第3話 廊下で出会った君
「で?」
「……何が?」
「昨日、行ったんでしょ。ロボコンの説明会」
朝から奈緒に問い詰められていた。
場所は教室。朝の会が始まるまで、まだ少し時間がある。
私は自分の席に鞄を置いたばかりだというのに、奈緒は待ってましたとばかりに前の席を借りて座り、こちらをじっと見ていた。
「で、どうだった?」
「どうって……」
「ロボコン」
「説明を聞いただけ」
「本当に?」
「本当に」
「参加するの?」
「……まだ決めてない」
そう答えながら、私は鞄の中へ目を向けた。
教科書やノートに挟まれて、昨日もらった一枚のプリントが入っている。
結局、家に帰ってからも捨てられなかった。
それどころか、夕食のあとにもう一度開いて読んだ。
ルール。
競技時間。
ロボットの大きさ。
使える材料。
読めば読むほど分からないことが増えていった。
それなのに、なぜか途中で読むのをやめようとは思わなかった。
「ふーん」
奈緒が私の顔を覗き込んでくる。
「何?」
「いや。美咲、やりそうだなって」
「だから、まだ決めてないって」
「でも断ってもないんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ、やるじゃん」
「どうしてそうなるの」
奈緒は昔からこうだ。
私より先に私の行動を決める。
「だって美咲、興味なかったら説明会なんて行かないでしょ」
「それは……そうだけど」
「誰かいた?」
「いたよ」
「科学技術部?」
「違う。三年二組の男子」
「男子?」
奈緒の目が変わった。
しまった。
そこに食いつくのか。
「誰?」
「高橋くん」
「高橋?」
「高橋拓也」
「ああ……」
奈緒が少し考えてから、ぽんと手を打った。
「知ってる?」
「顔くらい。あんまり喋らない人でしょ」
「そう。すごく喋らない」
「二人だけ?」
「先生もいたよ」
「そうじゃなくて、参加希望」
「……二人」
「へえ」
奈緒がニヤッとした。
「何、その顔」
「別に?」
「絶対何か考えてる」
「何も考えてません」
「嘘」
「で、高橋くん、カッコよかった?」
「なっ――」
思わず声が大きくなった。
近くにいたクラスメイトがこちらを見る。
私は慌てて声を落とした。
「なんでそういう話になるの」
「その反応」
「違うから!」
「私はまだ何も言ってないけど」
「今、カッコいいかって聞いたじゃん!」
「で?」
「で、じゃない!」
奈緒が楽しそうに笑っている。
まったく。
朝から何なんだ、この人は。
でも――。
昨日、プリントを読んでいた高橋くんの横顔が、一瞬だけ頭に浮かんだ。
目元がすっきりしていて、黙っているとけっこうカッコいい。
……って。
また何考えてるの、私。
「美咲?」
「何でもない!」
「顔赤くない?」
「赤くない!」
ちょうどそのとき、朝の会を知らせるチャイムが鳴った。
「あ、先生来る。じゃあ続きはあとで」
「続きなんてないから」
奈緒は笑いながら自分の席へ戻っていった。
私は机の中へ教科書を入れながら、小さく息を吐く。
結局、授業中も何度かプリントのことを思い出してしまった。
やるのか、やらないのか。
考えても、なかなか答えは出なかった。
そして放課後。
私は技術室の前に立っていた。
「失礼します」
声をかけて扉を開けようとしたけれど、動かなかった。
鍵がかかっている。
「あれ……?」
中に人がいる気配もない。
返事をしに来たのに、これでは話ができない。
私は少し迷ってから、職員室へ向かった。
「すみません。田口先生はいらっしゃいますか?」
職員室の入り口から声をかけると、近くにいた先生が顔を上げた。
「田口先生? うーん、理科室に行ったかなあ。科学技術部の顧問だから。ちょっと分からないけど」
「そうですか……」
お礼を言って職員室を出た。
私は廊下を歩きながら、少しだけ足を止めた。
前から男子生徒が歩いてきたからだ。
「……藤井さん」
名前を呼ばれて顔を上げる。
「……高橋くん?」
「うん」
返事は短かった。
けれど、私はすぐには彼だと分からなかった。
昨日、技術室で見た高橋くんとは、ずいぶん印象が違う。
あのときは窓際でプリントを真剣に読んでいた。機械やパソコンが好きだと言っていたから、もっと近寄りがたい人なのかと思っていた。
でも、こうして廊下ですれ違うと、同じクラスにいてもおかしくない、ごく普通の男子中学生に見える。
……いや、普通って何だろう。
「何してるの?」
高橋くんが聞いた。
「田口先生を探してるの。技術室に行ったんだけど、鍵がかかってて」
「先生なら、理科室にいると思う」
「本当?」
「たぶん」
「たぶんなんだ……」
「科学技術部の副顧問だから」
そういえば、職員室の先生も同じことを言っていた。いや、副顧問だったんだ。
「高橋くんも、先生に用事?」
「いや。帰るところ」
「そうなんだ」
会話が途切れた。
……何か言ってよ。
いや、私から話しかければいいんだけど。
昨日はあんなに気になったのに、いざ二人きりになると、何を話せばいいのか分からない。
「……ロボコン?」
高橋くんが、私の顔を見た。
「え?」
「返事」
「ああ……うん。今日、返事をしようと思って」
「そう」
それだけだった。
やっぱり、何を考えているのか分からない。
でも、昨日と同じように、無理に引き止めたり、参加するように勧めたりはしなかった。
「じゃあ、理科室まで案内しようか?」
思いがけない言葉に、私は少し驚いた。
「いいの?」
「途中まで同じ方向だから」
「……ありがとう」
高橋くんは小さくうなずき、歩き始めた。
私はその隣に並ぶ。
技術室で見たときとは、やっぱり少し違う。
でも、口数が少ないところは変わらないらしい。
中学校最後の秋。
私はまだ、この無口な男子のことをほとんど知らなかった。




