようだ。

 よくわからない違和感を感じながら、そのページをめくってみた。

「これ、康代さんの手帳やわ」

 それは、見開きで2週間の予定が書き込めるようになっている、何の変哲もない手帳だった。今年の1月から使われていたようだ。

 1日ごとに、買い物をした品物と値段が書き込まれている。家計簿代わりに使っていたのだろう。

「これは何やろう」

 商品の横に、所々アルファベットが書かれている。何ページか見比べてみて、私ははたと気付いた。

「スーパーの名前や」

 その商品をどこで購入したかわかるように、それぞれのスーパーの頭文字をアルファベットで表していたのだ。イズミヤならI、ダイエーならDという具合に。

「細かいなあ」

 他にも、食事をしたお店や一緒に行動した人物の名も、アルファベットで書き込まれている。

「この『Mさん』っていうのが、私のことやね」

 時々、昼食の記述の横に書かれているその文字を見て、私は胸が締め付けられる思いがした。このメモを書いた時、康代は生きていたんだ。

「でも、何でこの手帳が、こんなところに隠されていたんやろう」

 警察も、ここまでは捜索しなかったのだろう。こんな手の込んだところに隠す程のものなのだろうか。

 私は更にページをめくった。

「あっ」

 5月の終わり頃に書かれたその記述を見て、私は息を飲んだ。


(3)


「ねえ、ちょっとこれ見て」

 私は手帳のそのページを開いたまま、居間へ入って行った。飾り棚の中を捜していた泰三が、こちらを見る。

「何かあったんか?」

 私は、セロテープが付いたままの手帳を見せながら頷いた。

「冷蔵庫の中にあったんよ」

 私の声を聞き付けて、保も居間に入って来た。

「何かありましたか?」

 私は頷いた。

「これ、見てほしいねん」

 私は、その手帳が家計簿の代わりに使われていたことを話すと、見つけた記述を2人に示した。それは、買い物リストの横に、走り書きされていた。

「『Tの様子がおかしい』って、どういうことや?」

 泰三が私の方を見た。

「さあ。でも、私のことは『Mさん』って書かれてるし、人の名前やと思うねん」

 私は答えた。

「ちょっといいですか?」

 保が手を差し出す。私は手帳を渡した。

 彼はセロテープを剥がして、ぱらぱらとページをめくると、あるところで手を止めた。

「これ、見て下さい」

 差し出されたところを見る。

「『Tを見かける。あんな格好で?』やて」

 泰三が読み上げて、私の方を見た。

「どこで見かけはったんやろう。場所は書かれてへんの?」

 私が尋ねると、泰三は首を傾げた。

「ああ、書かれてへんなあ」

「家計簿になってるんやから、どこのお店に行ってるか見たら、見当がつくんと違いますかね」

 保が提案する。私達は頷いた。

「えっと、『レターセット、千円』って書いたあるで。横には『A』って」

「これではわかりませんねえ」

 保が残念そうに言う。私は口を挟んだ。

「いや、康代さん、オリジナルのレターセットを作ってくれるお店があるって、教えてくれはったことがあるんよ。新宿やったと思ったけど」

「店の名前は?」

 泰三に聞かれ、私は考え込んだ。

「ちょっと待ってや、確か手帳に書き留めといたはずやで」

 床に放り出してあったバッグの中から手帳を取り出し、めくっていく。

「あった、あった。これやわ」

 私は、そのページを指差して言った。

「『アンの家』やって」

「おお、『A』やないか」

 泰三が言う。

「新宿に決まりやな」

「新宿かあ。ふうん」

 何かが引っ掛かる。しかし、それが何なのかわからない。

 もどかしい思いを抱えながら、とりあえず先を見ていく。

「あっ、これ、あのテレクラの番号ちゃう?」

 その一週間後のところに、見覚えのある数字の羅列を見つけ、私は叫んだ。

「『W氏、13時』って、和田さんのことですかね?」

 保が、そのすぐ下の日付けを指差して言った。

「そうやろなあ」

 泰三は、手帳を覗き込みながら頷いた。

「お、この『D氏、12時』っていうの、あのダイキってやつとちゃうか?」

 泰三の指の先を見ると、たしかにD氏と書かれている。

「そうかもしれませんね。その翌日に『やっぱり少女売春?』って、書かれてますから」

 保が答える。

「そのすぐ後に『Yさん、15時』ってのもありますけど」

 保が顔を上げる。

「『さん』か。女性か? 女子高生と接触したんやろか」

 泰三が首を傾げた。

「大勢の人に会ったんやねえ。すごい労力やわ」

 私が感心していると、泰三が指差した。

「おい、『T氏、13時』っていうのもあるで」

 私は覗き込むと言った。

「田口さんかもしれへんな」

 泰三は腕を組んだ。

「次のページに『Tがリーダーに間違いない。でも、なぜあの人が?』って」

 保が溜息を付いた。

「それからここ、見て下さい」

 保が指差したのは、康代が殺される前日の項目だった。

「『明日、きちんと話し合う』やて」

 泰三が内容を読み、私の顔を見た。

「この『T』という男が犯人なんでしょうか」

 保が溜息を付いた。

「そうやなあ。康代さんは、『T』にこの話をしたせいで殺されたんかもしれへんな」

 泰三が辛そうに目を閉じた。

「せやけど、これ、どこにあってん?」

 泰三が尋ねる。私は答えた。

「急速冷凍のケースの裏側に、貼付けてあったんよ」

「そんなわかりにくいところに隠してたってことは、姉は殺されることがわかっていたのかもしれませんね」

 保が私達を見回した。目がかなり充血している。泣きたいのを堪えているのだろう。

「でも、この『T』って……」

 泰三が溜息を付いた。

「他の人には全部、『さん』か『氏』を付けてますよね。何も付けられていないってことは、姉が普段から呼び捨てで呼んでいた人物なんやないでしょうか」

 保が、震える声で言う。

「それに、『T』を『あの人』って呼んでいる点も……」

 保の言葉に、泰三が天井を見上げる。

「『なぜあの人が?』まで言われてもうたらなあ」

 泰三に言われ、私も溜息を付いた。3人とも、同じ人物を想定しているようだ。

「義兄はなぜ、こんなことを……」

 保が涙声でつぶやいた。


(4)


「あーあ、嫌になっちゃうなあ」

 テレビを見ていても、どこかで隆弘のことを考えている。彼が再び捜査の対象にされてから、3日が過ぎていた。彼の行方は未だにわかっていない。

「まったく、朝っぱらから長風呂やねんから」

 泰三は、朝、風呂に入る習慣があった。私はいつも夜に入るので、水道代やガス代がもったいなくて仕方ない。

 日曜日の朝方は、大していい番組がない。適当にチャンネルを変えていると、通信販売の番組をやっていた。最近は、この手の番組の人気が高いらしく、有名なタレントが司会をしていたりするので、驚かされることがある。

 今回も、昔はゴールデンタイムのドラマで主役をはっていた俳優が、商品を紹介していた。

 次の商品はこちらです、といいながら運ばれて来たのは、マグネットピアスだった。

「へえ、最近のはこうなってるんや」

 昔のマグネットピアスは、耳タブの裏から味気ない丸い金属で押さえて使っていた。しかし、今はその金属が、本物のピアスのポストを象った洒落たものになっている。

「どこからみても、本物のピアスにしか見えへんわ」

 そうつぶやいて、私はあることに気が付いた。

「これやったら、穴が開いてへんでも、ピアスしてると思わせることができるやん」

 手帳を見つけた時に感じた違和感。「T」の記述によぎった疑問。頭の中で警鐘が鳴る。

 ……本当に犯人は隆弘なのか。

 その時、泰三がバスタオルで髪の毛を拭きながら、居間に入って来た。

「あー、さっぱりした」

 そう言って、ソファにどっさり腰をおろす。

「なあ、手帳、見せてくれへん?」

 私が話し掛けると、泰三は首を傾げた。

「ええけど、何で?」

「康代さんの手帳に書かれてた項目、泰三の手帳に書き写したやろ?」

 本物の彼女の手帳は、保が持っていっていた。

「あれ、見せてほしいねん」

「わかった」

 泰三は、バスタオルをテーブルの上に投げ捨てると、寝室に行き、カバンの中から手帳を持ってきてくれた。

「ありがとう」

 受け取った手帳を広げようとした時、何か白い紙が間から落ちた。

「何やろ」

 拾い上げると、それは名刺だった。そして、そこに印刷されている文字を見た時、私の頭の中で、すべてがつながった。

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