第14章
(1)
玄関のドアが閉まるのを見て、私は微笑みをしまうと、泰三に話しかけた。
「で、テレクラが何やて?」
泰三は、何も答えずに応接間に戻り、ソファに腰を下ろした。私も隣に座る。
「お前が疑ってるようなこととはちゃうねんて。隆弘が……」
泰三が小さな声で話し始める。
「隆弘さんが何よ」
なおも私が迫ると、泰三はちらっと私の方を見た。
「新宿の取引先に行った時に、隆弘を見かけたんや。あいつ、新宿に担当なんてもってへんし、何でいてんのか不思議やってん。そしたら、隆弘、そのテレクラに入って行ってなあ。それで、店の名前、覚えとったんやって」
「ふうん。で、それ、いつ頃?」
私は尋ねた。
「今年の6月か7月か……。その辺りやったと思うけど」
泰三が、自信なさそうに答える。
「ちょうど、隆弘さんが興信所に、康代さんの素行調査を依頼した頃やねえ」
私は腕を組んだ。
「何で今まで黙ってたん?」
私の言葉に、泰三は苦笑した。
「さっき、店の名前を聞いて思い出したんや。今まで、新宿のテレクラってだけで、詳しいことは知らんかったし」
泰三は溜息をついた。
「隆弘本人に聞いてみたら済む話やけど、見なかったことにした方がええかと思って、その時は追求せえへんかってん」
「確かにねえ。……せやけど、やっぱり、そのテレクラが事件に関係してるんやろか?」
私の質問に、泰三が首を傾げる。
「今の段階では、何とも言われへんわなあ」
「せやけど、殺された5人のうち、3人が同じテレクラを利用していたなんて、偶然としたら出来過ぎと思わへん? しかも、隆弘さんまで関わってたなんて」
私は食い下がった。
「でも、そのうち和田君が殺害されたのは、確実に偶然やったやん。鈴木が殺害したことに間違いはないねんから」
泰三が、困ったように言う。
「康代さんと田口さんは?」
「せやから、捜査中やって、刑事さんたちも言うてはったやん」
泰三が私をなだめにかかった。
「なあ、そのテレクラのティッシュ、持ってる?」
私が尋ねると、泰三は驚いた顔をした。
「捜したらあると思うけど、何で?」
「いいから、持って来てや」
私に促され、泰三がカバンを取りに立ち上がる。
「……ええと、あった、あった」
彼はしばらく中を探っていたが、やがて派手なピンクのティッシュを取り出した。
「『ラブショット24』、これやわ」
「ありがとう」
私はそのティッシュを受け取ると、ゆっくり番号を眺めた。
「ここ、かけてみていい?」
「あかんで。何を言うてんねん」
泰三が慌てる。
「別に、私がかけたくてかけるわけちゃうやん。事件解決のためや」
私が言うと、泰三は尋ねた。
「事件解決? どういうことや」
「康代さん、このテレクラを利用してた何人かの人と接触してたんやろ? 何回かチャレンジしてみたら、康代さんに会ったっていう人から、話が聞けるかもしれへんやん」
私が微笑むと、泰三が私の手からティッシュを取り上げた。
「あのなあ、その中に犯人がいたらどないすんねん。危ないことはしたらあかん。お義母さんも言うてはったやろ? このティッシュは、没収や」
泰三は大きく溜息をついた。
「そんなもん、お前がやらんでも、警察が調べてるって」
「何言うてんの。そんなとこ利用してる人らが、警察に聞かれてほんまのこと話すとでも思うてんの? やっぱり、私みたいな素人が調べた方がええこともあるって」
「あかんて。もう、やめてくれや」
泰三が泣きそうな顔で言った時、電話が鳴り出した。
「誰やろねえ」
時間は9時を回ろうとしていた。
「もしもし」
受話器を上げると、そこから保の声が聞こえてきた。
「あら、保君。元気?」
私が尋ねると、彼は、ええ、と答えた。
「義兄から、何か連絡はありませんでしたか?」
彼は心配そうに聞いてきた。
「隆弘さんから? ううん、何も」
「おい、変わってくれ」
泰三が横から手を出す。私は受話器を渡した。
(2)
「もしもし、俺やけど」
泰三は深刻そうな顔をして、しばし頷いていたが、やがて受話器を置いた。
「隆弘さん、どうしたん?」
私が尋ねると、泰三は眉間に皺を寄せて、首を振った。
「行方がわかれへんねんて」
「え?」
思わず聞き返す。彼は、私の方を見た。
「あいつ、実家に戻るって言うてたやろ? せやけど、実家の方には一度も戻ってへんねんて。なんや、保険会社から、隆弘と連絡がつかへんって、保君のところに電話があってわかったらしいねんけど」
「保険会社って? ああ、康代さんの生命保険?」
私の言葉に、泰三は頷いた。
「そうやねん。振り込みの手続きをしようとしたら、指定の口座が解約されとってんて」
「どういうこと?」
泰三は首を傾げた。
「保君も調べてみたらしいねんけど、隆弘が大阪に帰った翌日に、解約されとったって。300万くらいあった貯金も、その時に全額受け取ってて。それきり、行方がわかれへんらしいねん」
「携帯は?」
私が尋ねると、泰三は首を横に振った。
「電源が入ってへんみたいやな。とにかく、連絡がつかへんって」
泰三は、どさっとソファに身を投げた。
「隆弘、新しい人生を送るって言うてたのに。どこに行ってもうたんや」
嫌な予感がする。
頭を抱えてうなだれる泰三の姿を見ながら、私はかける言葉もなく立ち尽くしていた。
「やっぱり、テレクラ、やってみるか」
泰三がぼそっとつぶやく。
「明日、俺、会社休むわ」
私は驚いて尋ねた。
「どういう風の吹き回し?」
さっきはあんなに反対していたのに。
「隆弘のことが気になるねん。ほっとかれへんわ」
泰三が顔を上げる。
「せやけど、会社、休んで大丈夫?」
彼は、ちらっと私の方を見た。
「風邪ひいたことにしたら、大丈夫やろう。一緒に新宿行こうや。それで、お前がテレクラに電話して、男を呼び出す。そこで2人で事情聴取や」
「会社の誰かに見られへん?」
私は心配になって聞いた。
「平気やって。その時は、適当に言い訳しとくし」
泰三は微笑んだ。
「そうと決まったら、今日は早く寝よう」
「うん」
私が頷くと、泰三は立ち上がった。
(3)
「しかしまあ、男っていう生き物は、よくよくアホやね」
時間は6時になろうとしていた。
「今日一日で、7人も引っ掛かるねんで。『人妻』って言葉聞いただけで、鼻の下伸ばしちゃって。ああ、気持ち悪う」
私は、公衆電話の前で泰三に話しかけた。
「お前なあ、男を全部ひとまとめにして考えたらアカンで。言うとくけど、俺にはそういうシュミはないねんから。――まあ、そろそろええ時間やし、あと1人くらいで終わりにしよか」
泰三が時計を見ながら言う。今まで話を聞いた男達の中には、康代に出会ったという人物はいなかった。
「明日もがんばろうや」
「そんなこと言うて、明日も会社休むの?」
私が聞き返すと、泰三は頭を掻いた。
「休むわけにはいかへんなあ。まあ、ええわ。外回りしてることにして、ここに来るから」
「大丈夫?」
「おう、まかしとけ」
泰三が胸を張る。私は首を傾げながら、公衆電話のボックスに入った。受話器を取ってカードを入れ、覚えてしまった番号を押す。いつもながら、ワンコールで相手が出た。
「もしもしい」
気持ちの悪い声だ。私はぞっとしつつも、打ち合わせ通りの台詞を口にした。
「今、新宿来てるんだけど、1人でいたら淋しくなっちゃって」
少し可愛らしい声を出して言うと、この男も今までの7人と同じく、すぐ食い付いてきた。
「え? そうなの? 名前は?」
「先にそっちから教えて」
私は甘えた声で尋ねた。
「俺? ダイキ」
「そう。私はユウカっていうの」
私は今流行っているタレントの名前を教えた。
「ユウカ? うわっ、それ、本名?」
「あたり前でしょ。顔も似てるってよく言われるわよ」
もちろん、言われたことなんて一度もない。とにかく、今は会って話を聞くことが先決なのだ。
「ええ? マジでユウカ似? で、君、年いくつ?」
「22歳よ」
10歳もサバをよむ。私の話を聞きながら、泰三は笑いを堪えていた。
「OL?」
相手は、やたらとこちらのことを聞いてくる。品定めしているのだろう。そう思うだけで胸くそ悪いが、ここは我慢だ。
「ううん。主婦なんだけど」
「え? 主婦? マジ? これからすぐ、会えるの?」
私はうんざりしながらも、待ち合わせの場所を指定し、お互いの服装を確認すると、受話器を置いた。
「会ってくれるって?」
泰三が尋ねる。
「うん。さっきと同じ、向かい側の喫茶店、指定しといたで。それにしても、ほんま、嫌になってきたわ。今日はマジで、これで終わりやで」
「おう、わかってるって。ご苦労さん」
溜息をつく私の肩に手を置き、泰三が言った。
「ほんなら、移動しよか」
私達は、その喫茶店に向かって歩き出した。
(4)
「気持ち悪い声やったで。きっと、ぶっさいくなオカマくさい男やわ」
喫茶店のガラスのドアを開けながら言う。泰三は、声を上げて笑った。
「いらっしゃいませ」
怪訝そうな顔をしながら、ウエイトレスのお姉さんが声をかけてくる。今日一日で、何度も訪れているのだ。当たり前と言えば、当たり前だろう。
「それで、相手はどんな格好してるって?」
「なんや、黄色と紫のシャツ着てるって」
「うえっ、シュミわる」
泰三が顔をしかめた。私は笑いながら、奥から2つ目のテーブルにつく。泰三は私に背を向ける形で、一番奥のテーブルについた。スタンバイOK。
初めから一緒に座っていると、警戒される可能性がある。ある程度のところで、泰三が私のいる席に移動してくるようにしているのだ。
「いらっしゃいませ」
ウエイトレスの声に顔を上げると、黄色と紫のお兄ちゃんが、きょろきょろと店の中を見回していた。二十代の半ばくらいだろうか。
私が作り笑顔で手を振ると、少し驚いたような顔をして、こちらに歩いて来た。
「君が、ユウカちゃん?」
嘘ついちゃって悪かったわよ、と思いながら、私は前の席に座るよう促した。
「まあいいや。君みたいな女の子も、僕、タイプだしい」
そのひょろっとしたダイキと名乗る男は、舌舐めずりでもしそうな様子で、私の前に腰を下ろした。
「これから、どこ行くう? 僕、すっげえいいホテル、知ってんだけどお」
語尾を伸ばすのが癖なのだろう。私はぞっとしながらも、何とか微笑んだ。
「その前に、教えてもらいたいことがあるんだけど」
慣れない共通語を使うのは疲れる。とっとと本題に入ろうと、私は康代の写真を取り出すため、バッグを膝に乗せた。
「ゴムなら、持ってきてるからあ。安心してよお」
ゴム? お前の頭は、そのことだけか。
私はうんざりしながら、写真を取り出して彼の前に置いた。
「この人、知ってる?」
ダイキは、その写真をちらっと見ると、困惑したように言った。
「あんた、警察の人?」
少し腰を浮かせかけている。期を逃さず、泰三が振り返った。
「警察やないで。ちょっとだけ、話を聞きたいねん。少し時間くれや」
そう言いながら、彼は席を立ち、ダイキの隣に立った。
「奥にずれてくれるか?」
さっきのニヤケ顔は完全に消え、ダイキは泣き出しそうな顔で隣の席にずれた。壁と泰三に挟まれ、身動きが取れない状態になっている。
「コーヒーでええか?」
泰三に聞かれ、ダイキは黙ったまま頷く。
「すいません、コーヒーひとつ」
泰三はウエイトレスの方に向かって言うと、テーブルに置かれていた写真を、もう一度ダイキに見せた。
「心当たり、ないかなあ」
ダイキはうなだれるばかりだ。コーヒーが運ばれ、彼の前に置かれた。
「そんなビビらんでもええんよ。話を聞きたいだけやから」
私は優しく声をかけた。彼は、顔を上げた。
(5)
「この女の人、殺されたんですよねえ」
私と泰三は、目配せをした。
「知ってるんか?」
泰三の質問に、ダイキは小さく頷く。
「喫茶店でお茶飲んだだけで別れたから、何となく覚えてるんだけどお」
「それで、どんな話した?」
私が尋ねると、彼は少し迷っていたようだが、やがて口を開いた。
「少女売春のこと、何か聞いてきてたなあ」
「少女売春?」
私達は声を揃えて聞き返した。
「大きい声、出さないで下さいよお。警察でもいたら、どうするんですかあ」
ダイキは、人さし指を唇に当てると、周りを見回した。
「ごめん、ごめん。もっと詳しく教えてくれへんかなあ」
泰三が頼むと、ダイキは少しじらすような素振りを見せて、手を差し出す。泰三はちらっと私の方を見たが、財布から一万円札を1枚出し、その上に乗せた。
彼は悪びれた様子も見せず、それをシャツの胸ポケットに押し込み、口を開いた。
「あのテレクラ、少女売春の斡旋、やってるらしいんですよお。そういう噂を聞いたことがあるって、話をしたんですけどお」
「で、利用したこと、あるんか?」
泰三が尋ねる。
「その女の人から聞かれた時には、噂を聞いてただけだったんだけどお」
ダイキは、煙草を取り出して1本くわえると、ゆっくり火を付けた。
「それから後で、僕にも話が回ってきてさあ。ちょっと興味があったから、会ってみたんだけどお。なんかヤバい気がして、手はつけなかったんだけどねえ」
「話が回ってきたって、どういうこと?」
泰三が尋ねる。ダイキはちらっと、彼の顔を見た。
「コールがあったから、出てみたら男でさあ。何だと思って受話器を置こうとしたんだよねえ。そしたら、女子高生とデートする気はないかって話でさあ」
「それで、オーケーしたら、女子高生と会えたってわけ?」
私が尋ねると、ダイキは頷いた。
「そおそお、結構かわいい女の子だったぜえ。マジ、もったいなかったかなあって、後でちょっと後悔ってえの? そんな感じだったんだけどさあ。その後すぐに、その写真の女の人が死んだってニュースで見てねえ。手えつけなくてよかったなあって、マジ思ったよお」
私と泰三は顔を見合わせた。
「あなた、康代さん――写真の人が殺されたことと、その少女売春と、何か関係があると思ってるの?」
私が尋ねると、ダイキは困ったような顔をした。
「そんなこと、わかんないけどお。やっぱ、あんなこと聞かれたすぐ後だったしい。何となくねえ」
「その女子高生に会う方法とか、なんか聞いてへんか?」
泰三が食い下がる。ダイキは手にしていた煙草を揉み消して、大きく溜息をついた。ズボンの尻ポケットから札入れのようなものを取り出すと、そこから1枚のメモ用紙を選び、泰三に渡す。
「それ、彼女の携帯の番号。ホントは、リーダーって呼ばれる男を介さないといけないらしいんだけどお、それすると、ピンハネされちゃうでしょ? だから、今度は直接かけてくれって、渡されたんだよねえ」
「リーダーって、テレクラに電話をかけてきた男かなあ」
私が聞くと、ダイキは首を傾げた。
「さあねえ。でも、そうなんじゃないのお」
「どうもありがとう。助かったよ」
そのメモに書かれた番号を手帳に写し終わり、泰三がメモを返す。
「警察にはチクらないで下さいよお。ホントに、僕、その女の子とは、お茶飲んだだけなんっすからあ」
「うん、わかってる。ありがとう」
泰三が席を立つと、ダイキはほっとしたように立ち上がり、小走りで店を出ていった。
「最後の最後に、大収穫やったなあ」
泰三が椅子に座り直し、嬉しそうに私の顔を見る。
「問題は、その少女売春と康代さんの殺害が、どこで繋がってくるのかってことやね」
私が言うと、泰三は頷いた。
「詳しいことは、家帰ってから考えようや。とりあえず、飯にしよか」




