ドキッ☆不良な彼とランデヴー?
放課後を知らせる鐘が鳴り響き、グラウンドからは運動部の掛け声が聞こえてくる。
いつもと何も変わらない放課後だ。少し違うと言えば、二日前から強制的に俺の家に住み着いたヒヨが今日は居ない事くらいだろう。
ヒヨは小柄なクセに案外よく食べる。昨晩も豪快にご飯を食べていたが、今朝になり腹痛で動けなくなったと言って学校を休んだのだ。全く仕方ない奴だ。
「プリンでも買っていこう……」
鞄に教科書を詰め込み教室を出ようとして異変に気付く。
普段より教室に残っている人数が多い。
疑問に思いながらも教室から出ようとした俺の腕を、キリが慌てて掴み引き止めた。
「死ぬつもりか!」
死ぬのか? 思わず立ち止まってしまった。教室内に残る生徒は何故か青ざめている。
「……それで、一体何が起きているんだ」
「門の所に銀髪の男が立ってんだよ」
「有名人か何かか」
「ある意味な……、アイツと目が合った奴で生きていられた奴はいないって噂だ」
恐ろしい眼力である。しかし、いつまでも此処には居られない。ヒヨが待っているのだから早く帰らねばならない。
「なら目を合わせないようにする」
「ちょ、シランっ!」
キリの声を背に、俺は教室を出た。
靴に履き替え、正門に向かって歩く。もう通い慣れている筈なのに何故か妙に落ち着かない。 門を出ると、確かに銀髪の男が居た。
男は、黒いブレザーに身を包み門に寄りかかっている。痛んだ男の銀髪を夕暮れの柔らかな茜色が染め、爬虫類のそれを思わせる鋭い瞳で男は此方をじろりと見てきた。
気付いた時には既に遅く、男と目がばっちり合ってしまう。
俺はまるで蜘蛛の巣に絡まりもがけばもがくほど身動きが出来なくなった羽虫のように、ぴくりとも動けずにいた。
男がゆっくりとこちらに近寄ってくる。それでも俺は動けない。
「気に入らねえなァ、その目」
そう言って笑った男の視線が体を這う。言いようのない焦りと恐怖がわき上がり体が震えた。
「……なんなんだ」
「…………ついて来い」
一言男は言葉を発し、俺の腕を掴み。夜の闇に包まれつつある街へと俺を連れていく。逃げようと思えば逃げられたかも知れない、それでも俺はその腕を何故か、振り払えずにいた。
外まで聞こえる賑やかな音。チカチカと輝く電飾。俺達は様々な格好の若者が訪れる、ゲームセンターの前に来ていた。
「……いい加減にしろ」
「あれを知ってるか?」
男がスッと指をさすその先には「クマノコ」と呼ばれるクマのようなタケノコという奇妙なキャラクターのぬいぐるみが詰まれた、クレーンゲームがある。あの奇妙な見た目が世の女性に人気らしいが、俺には理解できない世界だ。
「あれがどうしたんだ」
「取ってこい」
「俺は犬かなにかか、断る」
「俺はこの店に立ち入り禁止くらってんだよ、さっさと取ってこい」
財布をぐいっと押し付けられ、突き飛ばされるように店に入れられた。これが人にものを頼む態度なのだろうか。苛立つものの、背後から殺気を感じたため渋々クレーンゲームに近寄る。
財布には札がびっちりと詰まっていた。奴の本気が窺える。それを両替し百円にくずしてから、人生初のクレーンゲームに挑戦してみた。
百円を投入する、人を小馬鹿にしたような音楽が鳴り、ボタンが点滅した。
「クマノコ」は体がタケノコなため、いまいち掴み難い。なら狙うとすれば、開口部近くのぬいぐるみだろう。
クレーンを動かしぬいぐるみの上まで動かしてみたものの、アームの力が弱いのか微かにぬいぐるみが左右に動いただけで、持ち上げる事は出来なかった。
「…………」
もう一度百円を投入する。そしてもう一度、もう一度と繰り返し三十回程同じ事を繰り返した。
そろそろ無理なんじゃないかと思い始める。しかし、手ぶらでは帰れない。それに、開口部にぬいぐるみが少し寄ってきているように見える。次の百円を入れようとしたその時、
「おにぃ~さん、そのぬいぐるみ欲しいの?」
声をかけられ振り向く、そこには妙に間延びした喋り方の茶色い髪に左右の耳にキラキラ光るピアスをつけた、いかにも軽そうな男がニヤニヤしながら立っていた。
見なかった事にしようと、俺はクレーンゲームに向き直る。すると後ろに居た男が覆い被さってきた。手を俺の顔の真横につき、男が顔を寄せてくる。何やら硬く不快なモノが尻にあたる。
「無視しないでさ~、俺クレーンゲーム得意なんだよぉ? 取ってあげるからそのお礼に」
生暖かい吐息がかかり思わず体がゾワッと震え、ボタンにかけてた手が滑り動いていたクレーンを変な場所に止めてしまう。だが、そのクレーンのアームが見事にそのぬいぐるみを掴みあげ、ころんっと落ちた。景品口にぬいぐるみが入っている。
「……取れた」
「ほら、俺のおかげ」
そう言うと男は素早くぬいぐるみを取り上げた。
「何するんだ」
「だから~、ぬいぐるみ欲しいなら俺にお礼してよ」
「お礼?」
「例えば、このままホテルに~とか」
男はだらしない笑みを浮かべ俺を見ている。だが、不意に俺の後ろに立つ人物を見て、顔を青ざめさせた。
「お礼ならたっぷりしてやるよ」
銀色の髪がふわり揺れ、次の瞬間には銀髪の男の拳が男の顔面にめり込んでいた。男は思わずぬいぐるみを放り投げ、ゆっくり床に倒れていく。
俺はそれを見ながら飛んできたぬいぐるみを受け止めた。
「ほら、これ」
俺達は騒ぎになる前に店を出てきた。いつの間にか街はすっかり夜の顔になっている。俺は銀髪の男に苦労して取ったぬいぐるみと財布を渡すと男が満足そうに喉を鳴らした。
「ふん、まあ上出来だなァ」
ぬいぐるみを受け取った男が唇を歪めて笑い、それを抱えたまま俺に背を向け夜の街へと消えていった。
噂ほど悪い奴ではないのかも知れない、何故か俺は男の背を見つめそう思う。
「所詮、噂は噂に過ぎないか……」
俺は帰りがけにプリンを買って家へと急いだ。
◆銀髪家にて◇
※会話文のみ
「お帰りお兄ちゃん、どうしたのそのぬいぐるみ」
「……犬がくわえてきた。お前好きだろコレ、要るか?」
「いいよ、……なんかお兄ちゃん、それ手放したくなさそうだから」
「……ふん」
「そう言えば、片目のお兄さん来たよ」
「アイツも物好きだな」
「それでね、今日は肉じゃがくれたよ? 片目のお兄さんの作るご飯は美味しいよね」
「ああ、……人間何かしら特技があるもんなんだなァ」
その後クマノコは銀髪の男の部屋に飾られたとさ。