第4話 新しい放課後
高橋くんと一緒に廊下を歩き、理科室の前まで来た。
「ここ」
「ありがとう。助かったよ」
「うん。じゃあね」
「じゃあね」
高橋くんは短く答えると、廊下を戻っていった。
私はその後ろ姿を少しだけ見送ってから、理科室の扉に向き直った。
扉を開ける前に、軽くノックする。
「失礼します」
返事はなかった。
「あれ?」
もう一度、今度は少し大きな声で呼びかけた。
「ごめんください」
やっぱり返事がない。
誰もいないのだろうか。
私はそっと扉を開けた。
中には、五人の生徒がいた。
机の上には顕微鏡が並び、その横にはノートやメモ用紙が広げられている。生徒たちは何かを観察したり、数字を書き留めたりするのに夢中で、私が入ってきたことにも気づいていないようだった。
……忙しそう。
説明会のときの技術室とは、ずいぶん雰囲気が違う。
「ん? 誰か来たぞ」
一人の男子が顔を上げた。
「女子が来てるぞ」
「そうなんだ」
別の男子がちらりとこちらを見ただけで、すぐに手元へ視線を戻した。
いや、もう少し気にしてくれてもいいんじゃないかな。
そんなことを思っていると、一人の生徒が教室の奥を振り返った。
「先生、お客さんですよ」
教卓の向こうに、田口先生がいた。
机に肘をつき、うつむいている。
……寝てる?
「先生ってば」
生徒がもう一度声をかけた。
「んあ?」
先生が顔を上げた。
寝起きのような顔で、ぼんやりと私を見る。
「あぁ。藤井か」
やっぱり寝てたんだ。
「すまんな。科学研究発表会のことは、あんまり関わり合いがなくてな。ついつい眠くなってしまうんだ」
そうなんだ……。
科学技術部の副顧問なのに、それでいいのだろうか。
いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「で、ロボコンはどうするの? やってみるか?」
田口先生が、眠そうな目で私を見る。
私は少し迷ってから、気になっていたことを尋ねた。
「ちょっと待ってください。ロボットを作るのって、理科室なんですか?」
「いや、ロボコンの作業は技術室だよ。今日は理科の久本先生が出張だから、頼まれて理科室の様子を見ているんだ」
なんだ。そうなんだ。よかった。
理科室で顕微鏡やメモに囲まれながらロボットを作るのかと思ってしまった。
……いや、そもそも、そんなことを心配している場合じゃない。
私は鞄の中にあるプリントを思い出した。
昨日から何度も読んだ。
設計、加工、組み立て、配線。
知らないことばかりで、できるかどうかも分からない。
それでも、やってみたいと思った。
「先生」
「ん?」
「私、ロボコンをやることにしました」
口にした瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。
田口先生は、ようやく目を覚ましたような顔で私を見た。
「そうか。じゃあ、高橋と二人で頑張ってくれ」
「……はい!」
返事をしたあと、私はふと気づいた。
高橋くんと二人で。
これから、あの無口な男子と一緒にロボットを作ることになるんだ。
そう思うと、楽しみなような、不安なような、なんとも言えない気持ちになった。
「じゃあ、早速、技術室の鍵を持って、道具を運んでくれ」
「えっ、早速ですか?」
「そう。善は急げ、だ」
田口先生は、机の上に置いてあった鍵を私に差し出した。
……話が早すぎる。
ついさっき参加を決めたばかりなのに、もう作業が始まるらしい。
私は、手の中の鍵に目を落とした。
高橋くん、本当に技術室にいるのかな。
田口先生は「いるはずだ」と言っていたけれど、さっき廊下で別れたばかりだ。もう帰ってしまったとしても、おかしくはない。
そんなことを考えながら、私は理科室をあとにした。
廊下を歩き、技術室へ向かう。
扉の前まで来ると、私はそっと中をのぞいた。
「あ……」
いた。
高橋くんは、窓際の机に座っていた。
机の上には、ロボコンの資料が広げられている。
私が来たことに気づくと、顔を上げた。
「……藤井さん?」
「高橋くん、本当にいたんだ」
「いるって聞いたんだけど」
「田口先生が、いるはずだって」
「……そう」
高橋くんは、それだけ答えて資料に目を戻した。
……もうちょっと何かないの?
私は心の中でつぶやきながら、田口先生から預かった鍵を握り直した。
「あの、先生から鍵を預かったんだけど」
「うん」
「道具を運ぶようにって」
「……じゃあ、始めようか」
高橋くんは資料を閉じ、椅子から立ち上がった。
まるで、私が来るのを待っていたみたいに。




