5―3 帰国してからの日常? その三
俺の目の前で、色々と議論が出ているんだが、何となくまとまりが無い感じがするな。
議長役のリーダーが、それなりに不毛の議論は切り捨てて、ある程度方向性をつけてやらないと、これ以上、前に進まないような気がするぞ。
既に何回かこの面子でミーティングが開かれているようなんだが、なかなか方針が決まらないようなので、細倉さんが業を煮やして俺に見てほしいと言って来たようだ。
議論の対象となっているのは、宇宙線が地上に降り注ぐ過程で、特に高エネルギーの中性子などが岩石の中の原子核にぶつかった衝撃で原子が壊れ、ベリリウム-10やアルミニウム-26、塩素-36といった新しい同位体(宇宙線生成核種)が作られる現象があるんだが、それを利用して当該岩石が地表に露出してからの年代を推測できるんだ。
この手法は、放射性同位炭素による年代測定と同様に、既にある程度確立されてはいるんだが、飽くまで地中の岩石が地表に置かれた時期を推測できるというもので、例えばその岩の加工時期や建造物に利用された時期を明確に示すものでは無い。
従って、当該岩から年代を推測しても、それが合っているかどうかは不明なわけだ。
六人で種々議論をしているのは、その際に何か別の指標との比較で、その年代を特定できないかと言うことに尽きるだろう。
彼らが議論の中心に据えているのは従来型の非破壊検査方法から出て来る手法だ。
工業用のCTスキャンもその範疇に入っているんだが、そのほかにも内部の傷・状態を調べる手法として、X線やガンマ線を照射し、透過した光の濃淡で内部確認する放射線透過試験(RT)、高周波の音波を使って反射波により内部を検査する超音波探傷試験(UT)、強磁性体を磁化させ、表面の割れ目などから漏れる磁気に磁粉を吸着させて傷を浮き上がらる磁粉探傷試験(MT)、特殊な染料を表面の傷に染み込ませ、毛細管現象で吸い出して肉眼では見えない微細な表面の傷を見つける浸透探傷試験(PT)、そうして電磁気コイルで金属表面に発生する渦電流の乱れから表面近くの状況を観測する渦電流探傷試験(ET)などが議論されているんだが、これらは主として機械部品の探傷方法として普及しているもので、そもそも年代測定にはほとんど関係しない。
おそらくは自分が得意分野としているモノを提案しているらしく、色々なネタが引っ張り出されては、議論になるんだが、ある意味で我の強い人ばっかりなんだろうね。
これまで自分がやってきた分野に自信が有って、こだわりが強いのかもしれないが、とにかく自己主張が強い。
これではリーダーも手を焼くのは間違いない。
そこで余所者の俺が余計なことを言うと、またまた、このミーティングがぐちゃぐちゃになりそうだから、取り敢えずは黙って拝聴するだけにしておく。
まぁ、細倉さんなり、議長兼まとめ役の沢田さんあたりが、俺を指名して何か意見を言えとでもいうなら、それなりのヒントぐらいは与えられるかもしれないが、実は俺自身がいまだ模索中の迷走状態だからな。
彼らの言う、『何らかの指標として扱えるもの』になるかどうかすら不明だけれど、ちょっと気になっているものが有るという程度なんだ。
それは磁力との関連かな。
良く知られていることの一つに、地殻の岩は、地球の磁場の記憶を持っているんだ。
その所為で、過去におけるポールシフトの存在が分かって来たんだ。
あ、ポールシフトってのは、単純に言えば北極と南極の磁極が移動することであって、特に左程の時間を置かずに180度反転するんじゃないかと言われている。
このポールシフトの際にどんな障害が起きるかは良く分かっていないんだが、少なくとも俺達の住んでいる地球は、何度かポールシフトを起こしていると言われているよ。
そのポールシフトとは左程関係は無いんだが、岩に含まれる鉱物の中の強磁性体にはSNの磁極を持っているものもあるんだが、それは、例えば小学生の実験でお馴染みのフェライト磁石程も磁力が強いものじゃない。
だから、逆に言えば他の磁力の影響を受けやすいと言うことでもある。
それらが実際に地殻の一部や地下の岩盤の一部になっていた際は、ポールシフトの場合は別として、SNの磁極はそれぞれ南極や北極に向けて安定していたはずだ。
それが地表若しくは地表近くに露出し、人の手により掘り出された際は、それまでの位置とは異なる磁場環境に移動されるわけだから、当然のことながら、周囲の磁力に影響されることになる。
特段に磁力の強い鉱石が有ったりすればまた別なんだが、往々にして地球の磁場の影響を受けやすいと思うんだ。
従って、その地球磁場の影響が岩石が移動して後にどの程度あるのかを見極めれれば、特に固定された土台なんかの場合は、指標になる可能性がある。
それから、もう一つは重力だな。
俺はある程度重力を操作できる。
勿論、そんなことを公表したりはしないが、俺が高校生の夏休みの自由研究で造った探査装置は、重力変化を探知して地下に異質な物があれば感知する装置だ。
重力を数値で計っているわけじゃないが、間接的には重力異常を計測していることにもなる。
仮に重いものをあるところから別のところに移動させれば、それなりに重力異常が生じて、その痕跡が周囲に残らないだろうかという素朴な疑問を俺は考えているわけだ。
仮にその微小な痕跡を検体に見つけられたら、少なくとも移動の経路がある程度判断できるかもしれないし、地質学的な変化等のデータと統合的に照合すれば、ある程度の制作年代?あるいは設置年代の特定に至るかもしれないと思うわけだ。
まぁ、さしたる根拠も無いし、ものすごくあやふやな話なんだけれどな。
俺がもしかして可能性が有るかもと感じているのはこの二つだよ。
二時間弱ほどミーティングが続き、ついに沢田さんが俺をご指名したねぇ。
「秦山さん、これまでの議論を通じて何かコメントが有ればお願いしたいのですが、いかがでしょう?」
さてさて、指名された以上は何かを言わねばならないんだが、俺は今のところ、この研究開発チームの顧問に就任したわけじゃないからな。
その点をはっきりさせておかねばなるまい。
「えー、会議の冒頭でご紹介を受けました秦山電子の秦山英一郎でございます。
最初に申し上げておきますが、未だ私はこの研究チームの顧問に就任したわけではございません。
従って、飽くまで門外漢の戯言として聞いていただければよいかとは存じますが、この研究開発チームの目標は、放射性同位炭素の年代測定では不可能な無機質の年代、それも制作年代等を測れないかと言うことで調査研究を始めたと聞いております。
皆様の議論にもあったように、宇宙線の二次放射線等による無機質の岩石等に含まれる放射性同位元素の半減期を測定する方法が確立されておりますが、先ほどもどなたかが仰られたように、岩石の場合、地表に現れた時期が分かっても、それを切り出した時期までが分かるわけではございません。
それゆえに切り出した際に生じた傷を探知することで何らかの年代確定に使えないかと言うのが、今回の議論の焦点であったように思いますが、仮に傷の年代が判明したとしてもそれが制作年代を示すのかそれとも例えば土台を設置した後で別の理由で損傷したものなのかを証明する手立てがございません。
例えばエジプトのピラミッドの場合、当該積み上げられた無数の石材は、長年の間に無数の砂嵐によって傷がつけられている筈ですから、その傷がいつつけられたかと言うことを区別しないと年代測定には至らないと存じます。
私が細倉さんから顧問への就任についてご相談があった際は、何を為すべきかということが分からず、回答を保留した次第でございます。
それから二週間ほど欧州へ観光旅行に行きまして、その際南回りの航空機でございましたので、往復のフライト時間は随分と長い時間がありました。」
俺は、ちょっと息を継いで話し始めた。
「その暇な時間に、色々検討をした際に、あるいは可能性があるかもと考えついたのは二つでございます。
飽くまで、素人の思い付きですのであまり重大に考えなくても結構ですが・・・。
一つは磁力です。
皆さん、ご承知のように岩石の中には強磁性体の鉱物が存在し、その多くは磁性を帯びております。
そうして地球には磁場があり、そのために多くの岩石はその磁場に影響されてSNの磁極を有しているわけでございます。
但し、この磁性はフェライト磁石など人工のものと比較すると非常に微弱であり、周囲の環境にも左右されやすいものでございます。
では、先ほどのエジプトのピラミッドで考えてください。
オカルトでは、エジプトのピラミッドが墓ではなく別の目的で建てられたという説もあるようですが、古代遺跡の研究者の主流は必ずしもそう思っていないようですので、古代には僅かな地球磁場によって生じた磁性に影響を与える物が、地球磁場以外に無かったと仮定した場合、地球に磁場が誕生して以来、若しくは当該岩石が固まって岩石としての性質を帯びるようになって以来、長年影響を受けた地球磁場による磁極が存在するはずであり、地殻変動に影響されて向きが変わったのものもあるでしょうが、いずれにせよ、その磁性の変化の痕跡が当該検体には生じている筈なのです。
そのため、この磁極の変化状況を精査することにより、あるいは他の考古学的年代との照合で、時系列による変化を計測できる可能性があるかもしれません。」
うん、全く新たな視点での意見だから、みんなしっかりと傾聴してくれているようだね。
良いことではあるな。
「もう一つ、私が十年ほど前に造り、特許を得た地下埋設物の探査装置は、必ずしも重力の値を数値で計測するわけではございませんが、密度や質量の違いから生ずるわずかな重力の変化を見つけるのが目的でした。
或いは、この重力変化の有無の痕跡を見つけられれば、年代測定につながるかもと考えているのです。
例えば、石材等の重量物はそれだけで周囲の重力場を変えます。
勿論、人の身体に影響を及ぼすほど大きな重力変化ではありません。
地球の質量に比べれば、微粒子程度の変化ではあるでしょうが、それでもその移動経路に何らかの影響を与えている筈なのです。
現代社会のように何十トンもある重量物があちらこちらを移動するところでは、その変化により異常を見つけることが非常に難しいと存じますが、人里離れた場所であるならば、その計測が可能かもしれないと思うのです。
但し、そうは言いながら、重量物の移動経路において、重力の変化が有った痕跡を見つけるための具体的手法が現在のところあるわけではございません。
それでも皆様の研究の指標になるものならと敢えて申し上げた次第です。」




