4―21 結婚と新婚旅行 その十四
またまた土産の話だけれど、日本に持ち帰るお土産の話じゃない。
ロシアに置いてきた置き土産の話だよ。
100㏄ほどの小瓶に入ったリシンを一瓶と、例の高性能爆薬で爆死した奴らが所持していた焼け焦げた軍用ナイフと、英国の各地に居た工作員が隠し持っていたスペナッズナイフを、ロシア政府の要人宛てに置いてきた。
場所は、それぞれの執務室や寝室な。
そのまま置いてきただけでは何のことやらわからないだろうから、置手紙を置いたよ。
わざわざロシア語の訳文をつけているけれど、原文はアラビア語で記載されている。
差出人は、アフマド・イブン・イブラヒムと言う長い名前(本来はもっと色々くっついた長い名があるようだ)のアラビア語圏の人の名前だ。
勿論、飽くまで手紙の上での偽名であり、同じ名前の人が居たら勝手に使うことを勘弁してほしいところだな。
手紙の内容は、
『私は、ペルシャ帝国の時代より連綿と続く、蔭の組織<メディナの三ツ星>に属するものだ。
2042年3月31日、その目的は定かでは無かったものの、英国において爆発物を使って何らかのテロを引き起こそうと企てた者がおり、当方で調査したところ、死んだ者はロシアの非合法工作員組織の一員であることが判明した。
我々は、とあるイギリス人からの依頼を受けて、今回の事件を引き起こした者に対する懲罰を加えるために動いた。
結果として、ロシアの工作員であるアレクセイ、ルカ及びメレンチェヴナの三名がある特定の者を狙って暗殺行為に及ぼうと推定できるに至った。
我々は、本件に関わる犯罪者を裁判等法的手続きに乗せることを潔しとしない。
罪を犯した者及びそれに加担した者はすべからく厳罰を受けるべきである。
そのためにアッラーの導きにより我らは罪人に対して鉄槌を下した。
すなわち英国国内に潜んでいたロシアの非合法工作員11名、及びロシア国内において計画を主導し、テロの指示を行った者とその上司等合わせて3名を神の足下に送ったのである。
今後、ロシアが同様のテロを企てる際には用心せよ。
我々は、ロシアの動向を逐一監視している。
あなた方が悔い改めない場合には、大統領を含めて我らの粛清の対象になり得ることを心に刻め。
我々は、ロシアの至るところに存在し、あなた方に干渉できる。
核兵器とて、状況によっては、あなた方のコントールを外れることになるだろう。
慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御加護が、あなたと共にあらんことを。
2042年3月31日 アフマド・イブン・イブラヒム
そんな内容の手紙を同封して、大統領や関連する評議員とGRU局長の寝室や執務室に毒物や抜身の刃物と共に置いてきたわけだ。
◇◇◇◇
翌朝、エディンバラで三日目の朝、朝食を食べてから午前10時少し前に市内観光に出かけたよ。
今日の予定は、博物館めぐりと夜のコンサートを聞きに行く。
博物館めぐりでは、スコットランド国立博物館、サージョーンズホール、エディンバラ博物館の順に回る。
閉館がやはり17時頃なんで、時間内に三つ回るのがやっとなんだ。
取り敢えずホテルに近い方から、スコットランド国立博物館、サージョーンズホール、そしてエディンバラ博物館の順なんだが、建物までの距離は左程でもないけれど、内部が広いからね。
スコットランド博物館の見学は12時半過ぎまでかかったよ。
ランチは、同博物館の近くにあるナンドーズ エディンバラ - チェンバースストリート(Nando's Edinburgh - Chambers Street)で、ここは鶏肉料理がメインのファミリーレストランだね。
ここはお持ち帰りもできるみたいで、僕らが行った時も大勢の家族連れで賑わっていたよ。
スコットランド国立博物館は、英国屈指の総合博物館であり、自然史、科学技術、世界文化、そしてスコットランドの歴史を網羅しており、2万点以上の貴重な展示品を無料で公開しているんだ。
フランス・英国とも入場料が有料の場所が多かったけれど、ある意味でとても新鮮だね。
次のサージョーンズホールは、イギリス有数の大規模な医学博物館(見学は有料だよ)なんだが、そもそもここは、エディンバラ王立外科医師会(RCSEd)の本部になっているらしい。
医学の発展の歴史や膨大な人体・病理標本が観られるんだ。
ここの見学はアズの希望な。
アズは医者じゃないんだが、薬師として関連する医学の歴史も見ておきたいだそうだ。
次のエディンバラ博物館も実は無料なんだが、ロイヤルマイル沿いの16世紀の建物を使った博物館だ。
エディンバラの街の歴史、文化、市民の生活に関する貴重なコレクションが展示されていた。
時間が有れば、ダイナミック・アースで、360度のパノラマ映像が見られるプラネタリウムもみたかったんだけれど、ここは5時半閉館の上に、3時半までに入場していないといけないらしいから諦めた。
ここはどちらかと言うと子供向けの娯楽を兼ねた教育施設のようだ。
一応、三か所の博物館巡りをした後は時間調整だね。
コンサート会場のアッシャー・ホール(Usher Hall)までゆっくりと歩いて行く。
このアッシャー・ホールはエディンバラを代表するコンサートホールで、主にクラシック&現代音楽ホールとして利用され、収容人数は約2900席になっている。
コンサートは、午後6時から二時間の予定でケルティック・ウーマンの公演だ。
お堅いオペラとは違って、彼女たちが歌うのはポピュラーな歌曲なんだよね。
ソプラノとメゾソプラノであろう歌手四人が中心で、バンドマンやらダンサーが色を添える。
スコットランドを含めて、アイルランドが中心のケルト音楽が有るんだが、バグパイプも出て来ていたよ。
ケルティック・ウーマンの場合、多分、夏場に野外でエディンバラ城を背景に見ながら聞くコンサートが一番似合うのかもしれないけれど、今は四月の初め、日本の我が家では冬場に当たる外気温だからね。
余程防寒装備をしっかりとしていかないと、夕暮れ時の野外公演になんぞ行けないよ。
そんな事情に配慮したのかどうか。今回はホールでの公演になったわけで、俺達も早くから予約をしていたコンサートだよ。
因みにケルティック・ウーマンの活動は、2004年からであり、当時のメンバーは既に現役を退いている。
順次世代交代と言うかメンバーを入れ替えながら、今に至っているけれど、曲目は従来のものを踏襲していたね。
俺が好きなのは、『ユー・レイズ・ミー・アップ』、『明日にかける橋』、それに『アメイジング・グレース』かな?
二時間の間に多少のトークもあり、16曲の歌曲が聞けたよ。
アズも満足していたから、俺としては大満足だね。
今日は、エディンバラ最後の夜だけれど、ディナーは正装で駅近くのレストランMonteithsで頂いた。
ここは23時まで営業しているから、20時以降に行っても大丈夫なんだ。
例によって、シェフのおまかせ料理を頼んだよ。
スコティッシュ料理も一部あったけれど、欧風料理で一貫していたね。
最近のシェフは隠し味に醤油を使うのかな。
ほのかに醤油のうまみがしたもんね。
レストランからの帰りは、時間が遅いこともあってタクシーを使おうかとも思ったけれど、精々五百メートルほどなんだよね。
まぁ、午後10時少し手前あたりだから、深夜と言うわけでもないけれど、ロシアの工作員が色々動き回った後なので、気がかりではあるんだ。
安全第一に考えるならタクシーを利用する方が良いのかもしれないが、アズが甘えて言ったもんだ。
「ホテルまで腕を組んで歩きましょう。
イギリスの人達にも私たちのことをひけらかさなきゃ。」
そんなやり取りがあり、俺とアズは手をつないでホテルまでの道を辿ったよ。
今晩もきっとベッドの上でアズに色々と強請られそうだな。
◇◇◇◇
少し時間は遡るが、ロシア連邦のクレムリン内で秘密会合が開かれていた。
議題は、英国エディンバラでロシアの工作員がしでかした失態の件である。
GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)局長エボシニフが、今回の事件をTu-95に課した任務及びその消息不明にいたる経緯、更にはエディンバラにおける、非合法活動の推移と失敗について、総括しながら、ルスラン大統領に報告していた。
「3月30日特命任務執行中のTu-95の乗員8名が機体もろとも消息不明、また翌3月31日に非合法活動に従事していた3名が爆死、更に同日夜半、英国国内において活動若しくは待機中の非合法工作員11名がリシン服毒により死亡、但し当人たちに自殺する理由がないことから、外部の者による犯行が高いと見られていること。
また、モスクワにおいても3月31日残業を終えてGRU本局からを帰宅した筈のドミトリー第一対外部長、アレクセイ同部次長、同部所属のクランホフ参事官の3名が、翌4月1日にかけての深夜、同様に服毒死した状態で発見されていること。
その上で、私の執務室、セルゲイ評議員の執務室、さらに大統領の執務室と寝室に明らかに外部の者が持ち込んだものと推測されるリシンと刃物、それに置手紙が本日早朝に発見されたことで、何者かが我が政府に対して脅しをかけて来ていると断じられます。
本件に関して如何様な措置を取るべきか各位のご意見を伺いたいと存じます。」
因みに、英国の捜査当局は、未だ、英国で起きた爆発事件の関係者が誰であるかも割り出せてはいないのだが、このメディナの三ツ星に属するアフマドと言う男の手紙では、正確に死亡した実行犯の名前を割り出していた。
英国における爆発で死亡した三人の工作員はそれぞれ偽名を持っていたのだが、まさしく、彼らの本名がアレクセイ、ルカ、メレンチェヴナであったのだ。
そうして、クレムリンは警備が厳重な場所であるはずなのに、賊の侵入を許していた事実は重いのである。
しかも寄りにも寄って、現に大統領が寝ている寝室にまで入り込んで、ナイフと毒物を置いて行った賊がいるということは、何時でも大統領を暗殺できることを知らしめている。
警備陣は真っ蒼になったし、クレムリン中が混乱しているのであるが、中でも失敗続きの当事者であるGRUは輪をかけて大騒ぎになっていた。




