5―9 D国調査団の日常と異常 その三
さて、例のウォラクサン・アザミの胞子なんだが、モルモット一匹にくっつけたと云うか、背中に置いただけなんだが、そいつが発芽しているのを翌朝に発見した。
ン?何で発芽なんだ?
こういった胞子は、動物に付着はするものの、動物によって移動し、地面で発芽するものだろう?
それが、なぜ、モルモットの背中で発芽するんだ?
おまけに、モルモットが瀕死状態だよ。
横向けに転がって、びくっびくっと痙攣しているんだ。
で、その状況を撮影していた監視カメラ映像で早送りしてみたら、背中で明らかに胞子が取り付いてから盛んに蠢いていることが分かったよ。
つまりは、このウォラクサン・アザミは寄生植物と云うことだ。
万が一にでも、人に寄生でもしたらエラいことになりかねない。
もう少し様子を見なければならないけれど、念のため、最大級のアラートを出しておこう。
幸いにして、調査団に参加している者が外に出る際は防護服を着用しているし、ベースに戻った場合でも、防護服の上から放射能除去のために一旦強めのシャワーを浴びているから、恐らくはベースメント内部には胞子を持ち込んではいないと思う。
私も念のために、ポリエチレンやコンテナ型のポリプロピレンを利用して胞子が外部との接触をしないように気を付けていたから、この私的な部屋から漏れ出たものは無い筈だ。
そう言えばデシケーターに入れた三つの胞子は、どうなった?
確認すると、デシケーターの中では発芽をしていないんだ。
こいつは動物に取り付かないと発芽しないのか?
今一つ、モルモットのケージの中に置いた胞子は?
うん、大丈夫だ。
周囲を覆っているので風の流入が無いから、胞子は動いていない・・・。
いや、あれ?距離がもしかして近づいていないか?
確か私はモルモットが居る場所の対角線上になる隅っこに置いたはずなんだが、何だか二~三センチずれているような気が・・・。
こいつも念のため、監視カメラでチェックをしてみた。
早回しをしてみると、じわじわと動いているんだよ、こいつが・・・。
植物も成長するから一か月ぐらいの時間をかけて、例えば一時間間隔で写真を自動撮影をした場合、撮影した写真は720枚の映像になる。
こいつを1秒当たり15枚の割合で、アニメよろしく展開して行くと、植物が蠢いているのが良く分かるんだ。
だが、今現在、私が見ているのは僅かに8~9時間程度の間の映像であり、その間に数センチでも移動するのは異常である。
無論、風で飛ばされたりしたのなら話は分かる。
だが、蓋がついたデシケーターの中では、そんなことはあり得ない。
そうして、その間、蛇に睨まれたカエルのごとく、モルモットは反対側の隅っこでほとんど動かずにじっとしているんだ。
仮に、この状況で三日もすれば、胞子は、動かないモルモットに到達する可能性が高い。
ならばと、私はモルモットへのコースに障害物を置いたよ。
透明なプラスチック製の仕切り板をモルモットの間を塞ぐように置いたんだ。
胞子がモルモットを餌として知覚しているのであれば、この仕切りを迂回するコースを取るか、若しくは仕切りを乗り越えなければならない。
さて胞子がどうするかだよな。
いずれにせよ経過観察を続けるが、ウォラクサン・アザミが確実に繁殖することが分かれば、密室で保管する必要があるな。
万が一にでも、呼吸に際して胞子が体内に入ったり、肌に取り付いたことを気付かずにいたら、人が死ぬ可能性もある。
まぁ、モルモットと違って、人間は相応の対処法を知っている筈だからヒルのように肌に取り付いただけなら簡単に引っぺがすこともできるだろう。
但し、万が一にでもこのウォラクサン・アザミが麻痺毒などを持っていて、毒蛇よろしく宿主に毒を注入する奴なら、その毒の強弱によっては人間が動けなくなる恐れもある。
珍しい植物だからもっと研究をしたいとは思うが、下手をすると人から人へとウィルスが感染するように、これが拡大して行くとなれば人類の強敵にもなりかねない。
こいつを研究するとしてならPⅢ以上の隔離ラボが必要かもしれないな。
少なくとも私に与えられた個室では危険すぎるんだ。
うーん、取り敢えずは、デシケーターやケージを二重に隔離するところから始めねばならないな。
私は午前中にも、基地に居る科学者及び軍人たちに向けて警報を発したよ。
本部事務室に有る基地内だけに周知できるシステムを使って、写真付き、動画付きでこいつを見かけたらとにかく近寄らないこと、可能であれば除去するための方策を調整会議にかけて検討してもらうが、その対策が立てられるまでは、外部調査から帰還した際には念入りに防護服についた埃等を除去することを実践するよう周知したのである。
調査団員は独自の判断でアラートを発することができ、そのアラートは一応尊重されることになっているんだ。
特に、私のように他の専門の調査員が居ない場合は特にそうなんだ。
調整会議や、本部でもこのアラートに余程の瑕疵が有ると認めた場合でなければクレームや訂正要請や削除要請をできないことになっている。
何しろ、ネットで誰にも相談できないのだからやむを得ないのである。
本部が別途の判断で、このアラートの内容を学会等に相談する権限はあるようだが、そもそも、この調査内容自体を公表すること自体が忌避されているので学会や植物学の権威等に相談することはまず無いだろう。
まぁ、私としては誰かに相談してもらう方が良いんだがね。
その日の夕方にはちょっとした話題になっていたな。
夕食時の日本人だけの会合でも話題になったよ。
特に興味をひいたらしいのが長谷部(動物関連の調査担当)さんと山際さん(病原体の調査担当)かな?
植物の胞子が動物に寄生する例は非常に少ないからね。
僕の知っている例では冬虫夏草ぐらいだろうか?
長谷部さんも冬虫夏草の話は知っているらしい。
冬虫夏草(キノコ類)は、漢方の薬として、大陸では昔から珍重されていたらしいからね
冬眠中の虫などに菌の段階で付着し、生きている虫から栄養を取り込んで育つんだが、当然その過程で宿主は死んでしまうけれど、夏場になると冬虫夏草が地表に現れて来るという珍しい植物だ。
但し、こいつが人体に寄生するかどうかは、今のところわからない。
まさか、何のバックアップも無いのに、人体実験をするわけにもいかないだろう。
モルモットは、何らかの自己保存本能で、今胞子の存在そのものを恐れてはいるようだ。
従って、例のケージの対角線に有って障害物を置いた分については、もっと胞子が近づくことが確認されたなら、逃げ道を作ってやろうと思う。
その段階でモルモットが胞子から距離を取って逃げるようならば、モルモットが胞子の危険性を本能で知っていると云うことになる。
ある意味では、酸欠の危険を知らせる鉱山でのカナリアのように生体警報になるかもしれない。
既に危篤状態のモルモットは助けようが無いんだが、仮にその遺骸を研究したいという者が現れれば、提供するにやぶさかではないが、危険を回避できる場合に限るよね
夕食時にはそんな話題を提供したよ。
伊吹さん(放射能関係の調査担当)が,面白いことを言った。
「その薊に似た植物は、既存の植物が放射能の影響で突然変異を起こしたかしら?
それとも、こちらではない亀裂の向こうの世界から、モンスターなんかにくっついて来たものなのかしら?」
尤もな疑問ではあるが、この点についても明確なことはわかっていない。
いずれにせよ、何らかの被害が出る前に、焼却してしまうというような対策が必要だと思っている。
その場合でもかなり広範囲に焼き尽くす必要があるかもね。
僕の感覚では、ウォラクサン・アザミの群生地を中心に百m四方以上の範囲を焼却してしまった方が良いと思っている。
研究者としてはこの植物を残して色々と研究を続けたいけれど、ロクな設備も無いところでは無茶はできない。
現状の五個の胞子だって、万が一にでも外部に逃げてしまうような場合には、誰かが犠牲になってしまう危険性がある。
もちろん、僕自身が被験者第一号にはなりたくはないしね。
◇◇◇◇
俺は秦山栄一郎だ。
日本に居ながらにして、調査団の調査の進捗状況を知ることが出来るのは、黄さん達のお陰だな。
何しろ、調査団の出発については結構な報道がなされたが、その後は一切の広報が無い。
どうやら米国が一切の調査関係情報を流すことを禁止しているようで、SNSやメール送信もできないようになっているらしい。
従って、通常の方法では、調査団の進捗状況が分からないんだ。
内部的には検閲が機能しているらしく、手紙なんかも簡単には出せないようだね。
D国が秘密実験で異界との亀裂を産み出した装置自体も調査団の選抜秘密隊員が懸命に調査を続けているらしいが、ご苦労さんなことだ。
既に肝心な部分については、黄さんのお仲間のワンゴムというD国由来の仙人であった守護霊が、自らの判断で装置の枢要部分を破壊し、残されていた設計図等についても関連部分を消去しているらしい。
従って、如何に大国であろうと、残ったものから元の装置を復元することはできない筈なんだ。
破壊されているので、いくら調べても残された装置の全容がわかることは無い筈だ。
まぁ、D国の発想が面白いので、似たような装置の開発は手掛けられる可能性はあるよな。
それよりも面白いのは、日本人の参加メンバーが面白い植物を見つけたことだな。
黄さん曰く、あれは元々こちらの世界に有ったものでは無く亀裂でつながった向こうの世界に居た奴らしい。
流石に守護霊でもどうやって来たのかまではわからないが、そもそも薊にしろ、似たような植物そのものが無かったらしい。
風に乗って胞子が運ばれて来たものなのかはわからないが、いずれにしろこちらの世界のウスリーイノシシに取り付いて、繁殖したらしい。
その後に、C国の核ミサイルで被爆した筈だけれど、こいつらはその攻撃にも耐え抜いたようだ。
例の金田准教授が発見した群生地は、そのウスリーイノシシに取り付いた胞子が成長したものらしく、群生地の中央に大きなウスリーイノシシの骨が有るそうだ。
金田准教授が危険をものかわで、群生地に突っこんで行ったら、骨を見つけることができたかもしれないが、彼の危険察知の感覚が彼自身を救ったと言えるだろうね。
情報を知ってはいるが、少なくとも現状では俺が動くような話ではない。
そうだなぁ、調査団員がやばい胞子を持ち帰るような真似をしたら、それを阻止するぐらいかな。
少なくとも、金田准教授は事の重大性を良く分かっていると思うよ。




