4―22 結婚と新婚旅行 その十五
クレムリンにおけるてんやわんやの騒動の様子を黄さんから聞いて、取り敢えずは胸の内がスカッとした気分になれた俺だった。
少なくとも大統領も交えての会議で、俺に対する新たな計画などは出なかったし、大統領からもGRUに対して今後の活動を自重するようにとの念押しが有ったようだ。
やっぱり、警戒厳重な筈の自分の寝室にナイフと毒物が置かれていた事件は、大統領にとっても心胆を寒からしむる経験だったに違いない。
特に、ルスラン大統領は、過去において諜報部隊の幹部を務めていた経歴もあって、リシンという毒薬の恐ろしさをよく知っていた人物だったからなおさらのことだ。
やっぱり、脅しの手紙が随分と効いているんだろうと思うよ。
英国内に潜んでいた工作員と本国内のGRU部長以下の幹部を殺ったのは俺だけど、『アフマド』という架空のアラブ系の人物が属する組織の犯行としているので、(黄さん達の助けを得ながら)俺が一人で一晩のうちにやり遂げた仕事とは絶対に思うまい。
実際に、ロシアの工作員が俺に対して更なる干渉をしてきた場合には、本当に大統領の命も危ないよ。
俺自身がその気満々でいるからね。
あとは、向こうの出方次第なんだが、少なくとも非合法の工作員が動いて暗殺を企むようなことは控えるはずだ。
まぁ、これで少しはおとなしくなってくれれば万々歳なんだけどね。
さて丑三つ時の活動を終えて、多少の睡眠はとったものの、すぐに夜が明けてしまって、エディンバラ三日目なんだけれど、今日はホテルをチェックアウトして帰国の途につくことになる。
今日の10時25分発のBritish Airwaysの便でエディンバラからロンドンに移動、ここで暫く待ち時間が有って空港内で待機するけれど、ロンドン発1650発のエミレーツ航空の便により、ドバイ経由で羽田空港に向かう予定なんだ。
従って、今日は朝8時半にホテルをチェックアウトしてから、タクシーでエディンバラ空港へ直行だよ。
エディンバラからの国際線でも、フランス辺りには行けるんだけれど、フランスでは検疫、入国審査、通関、そうしてさらに出国に際して再度通関手続きが増えることになるんで、英国を単に出国するよりも時間と手間がかかる。
そのために、一旦ロンドンへ行って、UAEのエミレーツ航空一択で、ドバイ経由羽田へ行くのが一番スムーズに行きそうなんだ。
従来であれば、北回りでワンフライトの便もあったのだけれど、例のモンスター騒ぎがあって以来、未だに定期の旅客便は復旧していないからね。
当然のことながら、今日は時間が無いから市内観光も無いよ。
これでイギリスも見納めだね。
相も変わらず、俺達の後ろに尾行はついているみたいだけれど、彼らから手出しをする気配はないようだ。
その辺は、きっと、黄さん達のネットワークの働きなんだろうな。
状況によっては、芽が出ないうちに対処してくれている場合もあるようなんだ。
実際に対処されてる当人はそんな意識が無くっても、黄さん達が陰で深層意識を操って、大事なところで邪魔をしたりするものだから、その時点で芽が潰されちゃうみたいな?そんな感じらしいよ。
とにもかくにも、俺たち二人は、エディンバラ空港から無事に離陸して帰国の途に着いたよ。
今のところ、ミサイルで搭乗機を撃墜しようなんて物騒なことを考えている輩は居ないみたいだし、乗客の中にもハイジャックを企むような連中は居ないことを確認しているよ。。
後は、搭乗機の整備状況次第、パイロット次第かな。
ロンドンを16時50分(LMT)に出発、7時間半ほどでドバイなんだが、ドバイ到着は午前3時(LMT)の予定。
ドバイから羽田へは、もう一便あるんだけれど、そっちのエミレーツ航空のドバイ発羽田行きは午前2時55分(LMT)の出発なので間に合わないんだ。
で、俺達は次の7時40分(LMT)発の羽田行きまでドバイ空港で待機だね。
この便で行くと、羽田到着は、午後22時20分(LMT)になるんだ。
流石にこの到着時間では、我が家に帰れるような交通機関はタクシーくらいしか無いよね。
俺達も流石に長時間かけてタクシーで帰るつもりは無いよ。
従って、その日は羽田のザ・ロイヤルパーク・ホテルに予約していて一泊するんだ。
翌日早朝に羽田を発って、東京駅から新幹線で移動し、昼前には我が家に帰宅できるだろう。
うーん、機内食で食っちゃ寝していたから、何となく腹回りが・・・、もしかしたら太ったかも?
エミレーツ航空って、機体もサービスも結構リッチで豪勢なんだ。
やっぱりお金持ちが良く利用する航空会社なんだろうね。
◇◇◇◇
そんなこんなで足掛け14日間の新婚旅行を終えて、無事に日本へ帰って来たけれど、驚いたことに、ちゃんと内閣官房の職員が密かに空港で出迎えていましたねぇ。
出迎えていたと言っても俺達の帰国を確認するために来ただけのようで、リムジンで迎えに来たというわけじゃない。
むしろ、彼としては、俺の目に留まっていないつもりで柱の陰なんかに隠れていたんだけれど、残念でした。
俺には黄さんとそのお仲間と言う頼りになるサポーターがついているからね。
妙な連中がいるとすぐに身バレするんだよ。
今回、わざわざ羽田の到着ロビーまで出向いてきたのは、足中忠行さん、24歳だよ。
内閣官房の怪獣対策課の新任の係員のようだね。
前歴は、総務省勤務だったみたいで、彼氏は東大出のキャリアの人みたいだから、もう半年か一年もすると係長になるんじゃないのかな?
怪獣対策課としては、やっぱり、俺が無事に帰って来られるかどうかが不安だったのかもしれないね。
黄さんの話では、フランスでのC国の不穏分子の話や、英国におけるロシアの工作員の話などはそれなりに事後情報を集めていたようだしね。
やっぱり国外で何かあったら、日本の外交官では対応できないことを心配していたのかも。
但し、俺は心配されるほど日本政府に何かを貢献したわけじゃないと思っているけどな。
だから、単なる気の所為と思って、無視しておこう。
さて帰国した以上は、日常生活に早く戻らねばならないんだが、明日の4月5日が土曜日、6日が日曜日なんで、ここ二日は時差ボケ解消のためにもゆっくりするつもりだ。
尤も、日曜日にはF市内にある俺とアズの実家に、無事帰国した報告代わりにお土産持参で行く予定だよ。
仕事の方は、まぁ、俺無しでもちゃんと回っているようで安心したよ。
仮に、新婚旅行中に職場から何か言ってきても、余程なことじゃなければ対応しないと決めておいたけれどな。
◇◇◇◇
翌日の土曜日は、早朝の新幹線に乗って、一路、我が家へ向かったよ。
この日は、一応、休養日ではあるんだけれど、明日の実家訪問の為に、写真や動画を整理しておかねばならなかった。
手持ちのお土産を少し持参する予定ではあるが、フランスと英国から日本へ送ってもらっている土産物は通関手続き等ももあるので、受領できるのは十日後ぐらいになりそうだね。
それはそれで、、我が家に届いたら、別途渡しに行くつもりでは居るんだ。
うーん、自分でも驚くほど写真と動画を撮っていたね。
流石に十日分ほどの映像は貯め込み過ぎかも知れないが、今回は秦山家と小林家の実家の人達に見せるだけのラフな編集にするつもり。
そうして、俺とアズの良い思い出になるような記録としては、別途じっくりと編集するつもりでは居るんだよ。
パソコンで画像編集をしながらも、久方ぶりの我が家はのんびりと落ち着けて、あぁ、無事に俺たちの愛の巣へ戻って来たんだという実感をしみじみと味わっているよ。
その日のうちに秦山家と小林家には、帰国したことと日曜日の訪問について連絡を入れている。
結局、秦山家には午前中に訪れてお昼をゴチになるし、小林家には午後に訪問して夕食をゴチになることになった。
◇◇◇◇
翌日、我が家から車でF市内へ移動する。
A市の我が家からF市の秦山家へは、道路が混み合っていなければ概ね40分弱で着けるはずだ。
羽田空港に密かに確認に来た足中氏のように、俺を監視する者達にも若干の変動が有ったみたいだね。
まずは人が一部変わり、絶対数が減ったな。
そして俺の自家用車に盗聴装置とかGPSを取り付けるのは、流石に諦めた様だ。
いくら取り付けても、役立つ前に廃棄されているんだから、経費の無駄遣いだからね。
その代わり監視が近接監視ではなくって、遠方からの監視に切り替えたみたいだ。
黄さん曰く、少なくとも俺とアズの目に触れないような遠方から監視しているようだ。
まぁね、あれから4年から5年程も経過しているのに、これまで全く尻尾をつかませないんだから、ようやく無駄と言うことを悟ったのかもしれないね。
いずれにせよ、自衛隊さんと内閣官房の手先さんだけは、諦めていないみたいだね。
まぁ、こっちに迷惑をかけて来ないなら、お好きにどうぞと言う感じだな。
外国人では、毎日では無いんだが、USAのエージェントが時折俺の周囲に現れるようになったのかな。
羽田でも見たし、こっちに来ても別の者がちらっとだけ顔見世をする。
いや、向こうは顔を確認されたとは思っていないだろうけどね。
何せサングラスをかけ、マスクをつけて顔をほぼ隠しているから、俺がその存在に気づいているとは思っていないようだし、羽田とF市に現れた人間は違う人物なんだ。
その他のエージェントさんは、手を引いたような気がするね。
いずれにせよ、秦山家に行って、実家の皆さんとご対面だ。
俺達の結婚式以来の顔合わせだね。
そういや俺も24歳なんだけれど、妹の花奈は、この3月に大学を卒業してF市内の大手企業に就職をしたんだ。
一応、22歳(今年の誕生日が来れば23歳)の新人OLさんだな。
もう一人の妹である麗花は、大学二年生(今年20歳になる?)で、目下バス通学で大学に通っている。
麗花は、理学部志望だったので入学試験は結構難関だったようだけれどね。
花奈は、O市内の大学だったので自宅から通学も出来なくはなかったけれど、毎日通うのは長距離なので結構大変ということで、在学中は女子寮に入っていたんだ。
今は、F市内にある企業への勤務だから、自宅から通勤しているな。
まぁ、二人ともに心身ともに良く育ったよ。
二人とも近所では評判の美人姉妹だぜ。
俺はもう傍に居ることはできないけれど、黄さん達が俺の家族と言うことで何気なく監視はしてくれている。
ただまぁ、彼女たちの私生活にはできるだけ立ち入らないことにしている。
その日、秦山家、小林家共に帰国の挨拶をし、元気な俺達の姿を見せ、土産物を渡して取り敢えずの義理は果たせたかな?




