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閑話:ある男女の独白

男は夕闇に沈む眼下に映るほの暗い無数の明かりを見ながら酒を飲み愉悦していた。

背後にある大きな寝台からむくりと起き上がる一つの影が男の背後から声をかけた。

「何がそんなに楽しいのですか、お父様?」しどけない裸体を晒しながら起き上がった娘は妖婉さと可憐さを持ち合わせた不思議な魅力を持つ美しい女だった。

男は背後で起き上がった娘の美しい体をゆっくりと眺めながら言った。

「起きたのか・・・?それにしてもあの男はすっかりお前に首ったけのようじゃないか。ろくな政務も行わず一日中お前と寝屋に籠っていると聞くが、この国が滅びるのもそう遠くない話だな。」そう言いながら男は極上のワインを片手に寝台まで近づくと亜麻色の美しい髪を流した娘のおとがいを持ち上げ低く笑う。


「まったく儂の目に狂いは無かったな。お前を貧民街から連れ出し娘として育てた甲斐があったと言う物だ、のうナタリア?」


「ええ・・・お父様」

「くくく、それにしてもこんなに旨く事が運ぶとは思わなんだ。御子様さまだな。小賢しい小僧は既に国から追い出しあやつにはもはや何の力も無い・・・後はゆっくりとこの国が衰退していくのを待つのみだ。」そういう男の目には何か暗い狂気と言う名の欲望が揺らめいていた。


男が望むのはこの国の滅亡、その為には生まれながらに始祖と同じ二つの加護を持って産まれて来たこの国の第一王位継承権を持つルキウスは邪魔な存在であった。当初はナタリアを使いうまく懐柔しようとしたが、王としての素質を十分にもつ皇子はその才能を早くから開花させ、傀儡とするには厄介な存在であった。王が病気で倒れてからは少しずつ薬を混ぜながら機会を狙ってきたがある時、神殿が女神を通して御子の召還を行った事を耳にした時にこの計画を思いついたのだ。うるさい神殿と皇子を一気に始末することができる計画を・・そしてそれは思いのほか旨く行った。


そう、この国の宰相であるザフィールはその昔、唯一と願い焦がれ、慈しんだ恋人を当時この国の王となった若き王に掠めとられ、その娘が二人の子を産み落としそして若くして死去した時に狂気に捕われたのだ。己の愛しい恋人を奪いさった王と愛しい、だがそれ以上に憎い娘の産んだ二人の子供。王女が産まれた時に産褥熱でそのまま儚くなった女の産んだ娘はほとんど彼女に似た所はなく、夫となった王にそっくりだった。せめて少しでも似ていた所があったならどんな手を使ってでも自分の手元に置いておいた物を・・だが最初に産まれた皇子は成長するにつれ、どんな宝玉にも勝る美しい蒼い瞳といい、たおやかで美しかった恋人に良く似た面差しに良くにて来た。だが、その姿を見るたびに男の胸に言い様もない苦い思い出と憎しみを植え付けられるのだ。


ザフィールは大貴族の息子ではあったが、結婚する事はなく貧民街で見つけて来た際立って容姿の整った娘を己の庶子として引き取り、ありとあらゆる教育をその娘に施した。そしてある程度の年になった頃から閨の技術を自ら手ほどきした。そうして出来上がったのは最高の容姿と教育、そして房術を備えた美しい人形。それもこれも、憎くて愛しくて憎いあの娘の息子を、そしてこのくだらない国を終わらす為に・・・


ーーー

娘はほの暗い笑みを浮かべる自分の義理の父を感情の籠らない瞳で見つめていた。自分が何の目的の為にこの男に引き取られたのかは幼い頃から教えられて来た。

自分の最大の魅力を十分に引き出し、義父の望む通りにルキウスの心を捕らえ、そして今はまたルキウスの異母弟であり、この国の王に収まったオーウェンを虜にしている。


自分の所有だとよっぽど言いたいのかやたらと自分の体に痕を付けたがる愚かで凡庸な男はその才覚においてルキウスと比べるまでもなく、簡単にこの手に堕ちて来た。かつては自分の婚約者であった男は義父の策に嵌り今は行方が知れない。


ルキウスが城から出て行く前夜、自分の元に来た事は義父には話してはいないが、薄々は知っているのだろう。自分が妊娠していなかった事を告げた時のあの男の絶望した顔は今も脳裏に焼き付いている。だがこれももともとのシナリオにあった事・・男を知るようになってからはずっと薬を飲んでいるので孕む心配をする必要はなかった。仕事と割り切っていたし、ルキウスやオーウェンに愛情を覚えたことは一度もなかった。自分が唯一欲する相手は十数年も前から決まっているのだから・・・だから貴方が望むのであれば深淵の破滅までも共にしよう。願わくばこの身が共に滅びる迄ーーー


ルキウスがこの城を出て行ってから4年、この国は本当に女神の加護を失ったのだろう、荒れ果て実りの無くなった大地、そして度重なる重税に喘ぐ民、もう一度錘を失って砕け回りだした歯車は留まる事を知らず、そしてこの国の貴族達はまだ愚かにも足下の土台がすっかりと消え去っている事を気づかずにいるのだ。


ナタリアは情事の痕が残らぬ様、手早く身なりを整えるとフィンランディールの宝石と讃えられるその美しい顔に笑みを浮かべ男の部屋を後にした。


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