第15章
(1)
夕食を済ませ、私達はマンションに帰った。
「もう9時か。疲れたなあ」
泰三が、靴を脱ぎながら言う。一足先に中に入った私は、テーブルに鍵を置いて振り返った。
「ほんまやね。でも、すごい収穫やったわ」
「しかし、康代さんが少女売春を追いかけとったとはなあ」
泰三が、応接間のドアを閉めた。
「何で、そんなもん追いかけてはったんやろ」
私がソファに腰を下ろすと、泰三も隣に座って来た。
「誰かが関係してたんやろか」
私達は、考え込んだ。
「でも、田口さんとの共通点が、もうひとつ見つかったな」
泰三が口を開く。
「共通点って?」
私が尋ねると、泰三は座り直して私を見た。
「飯塚さん、言うてはったやん。田口さん、昔、売春の斡旋とかしてたって」
「そういえば、新宿を本拠地にしてたとも言うてはったね」
私は腕を組んだ。
「なんか、ややこしいことになってきたなあ」
「現場から、覚醒剤もなくなってたいう話やったし」
泰三が溜息をついた。
「売春に覚醒剤なんて、ものすごヤバそうやな。俺らみたいなシロウトが関わるのんは、やっぱ無理かもしれへんなあ」
「私もそう思うわ」
私は素直に頷いた。
「せやけど、例の女子高生に会って、話だけでも聞いてみいひん?」
「そうやなあ」
泰三が、バッグからあのメモを取り出す。
「しゃあないな。明日ももう一日、休むか」
「熱がまだ下がらへんとでも、言ってみたら?」
私達は顔を見合わせて微笑んだ。
「なあ、ビール飲まへん?」
私が言うと、泰三は頷いた。立ち上がり、キッチンに向かって歩いて行く。冷蔵庫を開けて、中から350ml缶を2本取り出した。
「それにしても、もう1人の犯人、ほんまに私らの周りにいてんのやろか?」
1本を泰三に渡しながら尋ねると、彼はそれを受け取り、首を横に振った。
「わかれへんなあ。どう考えたらええんかなあ」
私は、ビールを流し込みながら首を傾げた。
「売春とか覚醒剤とか、関係してそうな人なんて……」
「まあ、他の条件も考えてみようや」
泰三も、ビールを一口飲んだ。
「まず、橿原神宮に初詣に行くことができた奴」
「行くことができたとは、限らへんのんちゃう? 鈴木さんかて、鈴木さん自体は、橿原神宮にお参りしていたわけではなかったやろ? お祖母さんが、たまたま盃を送っていただけで」
「そうやったな。ほんなら、盃を手に入れることができた奴って言い直しとこか」
泰三が頷いた。
「それから、煙草を吸う人ってことも、わかってたやんな」
「ヤニが付いてたしな」
私はビールを流し込むと、泰三の方を向いた。
「当然、康代さんだけやなくて、田口さんとも知り合いやったわけよね、犯人は」
「彼が覚醒剤を持っていることも、知っていた」
泰三が、テーブルの上に缶を置いた。
「康代さんと田口さんが一緒に写ってた写真、あったよなあ」
私が頷くのを見て、泰三は続けた。
「あの2人が接触したら、困ることでもあったんやろか」
「康代さんは、少女売春を追いかけてたわけやろ? そうなると、覚醒剤よりも売春の方が、犯人にとって知られたくないことやったんかなあ」
私も缶を置いた。
「しかも犯人は、あの時、隆弘がマンションを抜け出したことも知っていたわけや」
泰三が言う。
「それはそうやん。あの時、誰かから電話があったから、隆弘さん、抜け出したんやろ? その電話かけたんが、犯人やんか」
私は泰三の方を見た。
「ああ、そうか。電話の声とか心当たりなかったか、隆弘から直接聞きけるとええねんけどなあ」
「ほんまやねえ。それにしても、隆弘さん、どこに行ってしまいはったんやろ」
私は、もう一度ビールの缶を持ち上げると、残りの分を飲み干した。
「犯人から身を隠してるとか」
思い付いたことを口にしてみる。
「犯人から? ということは、隆弘は犯人を知ってるってことか?」
泰三は顎をさすった。
「確かにその可能性はあるけど、それやったら、警察で言うてるんとちゃうか?」
「そっか」
私は頷いた。
「とりあえず、明日が勝負やね」
「ああ。その高校生から話を聞いたら、手え引こな。やっぱり危険やわ」
泰三はそう言うと、最後の一口を飲み干した。
(2)
私達の前に座っている少女は、制服を着ていなければ高校生とは思えない程、大人びた雰囲気を漂わせていた。
「リーダーのこと?」
コーラに浮かんでいるレモンをストローで突きながら、彼女は顔を上げた。新宿の喫茶店で、私達は落ち合っている。
「何でそんなこと、知りたいの? 警察の人?」
だらしのない口ぶりで、尋ねてくる。泰三が適当に答えた。
「いや、違う、違う。ちょっと、うちの妹が関わってるかもしれへんねんや。それで、話を聞かせてほしいねんけど」
「ふうん、そうなんだ。おじさんも、大変だねえ」
おじさんと言われ、泰三は少し悲しそうな顔をした。
「リーダーの連絡先、わかれへんかな?」
代わって私が尋ねる。
「アリサ、知らないなあ」
アリサというのは、彼女の名前だ。最近は、自分のことを名前で呼ぶ子が多いらしい。
「それやったら、どうやって連絡とってるの?」
私が聞くと、彼女はゆっくりコーラを吸い上げた後、ちらっと私の方を見た。私は仕方なく、財布から五千円札を1枚出して、手渡した。
「サンキュ。今月ピンチだったから、助かるう」
彼女は、カバンからネコのキャラクターのついた財布を取り出すと、中にしまいこんだ。
「えっとねえ。携帯に電話が来るのね。それで、言われたところに行くと、おじさんが待ってるの」
売春ということに対して、罪の意識は全くないらしい。彼女は、悪びれた様子も見せず、質問に答えた。
「ほんなら、リーダーの名前とかって、わかれへん?」
泰三が尋ねる。アリサという少女は、首を傾げた。
「アリサ、知らなあい。いつも、リーダーって呼んでるし」
「見た目の特徴とか、何か気が付いたことないかなあ」
今度は、私が尋ねた。
「特徴? わかんなあい。だって、1回しか会ったことないし」
「1回って、どういうこと?」
私は聞き返した。
「新宿歩いてて、ナンパされたのね。会ったのは、その時だけ」
「それやったら、どうやって、お金渡してんの?」
泰三が尋ねた。
「デートが終わる頃に携帯に電話が来るの。で、言われたところに行くとコインロッカーの鍵が手に入るから。そのロッカーに行って鍵開けて、お金を中に入れて、また鍵かけるのね。それで、その鍵を元の所に戻しておしまい」
「デートが終わる頃って、何でわかるの?」
「1回、2時間って決まってるもん。時間過ぎたら、超過料金もらうことになってるし」
ビジネスと割り切っているのか。やり切れない思いがする。
「携帯の番号って、表示されるんとちがうの?」
私が尋ねると、彼女は笑った。
「非通知になってるに決まってんじゃん」
ああそうか、私は頷いた。
「そのリーダーね、歳はいくつくらいかとか、何か思い出されへんかなあ」
泰三が食い下がる。
「えっとねえ。帽子かぶってサングラスしてたから、よくわかんないなあ。でも、ピアスしてたよ」
「ピアス?」
私が聞き返すと、彼女は頷いた。
「うん。きちんとしたスーツ着てるのにピアスって、何か不思議な気がしたんだよね」
彼女は続けた。
「そうそう、声掛けられた時、変なアクセントっていうの? ちょっとあってさあ。東京の人じゃないねって気がした」
「訛りがあったんや」
泰三が確認すると、アリサは笑った。
「アリサ、ずっと東京だからさあ、そういうの、ピンと来るんだ。地方の人っていうの?」
「どんな感じの訛りかわかる?」
私は尋ねた。彼女は少し考えていたが、やがて答えた。
「関西の方じゃない? 多分」
彼女は一口、コーラを飲むと、笑いながら言う。
「『自分、歳いくつ?』って声かけられたもん」
確かに、関西には相手を「自分」と呼ぶ人が多い。
「で、お金はどれくらい渡すの?」
私は尋ねた。
「お金? 全部だよ」
「全部?」
思わず聞き返す。
「それやったら、タダ働きやんか」
「それは、色々……」
アリサは、しまったという顔をして、うつむいた。
「なあ、あとひとつだけええか?」
今度は、泰三が尋ねた。アリサが彼の方を見る。
「最近、電話はかかってくるか?」
アリサは頷いた。
「確かに電話はあったけど、ここ2、3週間、リーダーからはかかってこなかったなあ。声がちょっと違ったような気がしたし」
私達は顔を見合わせた。
「何人かいるの? 関わってる人」
私の質問に、彼女は首を傾げた。
「わかんなあい。ただ、そんな気がしただけ。あ、やっばーい、アリサ、そろそろ行くね」
彼女は時計を見ながら立ち上がると、私達の方に向かって言った。
「この話、誰にも言わないでね。リーダーにバレたら困るし」
私達が頷くと、彼女は安心したように微笑み、店を出て行った。後ろ姿が見えなくなる。私は天井を見上げた。
(3)
「世も末ね」
泰三は何も言わず、黙ってコーヒーをすすっている。
「どないしたん? 具合でも悪いの?」
私は泰三に声をかけた。
「俺、えらいことに気付いてもうた」
泰三がコーヒーをテーブルに置く。
「何やの?」
私は、じれったくなって尋ねた。
「リーダー、誰かわかってもうたんや」
「は?」
「康代さんと顔見知りで、煙草を吸う奴。ここまでは、わかってたやんなあ」
私は頷いた。
「今、わかったんは、何やった?」
泰三に尋ねられ、私は、さっきのアリサとの会話を思い出していた。
「スーツ着てピアスしてたってことかな?」
泰三が私の方をちらっと見る。
「あ、たしか関西訛りやとも言うてたね」
私が言うと、泰三は頷いた。
「俺、ピアスで、ピンと来たんや」
「ピアス? あっ」
私は泰三の顔を見た。
「せやけど、ピアスって、しばらくしてへんかったら、穴、塞がってしまうんやで。あの人、たしかに、若い頃はやんちゃしてたって聞いたことはあるけど、今はピアスしてるとこなんて、見たことなかったやんか」
「確かにそうやけど、仕事の時だけ外してたっちゅう可能性もあるやろ? 現に、耳たぶに穴は開いてたし」
泰三は溜息をついた。
「俺かて、そんなこと考えたくないわ。せやけど、それ以外、考えようがないやん」
「でもな、関西訛りやって言うのんも、今、わざと関西弁しゃべるん流行ってるらしいし。ほんまに関西の人かどうかなんて、わかれへんやんか」
私が言うと、泰三は厳しい顔で言い返す。
「冷静に現実を考えようや」
「そんな……」
私は、体が震えるのを感じた。私達が彼のために走り回って来たのは、全て無駄だったのだろうか。
「隆弘さんが……」
私がつぶやくと、泰三が空を仰いだ。
「隆弘は、興信所に依頼して、康代さんが何を嗅ぎ回ってるのか調べさせた。どこまでわかっているのかも」
私は首を横に振った。
「それで、真相をつかみかけてたから、殺したって言うの? まさか」
「ここ2、3週間は、違う人物が電話して来てたって言うてたやろ? ということは、リーダーはその間、何らかの理由でかけられへん状態になってたわけや」
泰三が続ける。
「隆弘は、ちょうどその頃、警察にいたんやで。状況は一致してる」
私達は黙り込んだ。
「田口さんの殺害に、覚醒剤が絡んでたってことは、確かやろ? でも、アリサちゃんの話を聞く限りでは、覚醒剤なんてこと、出てけえへんかったやん」
私がようやく口を開くと、泰三は溜息を付いた。
「さっき、彼女が言うてたことで、おかしいと思うことなかったか?」
「何のこと?」
大体、売春をしていること自体、おかしなことなのだ。どの部分がひっかかっているのか、私にはよくわからなかった。
「金や、金。全額リーダーに払ってたなんて、おかしいやろ?」
「ああ、それはたしかに、そう思ったわ。せやけど、それと覚醒剤がどう絡んでくんの?」
私は聞き返した。
「指定されたロッカーには、覚醒剤が置いてあったんちゃうかな。彼女が斡旋された売春で稼いだ金は、その代金やった」
「つまり、彼女は、そのお金をロッカーに置き、かわりに覚醒剤を持っていく。それやったら、全部払うっていうのも、説明はつくわね」
高校生が売春に覚醒剤。私は頭が痛くなってきた。
「田口さんは、そのからくりを知っていた。彼が康代さんと写っていた写真を見せられた隆弘は、釈放された隙に彼を殺した」
「口封じってわけか」
私は頷いた。信じたくはないが、そう言われるとすべて辻褄が合う。
「タツの盃が古かったんは、何で?」
私は思い出して尋ねた。
「さあ、そこまではちょっとわかれへんけど。あいつはヘビースモーカーや。ヤニが付いていたっていう点は、説明できるやろ?」
泰三は、冷め切ったコーヒーを無理矢理飲み干すと、うつむいた。
「あいつが身を隠したんは、犯人から逃れるためやなくて、警察から逃げるためやったんちゃうか? 金かて、全額おろしてるんやろ?」
「逃走資金ってこと?」
私の言葉に、泰三は目を閉じる。
「考えたくないし、信じられへんけど……」
葛藤している様子がわかる。私はそっと、泰三を見つめていた。




