たいけつ!! マジカルロマンスさぎし!!
……という平和じみた展開にはなってくれなかった。
コンビニを出た後、マジカルロマンス詐欺師は一定の距離を保ちつつ私のあとをついてきているようだった。
何故かそれがわかった、そこそこ鮮明に。まじで怖い。
私はただのゲーム好きな一般市民なのに、どうしてマジカルロマンス詐欺師なんぞに目をつけられなきゃいかんのだろうか。
見た目のせいだろうか、いかにも非モテっぽいこの容姿のせいだろうか。
ダサいという理由だけで何故私がマジカルロマンス詐欺師に狙われねばならんのだろうか、人生って理不尽すぎやしないだろうか。
私はただお昼ご飯食べてさっさと帰ってゲームやりたいだけの真っ当な一般人である、マジカルロマンス詐欺に引っかかって有金全部むしり取られるような悪業を犯した覚えはない。
しかし幸い、あちらからのわかりやすい接触、こちらが絶対に反応しなければならないようなものはない。
ゴリ押しで無視した接触が二つばかりあったような気もするが、ゴリ押しでもシカトできたのでノーカンである。
なんて考えているうちにやっとファミレスにたどり着いた。
お腹すいたな、普通に。
お昼の時間はとっくに過ぎた時間だったので、パッと見た感じ席はそこそこ空いていそうだ。
バイトの女の子がこちらに近付いてくる。
何名さまでしょうかというお決まりのセリフに「一人です」と言ったその時だった。
「二人」
と、背後から私のセリフに被せるような若い男の声が。
バイトの子に無言で首を横に振った、後ろのは知らん人なのです。
バイトの子がものすごく困った顔になった。
「ええと、後ろの方はお連れの」
「連れだけど」
いいえ全然知らん人です、とこちらが断言する間もなく後ろからそんな声が。
連れじゃないのだけど、全然知らん人なんですけど。
どうにか窮地を切り抜けようと、いっそ「全然知らん人なんですお助けを」と泣き言を言ってしまえばいいのでは、という答えに私が辿り着いたその時、背後から不機嫌全開のオーラが。
「何? 文句あんの? さっさと通せよ。本当に人間っていうのは愚図の無能だな」
カスハラだ、マジカルロマンス詐欺以前に普通にカスハラ。
ああ、バイトの子が泣きそうな顔になっている。
というか私も普通に泣きたい。
結局、カスハラなマジカルロマンス詐欺師と同席することになってしまった。
私が一体何をした。私はただゲームの合間に昼食を食べにきた善良な一般市民である。
ボックス席で向かい合わせに座らされたせいで、見ないようにしていたそのマジカルロマンス詐欺師の顔を正面から拝む羽目になってしまった。
そのマジカルロマンス詐欺師はべらぼうに見目のいい青年だった。
まつ毛バッサバサ、髪の毛サラッサラ、肌はきめ細かくて全体的に何もかもが整っている、そういう見た目。
魔法使いのように美しいという言葉を時折耳にするくらい魔法使いには美形が多いらしいけど、多分目の前にいるそれは群を抜いて美しかった。
何故、何故このようなことに。
何故こんなこの地域どころかこの星の中でもSSRキャラっぽい見た目の美青年と、安いファミレスで同席する羽目になってしまったのだろうか、私は。
私、そこまで悪いことした覚えないのだけど。
どうしたものかと思い悩む、目の前の美の塊に対してどう対処すべきなのか、と。
それはそうと、お腹すいた。
もうお昼の時間はとっくに通り過ぎていて、おやつの時間が近付いてきている。
なんでもいいから何か食べたい。
さっさとメニュー表開いて今一番食べたいものを選んで注文したいのだけど、向かいに座った不機嫌オーラ全開の美の塊はどうもそれを許してくれそうにない。
すんごい睨まれている、不機嫌通り越してもう憎悪とか殺意とかそういうレベルにまで達している気がする。
怖すぎる、美形の怒った顔って迫力あるんだな、一生知りたくなかった。
そういうわけで脳内で簡単に言葉を組み立てる。
ここから始まるのはある意味では戦闘行為だ、詐欺りたいマジカルロマンス詐欺師VS詐欺られたくない私のガチンコバトル。
私は、今の生活を守るために金をむしられるわけにはいかない。
なので勝つしかないのである、この戦いに。
勝って無事にお家に帰って、ゲームするのである。
深呼吸をひとつ。心を落ち着かせ口を開いた。
「どちら様でしょうか」
「は?」
心底不愉快そうな一文字しか返ってこなかった。
怖い怖い怖い、まじで怖い。
もうこれマジカルロマンス詐欺じゃなくてマジカル恐喝に持ち込まれるかもしれない。
恐喝は流石にどうしようもならない、魔法使い相手に人間がどうにかできるわけがない、一方的にボッコボコにされて今持っている有金全部持ってかれるに違いない。
幸い、小銭入れに入っているお金は四千円程度だし身分証の類が入った財布は家なので、身分証握られてとかは多分ないはずだ。
被害は四千円で済む、肉体的に何をされるかはわからないけど、金額的な被害は多分それで済む。
「ええとその、誰かと勘違いされているのではないでしょうか? 格好から察するに魔法使いの方ですよね? わたくし、魔法使いには一切関わりのない人生を送ってきた極々普通の一般庶民ですし、魔法使いの方を怒らせるようなことをしでかした覚えもないのですが……」
睨まれている。
すんごい顔で睨まれている。
しかし臆してはならない、マジカルロマンス詐欺にもマジカル恐喝にも屈したくはない。
というかマジカルロマンス詐欺を仕掛けようっていうんだったら、もっとなんかこう甘やかな感じにすればいいのに、こっちを騙す気あるんだろうか、このカスハラのマジカルロマンス詐欺師。
「魔法使いだけでなく、魔法使いのつがいの方とかに何かをした、という記憶もございません。小学生……いえ中学まで遡ると流石に断言はできませんが……少なくとも直近一年は確実にないです」
断言すると逆に怪しさが増すような気もしたけど、直近一年に関しては断言しておく。
本当に何もなかったからだ、ここ最近の私の人生というものは大変薄っぺらく、人を傷つけるほど他人と交流をしていない。
ゲーム三昧だったので他者と関わる暇とかなかった。
と、こんなふうに怒りを向けられる理由に関して一般庶民なりに考察して弁明してみたけれど、向こうからの返答が「は」の一文字だけなので、向こうが何を考えているかはさっぱりわからない。
わからない、ということにしておく。わかったことにしてしまえばそこからマジカルでロマンスな詐欺が始まってしまうのだから。
はじめてなるものか。守り抜け財産、そして平穏無事な生活。
屈してなるものか、マジカルロマンス詐欺なんぞに。
たとえ相手の顔が滅茶苦茶良かろうとも、私はリアルよりも二次元の方が好きなタイプの人間である。
だから負けない、詐欺なんぞに負けてたまるか。
そんな決意を漲らせ、お腹が空いた。
というか普通に腹の虫が鳴いた、結構盛大に。
「……すみません、話の途中ですが朝からまともに食べてないんで適当に注文させてもらいますね」
マジカルロマンス詐欺師はぎろりとこちらを睨みつけた。
けど何も言ってこなかったので無言でメニュー表を開いて、備え付けの端末で注文した。
無難にトマトなスパゲティを、余裕があったらデザートも追加しよう。
マジカルロマンス詐欺師にも何か注文するか聞こうと思ったけど、奢らされそうな気がしたので黙っておくことにした。
「これで、よし、と。……ええと、それでですね、そういうわけでわたくしめは魔法使いに関わりのない人生を送ってきましたし、この先もそれも同じ。というわけで多分人間違いだと思うのですけど……」
今ならただの人間違いでしたで済む、向こうが『こいつは騙せない』と察してくれればそれで解決である。
けれどもマジカルロマンス詐欺師の顔は険しいまま、視線だけで人間がバンバン死にそうな目もそのまんま。
打てる手はまだあるだろうか、どうしようもなければ隙を見て警察を召喚するか、召喚してもらうよう騒ぐしかない。
流石にそれは最後の一手、奥の手としたいところだけど。
できるだけ穏便に、できるだけ手短に。
このファミレスを出たその時に、これまで通りの日常をそのまま続けられるように。
私が欲しい結末はそれだけだ。
この腹を満たして、この詐欺師をどうにかかわして、帰ってゲームやる、たったそれだけでいい。
向こうは相変わらず黙りっぱなしの睨みっぱなし、どうしろというのか。
どうしたものかと考えているうちにもう一回腹がなった、向こうの眼光がさらに鋭くなる。
生理現象だから許して欲しい、本当にお腹すいているんだこっちは。
その時、救いの声が。
場違いに明るい声に顔をあげると、こちらもバイトらしい背の高い女の子が私のスパゲティを運んできてくれたところだった。
はい、と片手を挙げるとほかほか湯気が上がるスパゲティが私の目の前に。
ご注文の品は以上でしょうかの明るい声に再びはいと答える。女の子はにこやかな表情を崩さぬまま去っていった。
お腹すいた、お腹すいた、お腹すいた。
多分今は、ご飯を食べるような状況ではないのだと思う。
詐欺師と詐欺られたくない人の一対一のガチンコバトルの真っ最中である。
勝負の真っ最中の割に向こうの攻撃がほぼ睨みつける一択のみというよくわからない状況が続いているけれど。
けれどもう、これはダメだ、抗えない。
「すみません食べますねいただきます」
向こうの了承は取らずにフォークを手に取る。
どうせ向こうはただのマジカルロマンス詐欺師、ここを出た時点で互いに無関係の人間と魔法使いに戻るのだから、どう思われようがどうでもいい。
どうやら自分は本当にお腹が空いていたらしかった。
夢中でただひたすらに食べて、食べて、味変用にと付けられたタバスコすら入れ忘れて、とにかくただフォークでスパゲティを巻いて口に運んで咀嚼して飲み込み続けた。
お皿が綺麗に空っぽになって、ようやく手を止める。
ひとまず、お腹は膨れた。
けどまだいける。
デザートいっちゃおう。
お皿をテーブルの端っこへ、メニュー表を掴んだところで心底不愉快そうな『は』の音が聞こえてきた。
顔を上げた、麗しい見た目の魔法使いが凄まじい顔でこちらを睨んでいた。
そういえばいたんだった、マジカルロマンス詐欺師。
なんかもうすっかり忘れてた、本当にお腹すいてたから、それで夢中で食べてたから。
恐怖と、それと同じくらいの気まずさが襲いかかってくる。
「まだ何か食べる気?」
マジカルロマンス詐欺師はようやく『は』以外の音を発した。
食べる気かと聞いておきつつ、食えるもんなら食ってみろとでも思ってそうな感じがひしひしと。
「あー……い、いえ流石に一旦やめときます。すみません、本当にお腹が空いていたものですからつい夢中になってて」
あなたの存在がすっこーんと抜けていた、ということを言うかどうか悩んで、結局やめておくことにした。
「そ、それでなんでしたっけ? ああ、多分人間違いですよって話をしてたところでしたね。……それで、どうでしょうか? 絶対初対面だと思いますし、本当にただの人間違い」
「よくいう。本当はわかってるくせに」
苛立ちしか感じられない声にこちらの言葉は遮られた。
何をわかっているのか明言せずに誘導しようという魂胆か、性格が悪い。
けど、引っかかってやんない。
「なんの話でしょうか? ええとその、本当に心当たりがなくて」
「いい加減にしてくれないかな」
圧の強い言葉、態度、視線。
屈しねえぞ、詐欺野郎。
「そんなこと言われてもわからんものはわからんです。私があなたか、あなたの関係者に対して過去に何か無礼を働いていたのなら、それすら覚えがないことも含めて謝罪します。けど、現状何がなんやらさっぱりで」
どう言葉が返ってきても否定する気しかなかった。
はなから謝罪するつもりなんてカケラもない、相手はマジカルロマンス詐欺師でしかないのだし。
知らぬ存じぬを続けていたせいか、私が向こうの思惑通りの答えを出さなかったせいか、マジカルロマンス詐欺師がさらに不穏な雰囲気に。
ただ怒ってるとか苛立ってるとかじゃなくて、なんかよくわからないけどまとっている空気が変わったというか、これ以上悪化すると何か取り返しが付かなそうというか。
どうでもいい、詐欺師なんぞのご機嫌とりをする気はない。
私相手にマジカルでロマンスな詐欺は通じない、これ以上は無駄でしかないとさっさと気付いて欲しい。
詐欺師は不穏な空気を纏ったまま私の顔を睨む。
本当に怖い顔だ、怖くて、悍ましいほどに美しい。
これが手に入ったら人生楽しいかもなって思った、いや、いらんけれども。
それに多分楽しくはない、ここまで綺麗なものがそばにあったら気疲れするだけだ。
だからやっぱりいらない。
膠着状態は数秒続いた、何もいう気がないのならもう相手にしなくてもいいだろうかと何もかもが面倒臭くなってきたその時になってようやく、マジカルロマンス詐欺師が口を開いた。
「お前、僕のつがいでしょ」
その顔で一人称僕なんだ、意外。
意外だし多分こういうのをメロいというのだろう。
その言葉に、たっぷり数秒考える振りをした。
マジカルロマンス詐欺師が仕掛けてきたその言葉は否定すべきものではあるが、タイミングが早すぎるのはよくない。
そうして美麗すぎる顔を見詰めて、考える素振りを十分してから、口を開く。
「いえ、違うと思いますけど」
「は?」
また『は』だけが返ってきた。
不穏な空気がより不穏に、今にも爆発しそうな嫌なものに。
けれども屈しない、私はこの場を乗り越えて、家に帰ってゲームするんだ。
その前にパフェも食べるのだ。
「だから、違うと思いますよ? 私みたいな見た目の悪いダサいのがあなたのような美しい方のつがいとか、ないでしょうし。……あとつがいにあったら『わかる』って聞いたことありますけど、それっぽい感じもないですし」
実際は滅茶苦茶そういう『わかる』感じがあるのだけど、そこは嘘を吐く。
そこで嘘を吐かないと詐欺られるしかなくなるからだ。
「……なので勘違いでしょうね、きっと。なんだ勘違いですか、よかった魔法使い相手に何やらかしたのかと思ってましたけど、何もなかったっぽくて」
「は? ふざけるな。お前は僕の」
「ですから違いますって、多分ですけど。……あなたが本気でそう思っているとしても、人間である私にはそれが事実かどうか何わかりません。特にそれっぽい感じもないですし。……それに」
一度口を噤んでおく、ここから先は口にすべきかどうか迷ったので。
言っても言わなくてもこちらの答えは変わらない。
向こうが言っていることがたとえ本当だったとしても、この美しい魔法使いが嘘なんて一つもついていなかったとしても。
だって、こんなにも美しい。
私なんかがこんな美しいものの隣に立つだなんて烏滸がましすぎるし、そして何よりも、面倒臭い。
面倒臭いのだ、さっさと帰ってゲームしたい。
この美しい存在を、その激情を真正面から受けてそれでも私はこんなである。
こんなどうしようもないでろくでなしなのである、こんなのがこの綺麗な生物のそばにいていいわけがない。
なんていう本音は隠しておく、というか隠す必要も多分ない。
だって相手はただのマジカルロマンス詐欺師なのだから、本当につがいなわけがないし。
「それに、なに?」
問われたので、噤んでいた答えを口にしてしまうことにした。
深くは考えず、初めから思っていたことをそのまま。
「最近流行ってるじゃないですか、マジカルロマンス詐欺」
それを口にした直後、ファミレスの屋根が吹っ飛んだ。




