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第2話 技術室で出会った男子

 技術室に入ると、木材の匂いがした。

 壁際には工具が並び、棚には木材が置かれている。何度も入った教室なのに、放課後だと少し違って見える。

 もっと大勢いると思っていた。

 けれど、その場にいたのは二人だけだった。

 一人は技術の先生。

 もう一人は、窓際に座る男子生徒。

 同じ三年生だろうか。見覚えはある気がするけれど、名前までは分からない。

 男子がこちらを見る。ほんの一瞬だけ目が合い、すぐに机へ視線を戻した。

 机の上にはノートが広げられ、線や丸、細かな数字が書き込まれている。何かの設計図らしい。


「ん?」


 先生がようやく私に気づいた。


「はぁ……」


 ため息をついた。

 ……何なの、この人。


「何の用事だ?」

「ロボコンの説明会があるって、張り紙を見て」

「ロボコン?」

「はい」

「希望なのか?」

「はい」

「お前が?」


 カチン。

 女だからって馬鹿にしているのだろうか。


「そうですけど。何か?」


 思ったより低い声が出た。

 先生が黙り、窓際の男子も顔を上げた。

 ――しまった。

 私は説明を聞きに来ただけだったのに。


「そうか。ロボコン希望なのか」


 先生は頭をかいた。


「いや、すまなかった。今年は参加希望者が全然集まらなくてな」


 机の上には説明会用らしいプリントが何十枚も積まれている。


「もしかして……二人だけですか?」

「そういうことだ」

「科学技術部の人たちは?」

「今年は科学研究発表会に出る。そっちの準備で手いっぱいらしい」

「はあ……」


 なるほど。それでため息をついたのか。


「参加するには何人必要なんですか?」

「最低二人」


 私は窓際を見る。

 男子もこちらを見た。

 目が合う。

 けれど、何も言わず目をそらした。


「よかったな」

「何がですか?」

「二人揃った」

「待ってください! 私、今日は説明を聞きに来ただけです」

「参加希望って言っただろ」

「先生が変な聞き方をするからです!」

「まあ、座れ。説明だけでも聞いていけ」

「……はい」


 それならいい。


 私は男子から一つ席を空けて座った。

 先生が黒板に『中学生ロボットコンテスト』と書く。


「今回の競技は、制限時間内にロボットを操作して、フィールド上のアイテムを指定された場所まで運ぶ。場所によって得点が違う」

「へえ……」

「ロボットは自分たちで作るんですか?」

「もちろん」

「一から?」

「一から」

「私、作ったことないですけど」

「普通はない」

「……ですよね」


 少し安心した。


「設計、加工、組み立て、配線、操作。基本的には全部自分たちでやる」

「全部……」


 急に難しそうに聞こえてきた。

 ふと横を見る。

 男子は真剣な顔でプリントを読んでいた。


 こうして見ると、意外と整った顔をしている。

 目元もすっきりしていて、黙っているとけっこうカッコいい。


 ……って、私、何見てるんだろ。


 慌てて目をそらしたけれど、少しだけ頬が熱くなった気がした。

 別に、顔を見に来たわけじゃない。

 そう自分に言い聞かせて、私も手元のプリントに目を落とす。

 けれど、そこに並んでいる数字や図を見ても、何が書いてあるのかさっぱり分からなかった。

 もう一度、ちらりと横を見る。

 彼はそんなプリントを、難しいとも思っていないような顔で真剣に読んでいる。

 やっぱり、私とは違う世界の人なんだ。

 そう思うと、さっきとは別の意味で、少しだけ彼のことが気になった。


「ああ、そういえば」


 先生が言った。


「紹介がまだだったな。高橋」

「……俺がですか?」

「自己紹介」


 男子は少し面倒そうな顔をして、それから私を見た。


「三年二組、高橋拓也」

「……終わり?」

「終わり」

「何かないの? 趣味とか」

「機械。あと、パソコン」

「……なるほど」


 奈緒。

 あなたの言っていた『無縁の世界』の人が、今、私の隣にいる。


「藤井も」

「あ、はい。三年四組、藤井美咲。六月までバレー部でした」

「バレー?」


 高橋くんが少しだけ興味を示した。


「うん」

「機械は?」

「全然」

「工作は?」

「授業だけ」

「パソコンは?」

「インターネットとメールくらい」

「…………」

「何、その顔」

「別に」

「今、大丈夫なのかって思ったでしょ」

「言ってない」

「顔に出てた」

「出してない」


 ほんの少しだけ、高橋くんの口元が動いた。

 笑ったようにも見えた。


「まあ、ちょうどいい」


 先生が私たちを見る。


「高橋は知識がある。藤井は勢いがある」

「それ、褒めてます?」

「もちろん」


 怪しい。


「じゃあ今年は二人で――」

「まだ参加するって言ってません」


 高橋くんがこちらを見る。


「……出ないの?」

「まだ分からない」

「そう」


 それだけ言って、彼はプリントへ目を戻した。

 引き止めもしないのに、その一言が妙に心に残った。

 私は手元のプリントを見る。


 設計。加工。組み立て。配線。

 知らないことばかりだ。


 それでも、自分たちで考えて、自分たちで作ったものが本当に動く。

 そう考えると、胸の奥がほんの少しだけ弾んだ。


「先生」

「ん?」

「返事、いつまでですか?」

「明日でいい」

「……分かりました」


 プリントを鞄にしまった。



 技術室を出ると、運動部の掛け声が聞こえてきた。

 一か月前までなら、私もあそこにいた。

 バレー部を引退してから、放課後は一日の終わりになっていた。

 けれど、鞄の中には一枚のロボコンのプリントが入っている。

 参加するかどうかも決めていないのに、不思議と明日の放課後のことを考えていた。


 三年二組、高橋拓也。


 今日初めて名前を知った、何を考えているのかよく分からない男子。

 私は歩きながら、ふと振り返った。

 技術室の扉は、もう閉まっていた。


 このときの私は、まだ知らなかった。

 中学校最後の秋。

 何となく過ぎていくはずだった私の放課後が、この扉を開けたことをきっかけに、もう一度動き始めることを。


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