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干支盃  作者: 深月咲楽
13/20

第13章

(1)


「じゃあ、気をつけてね」

 私は手みやげを母に渡しながら、声をかけた。襲われた日から1週間が過ぎ、体調はほぼ元通りになっている。

「うん。あんたもね」

 母が微笑む。

「お義母さん、ホンマにありがとうございました」

 泰三が頭を下げた。

「ううん。ええんよ。お正月にはまた、大阪の方にも来られるやろ?」

 母に尋ねられ、私達は頷いた。

「お義姉さんにも、くれぐれもよろしくね。あんまり、こき使ったらあかんよ」

「わかってるわよ。うちの嫁姑は、ほんまに上手くいってんねんから」

 私の言葉に、母が笑った。

「あ、そろそろ来ますね」

 列車到着のアナウンスが流れ、泰三が私達の方を見る。

「ほんまに、元気でね。無茶したらあかんよ」

 ドアが開いた時、母はもう一度振り返って、私達に言った。

「わかってるって。早く乗らな、出てしまうで」

 私にせかされて、母がゆっくり列車に乗り込む。

「また電話するわ」

 ドアが閉まるぎりぎりまで、母は私達に色々声を掛け続けていた。

 動き出した列車が見えなくなると、私達は歩き出した。

「これで、皆いなくなってもうたな」

 泰三が、尻ポケットから入場券を出しながら、淋しそうにつぶやく。

「ほんまやね」

 ようやく釈放された隆弘は、会社を辞め、一昨日、大阪の実家へと戻っていった。保も、東京の法律事務所に帰ってしまった。

「これにて一件落着、っちゅうやつやな」

「遠山の金さんかいな」

 私達は、顔を見合わせて笑った。


(2)


「お邪魔します」

 飯塚刑事と安岡刑事が我が家を訪ねて来たのは、その翌日のことだった。

「どうぞ」

 ちょうど夕食を終えたところだった。大急ぎで空になった食器を流しに置くと、私達は2人に、中に入るよう勧めた。いつもは断られていたが、今日は長い報告があるとのことで、彼らは素直に上がって来た。

「お体の方は、いかがですか?」

 飯塚刑事が、私に尋ねた。

「ありがとうございます。もうすっかり、良くなりました」

「そうですか。本当に申し訳ありませんでした」

 2人が揃って頭を下げる。

「いえ、今、お茶をお持ちしますね」

「お構いなく」

 私の言葉に、彼らは恐縮してまた頭を下げる。やがて泰三に勧められ、2人はソファに腰を下ろした。

「今日は、鈴木のことで伺いました」

 キッチンでお茶を用意していると、飯塚刑事の声が聞こえた。

「まだ何かあるんですか?」

 向かい側に座った泰三が、嫌みたっぷりに言う。

「お仲間ですし、捜査も進みにくいとか」

「そんなことは……。しかし、身内から犯人が出たことは、本当に情けない話です」

 安岡刑事がうつむいた。

「どうぞ」

 テーブルにお茶を置くと、彼はようやく頭を上げた。

 全員にお茶を出し終わると、私は泰三の隣に座り込んだ。お盆を脇に置く。

「それで、鈴木さんは何て?」

 私は尋ねた。

「一部を除いて、自供しています」

 飯塚刑事が答えた。

「一部を除いて?」

 泰三が聞き返す。

「どういうことですか?」

「和田さん、柳井さん、野間さんの殺害は認めました。でも、康代さんと田口さんの殺害は、頑として自分ではないと言い張っているのです」

 安岡刑事が答える。

「往生際の悪いやっちゃなあ」

 泰三が腕を組んでソファの背にもたれかかった。

「3人も5人も、殺してもうたら一緒やろ」

「詳しいお話を聞かせていただけますか?」

 私は身を乗り出した。

「わかりました」

 飯塚刑事が頷く。

「まず、動機からお伝えします。やはり、鈴木があなたに話した通りでした。彼は、自分を威嚇した車のナンバーを記憶し、持ち主を調べて殺害していたのです。鈴木のアパートは、六号線沿いにありました。交番も六号線沿いですから、主に六号線を利用している車が、ターゲットになったのでしょうね」

「被害者の家が、六号線に繋がる道沿いにあったのは、偶然ではなかったんですね」

 私の言葉に、飯塚刑事は頷いた。

「それでは、個々の事件についてお話しますね。まず、鈴木が自供している件からいきましょうか」

 そうして、手帳を開いた。


(3)


「和田さんですが、鈴木は『夕方の件で確認したいことがある』と言って、上がり込んだようです。和田さんは、店長から車を擦ったという話を聞いていたので、大して疑問も持たなかったのでしょう。布団を上げようとしているところを、後ろから絞殺したそうです。そして、用意していたトラの盃を置いた」

 私達が頷くと、今度は安岡刑事が話し始めた。

「柳井さんの場合は、巡回の最中、社宅の駐車場に彼女の車しかないのを見て、絶好のチャンスだと思ったようです。普通は2人一組で回ることになっているのですが、やむを得ず、1人で巡回に行くこともありまして……。

 鈴木は、機会があればいつでも殺害できるよう、ダッシュボードに盃をしのばせていたようです。わからないように入れていたので、ペアである安藤も、気付かなかったらしいですが」

 彼は続けた。

「『お宅の車に擦られたという通報があったので、事情を聞かせてほしい』と言うと、柳井さんはしぶしぶ、鈴木を家に上げたそうです。そして、廊下を先に行く彼女の首に、ネクタイを掛けて絞め殺した」

「傍らにウサギの盃を置き、そのまま家を後にしたようです」

 飯塚刑事が付け加えた。

「そして、次は野間さんです」

 飯塚刑事が、座り直した。

「もともとは、田口さんを殺害しようとパトカーを走らせていたそうです。容疑者と目されている隆弘さんが逃走したことは、無線からの連絡で知っていた。ペアを組んでいる安藤は、隆弘さん捜しに駆り出されていて、鈴木は1人だった。この時間を利用することで、隆弘さんに罪を着せてしまおうと考えたんでしょう」

 安岡刑事が引き継いだ。

「ところが、その途中、野間さんの改造車がかなりのスピードで走っているのを見つけた。ナンバーを見て、ターゲットのうちの1人の車であると気付いた彼は、先に野間さんを殺害することにしたようです」

 私達は頷いた。

「追跡して農道に入ったところで、車を路肩に停めさせる。ドアを開けさせ、免許証の提示を求めると、野間さんはダッシュボードの方を向きました。鈴木は、首にネクタイを掛けて一気に締め上げた。免許証を持ち帰ったのは、警察と結び付けて考えられるのを恐れたためだそうです。そして、タツの盃を置いた」

「それやったら、やっぱり田口さんを殺害したのも、鈴木やってことになりますよねえ?」

 泰三が顔を上げて尋ねた。

「それが、田口さんのお宅に着いた時には、彼は既に亡くなっていたと言うのです」

 飯塚刑事が、困ったように答える。

「どういうことですか?」

 私が聞くと、飯塚刑事は話を続けた。

「田口家を訪れた鈴木は、ドアの鍵が開いていることに気付いた。声をかけてみたが、誰も出ない。彼は家の中へと入って行ったそうです。すると、食器棚の前に田口さんが倒れていて、傍らにタツの盃が置かれていた」

「タツですか?」

 泰三が身を乗り出す。

「ええ。そうらしいんです。鈴木は、野間さんの殺人現場にタツの盃を置いて来ていた。ここにタツの盃が置かれているのは、具合が悪い。そこで、彼はそのタツの盃と用意していたヘビの盃を入れ替え、タツの方を家に持ち帰ったと言うのです」

 飯塚刑事が、眉間に皺を寄せて答えた。

「それが、鈴木さんの家で見つかった、ヤニの付いたタツの盃ですか?」

「ええ」

 私の質問に、飯塚刑事が頷いた。

「ヘビとタツの順番が入れ替わっていた理由は、確かに説明が付くな」

 泰三がつぶやく。私達はしばらく黙り込んだ。


(4)


「それで、康代さんの時は、どう言っているんですか?」

 泰三が、顔を上げて尋ねた。

「鈴木は、殺害には全く関わっていないと言っています」

 飯塚刑事が答える。

「通報を受けて安藤と共に伊藤家を訪れ、そこで康代さんの死体の脇に置かれていたウシの盃を目にした。たまたま、それが家にあるものと同じであることに気付き、利用しようとしたそうです。前々から、自分を煽る人達を憎々しく思っていた。殺害の手口を似せ、この盃を利用すれば、自分ではない人物による連続殺人として処理されると考えたみたいですね」

「実際、康代さんの死亡推定時刻、鈴木は安藤と2人で巡回に出ていました。アリバイから考えると、鈴木が康代さんを殺害するのは無理なんです」

 安岡刑事が補足する。

「確かに、鈴木さんの家にウシの盃が残っていたことも、『役に立った』っていう言葉も、すべて辻褄が合うわね」

 私は頷いた。

「被害者の首に付着していた繊維も、康代さんと田口さんのものは、シルク100パーセントでした。鈴木が自供している3人のものとは、異なっています」

 安岡刑事が言った。

「犯人しか知り得ない情報って言っても、鈴木のように捜査に携わっていた人物なら、知っていて当然やしなあ。同一犯に見せ掛けようとしたら、出来ないことはないわけや」

 泰三が腕を組んだ。

「つまり、犯人は、鈴木以外にもう1人いるってことか」

 彼がつぶやくと、2人の刑事は頷いた。

「我々も、その方向で捜査を始めています」

「せやけど、康代さんの現場に置いてあったウシの盃には、ヤニは付着してへんかったんですよね? でも、タツの盃には付いていた。何ででしょうか?」

「その点は、我々も疑問に思いましてね。鑑識に、もう一度よく調べてもらったんです」

 飯塚刑事が、私達の顔を交互に見た。

「ウシの盃は、確かに1997年のものだったのですが、ヤニの付いていたタツの盃は、2000年のものではない可能性があるようです」

「どういうことですか?」

 泰三が尋ねる。

「他の盃と比較してみると、少し黄ばんでいるらしいんですよ。もちろん、置かれていた状況にもよりますが、やはり2000年ではなく、それ以前のものと考える方が、自然なのではないかと思われますね」

「そのことが、どう関係してくるんですか?」

 泰三は聞いた。

「それはまだわかりませんが、何かのヒントになるとは考えています」

 飯塚刑事の言葉に、少し不満を感じながらも、私達は頷いた。

「盃のことはまた考えるとして、もう1人の犯人の見当はついているんですか?」

 私は尋ねた。


(5)


「康代さんと田口さんの接点を中心に捜査を進めているんですが、現在の段階では、同じテレクラを利用していたことしか、わかっていませんね」

 安岡刑事が答えた。

「そういえば、一緒に写真に写っとったなあ」

 泰三が頷く。

「田口さんって、一体、何をされていた方なんですか? 随分大きな家に住んではりましたけど」

 私が聞くと、飯塚刑事が私の方を見た。

「あの家は、田口さんの父親が残した家だということです。田口家そのものは、あの辺では大きな地主で、駐車場などもいくつか持っていたようですからね。そういった収入で生活されていたんじゃないでしょうか」

「じゃあ、田口さんもずっと茨城で?」

 私の質問に、安岡刑事が答える。

「いえ、田口さんがあの家に入られたのは、3年程前だそうです。1人で暮らしていた父親が亡くなった後、入居したということですが」

「それまでは?」

 泰三が尋ねると、2人の刑事は困ったように顔を見合わせた。

「プライバシーの問題もあるので……」

 今度は私達が顔を見合わせた。

「何か問題のあることをやってはったんですか?」

 泰三が突っ込む。飯塚刑事は、苦笑しながら頭を掻いた。

「ここだけの話にしておいて下さい。田口さんは、覚醒剤の不法所持や売春の斡旋などで、何度か服役しています。主に、新宿を拠点にしていたようですが」

「新宿?」

 私は思わず聞き返した。

「たしか、康代さんも、何度か新宿で見かけられていましたよね?」

「ええ。調べたところ、2人が利用していたテレクラも、新宿にありました。『ラブショット24』という店なんですが」

 飯塚刑事の答えに、泰三が驚いたような顔をした。

「心当たりでもおありですか?」

 安岡刑事が、鋭い視線を泰三に向ける。

「いえ、あの、新宿の西口にあるテレクラかなっと思ったんで」

 彼はバツが悪そうに答えた。

「何でそんなこと、知ってるの?」

 私が泰三に言うと、彼は慌てて弁解する。

「いやいや、取引先がそばにあんねんや。せやから、途中でよくティッシュもうたことがあってな。それで、たまたま知っとってんて」

「そんな、ティッシュもらったくらいで、お店の名前なんて覚えるか?」

 私は疑いの眼差しを泰三に向けた。

「せやから、たまたま覚えとってんて」

 泰三は、目をそらして言う。

「あ、そう」

 私が冷たく言い放ったところで、2人の刑事は立ち上がった。夫婦喧嘩に巻き込まれては大変とでも思ったのだろう。

「それでは、私達はこの辺で」

 飯塚刑事が私の方を見て言う。

「何かわかりましたら、また報告に上がらせていただきます。どうも夜分に申し訳ありませんでした」

「いえ、お構いもしませんで」

 私が笑顔を作って立ち上がると、横に座っていた泰三も慌てて腰を上げる。

「失礼します」

 2人は、会釈をして出て行った。

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