4―18 結婚と新婚旅行 その十一
リッツホテルには30分ほどで着いたので、レストランには直行せずに、20分ほどホテルのロビーで待機することにした。
リッツホテルは、宿泊中のマンダリン・オリエンタル・ハイドパーク・ロンドンと同じく、五つ星ホテルなんだが、実はロンドンには世界中で最も多くの五つ星ホテルがあるらしく、年によって若干の変動があるようだが、概ね200軒前後もあるようだ。
そんな中でも、格式のあるホテルとして有名なホテルの一つが、リッツホテルなんだ。
ロビーかららして豪華絢爛なんだが、マンダリン・オリエンタル・ハイドパーク・ロンドンとは若干趣向の違いがありそうだね。
ロビーに入るだけでも準正装が求められる世界だから、ある意味で非常に堅苦しいわけだけれど、礼儀として慣れれてしまえば何と言うこともない。
まぁ、中にいる人は、ある意味でハイソサエティの人達が多いのだろうね。
ただまぁ、中には遺産を受け継いだだけの常識知らずのボンボンもいるみたいだけれどね。
僕らがロビーに行った時に出遭った者の中に、余り近寄りたくない人物が居たね。
夕焼け間近ではあるから、多少酒に酔っている人が居ても可笑しくは無いんだが、ちょっと飲み過ぎている酔漢が居たよ。
アラフォーぐらいの年齢の男性なんだが、アルコール臭をまき散らしながら、女性に絡んでいたんだ。
触らぬ神に祟り無しとばかりに、俺も周囲の客と同様に無視しようと思っていた。
ホテル内での揉め事はホテルマンが、何とかして捌くだろうと思っていたからだ。
すぐに、ちょっとクールな感じのナイスミドルの男性が出てきて、仲裁に入ったんだが、激高した酔漢が当該ナイスミドルをぶん殴ったんだよ。
これがまた予想外に力が有ったようで、もしかして警備員かなと思われる男性が一撃で伸びてしまったんだ。
おまけに絡んでいた女性にまで手を振り上げていたから、こいつを放置しては日本男児が廃るというものだよね。
俺がするするっと前に出て、大学の部活で四年も鍛えた合気道を見せつけてやったよ。
相手の力を受け流しあるいは利用しつつ、関節技で決めるのが合気道の技。
酔っているからなおさらなんだろうが、件の酔漢は、何がどうなったかわからないうちに床に転がされて、床に這いつくばり、利き腕を背後にキメられて身動きできなくなっていた。
すると周囲に居た客やホテルマンから、一斉に拍手が沸き起こったな。
別に演武じゃないんだけれど、それに近いほど見事に制圧したから、おそらくはその華麗さに驚いたんだろうね。
酔漢は大柄で2m近いやや太目の巨漢だったから、1.8mにも満たない細身の俺が呆気なく制圧したのでそれが格好良く見えて、拍手になったんだろうと思うよ。
いずれにせよ、通報を受けてやってきた警察官に身柄を引き渡すまで、俺がやっこさんを押さえこんでおいた。
ホテルマンはいるけれど、抑え方のコツがわからないと危ないからね。
特にこの酔っ払い、プロレスラー並みにものすごく力が強いんだ
そんな立ち回りの所為で、待ち時間が無くなり、男を警官に預けて、慌ててレストランへ向かった俺達だった。
まぁ、事情聴取でレストランまで同行してきたお巡りさんを引き連れてだから、お世辞にも恰好が良いとは言えないよな。
近くにMI5の連中もいたんだから、何とかしてくれれば良いのに、こういう時は後ろを向いちゃって知らんぷりなんだよね。
仕方がないので、ディナーを食べながら事情聴取を受けましたよ。
俺達二人の新婚旅行にそんなに時間的余裕が有ろうはずもない。
明日に事情聴取なんて言われたら、スケジュールが全部ひっくり返るからね。
仮に向こうが無理を言ってきたら証言拒否だったんだが、ディナー中の簡単な事情聴取で留めてくれたので良しとした。
でも、ロンドンのスコットランドヤードってデートに割り込むなんて無粋だよね。
ディナーの後は、宿泊先のマンダリン・オリエンタル・ハイドパーク・ロンドンにタクシーで戻った。
但し、ベッドに入るのはちょっと早いので、Mandarin Barに直行して、二人でカクテルを楽しんだよ。
そう言えば、アズと二人でこんなバーに入るのは初めてだな。
無口かなと思ったバーテンダーにも話しかけてみると、意外と気さくな人だった。
アズに向かって、「ロンドンに現れた東洋の真珠に」といって、秘伝のカクテルを一杯ごちそうしてくれたよ。
連れの俺には何のサービスも無いんだけど、レディ・ファーストの国だから、まぁ、仕方が無いよな。
◇◇◇◇
翌日は、ウィンザー城の見学だよ。
早い朝食の後、ホテルをチェックアウトし、タクシーでロンドン郊外にあるウィンザー城に向かった。
この城は、現在もイギリス国王の公邸であり、人が住んでいる城としては世界最大規模なんだそうだ。
イギリス国王も、普段はバッキンガム宮殿に居るけれど、週末の静養や公式な晩餐会、重要な儀式の場としてよく使われる場所のようだね。
その日は月曜日で、特段の割り込み行事も予定されていないので無事に観光が出来そうだ。
ホテルを午前8時に発って、9時過ぎにウィンザー城に到着。
俺達が見学中は、タクシーの運転手には最寄りの駐車場で待ってもらっている。
何せ、車にはトランク四つも積んでもらっているからね。
ウィンザー城の見学には、概ね2~3時間が必要なんだ。
色々見て回り、歴代の国王や女王が使用してきた絢爛豪華な部屋も見られたし、ヘンリー8世やエリザベス2世など多くの国王が眠る霊廟であるセント・ジョージ礼拝堂も堪能したよ。
もう一つ、午前11時から行われた衛兵交代式を間近で見られたね。
バッキンガム宮殿の場合は、見られるのは柵越しなので、遠くから眺めるだけなんだそうだ。
ウィンザー城の見学を終えて、その日のランチは、ウィンザー城の近くにあるイタリア料理店Zizzi – Windsorでいただいた。
今日の午後にはロンドンを発ってエディンバラへ向かうんだけれど、空港までの道筋と空港の近くにはどうもファーストフード程度の店しかないらしいので、このイタリア料理店に予約しておいたんだ。
例によって、デザートを含めて色々な料理を頼み、アズと二人で分けっこしながら食べるイタリアンは、なかなか乙な味だったぜ。
食事を終えて午後1時半には、ウィンザーの街を離れ、タクシーでロンドン・シティ空港に向かう。
このロンドン・シティ空港発15時50分のブリティッシュ・エアウェイズの定期便で、次の目的地エディンバラへ向かうんだ。
国内便だからCIQは無いけれど、ハイジャック防止等のための荷物検査はあるよね。
まぁ、特段の異常もなく飛行機に搭乗し、ロンドン・シティ空港を無事に離陸した双発のジェット機エンブラエル195だったけれど、エディンバラにフライト途中でとんでもないものが待っていたよ。
昨日の段階で黄さんから情報は聞いていたんだが、ロシア空軍のTu-95という化け物レシプロ爆撃機機が、ノルウェー海から北海にまで入り込んでいたんだ。
このTu-95は、胴体下部にステルス型のドローン1機をぶら下げているんだが、このドローンには空対空ミサイルが搭載されていたんだ。
GRUの秘密作戦で、俺達が乗るエンブラエル195を打ち落とそうとする計画を、黄さん達が嗅ぎつけていたんだ。
GRUの一部局が単独で推し進めた作戦で、大統領を始め幹部連中は必ずしも知らされていないようだが、例の元C国非合法組織と同じく、モンスターハンターとして疑わしい人物が、ロシアにとって将来的な軍事的脅威になると判断し、手に入らぬなら処分してしまえと言うことになっているらしい。
英国は、いわゆる領海上空以外の空域については、日本のようにADIZ(防空識別圏)を主張していないんだが、飛行情報区(FIR)の範囲内では、ノルウェー海や北海を飛行する航空機に情報の公開を義務付けている。
日本の場合と同様に、英国でもロシア軍の哨戒機や爆撃機が英国の領域等に接近する場合があり、事前に通知が無い場合は戦闘機のスクランブルがかけられるんだ。
今回の場合、一応の哨戒任務と称して事前通知は為されているんだが、悪辣なのは、イギリス本土(グレートブリテン島)に400キロほどまで接近して、そこからステルスドローンを発射する計画があることなんだ。
このドローン、発射された直後、衛星との自動交信により、ちゃんと目標である俺達のジェット機を識別できるようになっているようだ。
ミサイルの射程距離までドローンが接近してから、ミサイルを発射する計画のようだ。
これが実行に移されたなら、俺達を含む乗員乗客全員の命が危険に晒される。
空対空ミサイルが発射されたなら、余程のことが無い限り、俺達の乗るジェット機は助からないだろう。
まぁ、俺とアズは必要に応じて転移で逃げることも可能なんだが、そもそも、こんなテロ行為を放置するわけには行かないよな。
で、どうするかなんだが、・・・。
結局、俺が制裁を加えることにしたよ。
計画を実行してからの制裁ではなく、実行に着手した時点での制裁な。
秘密指令を受けたTu-95が予定地点に到達し、俺の乗っている航空機を衛星情報で確認した上で、機長の命令により、ステルスドローンを発射するためのスイッチを乗員が押した途端に、ドローンがぶら下げていた空対空ミサイルの信管が作動し、同時に爆弾倉に搭載していたKAB-500Lの信管も作動して、Tu-95は空中爆発を引き起こしたんだ。
無論のことMaydayを発する暇もなく、Tu-95は爆散した。
方位や測距は黄さんにお願いして、俺は遠方から信管を作動させただけだ。
ある意味でものすごく簡単な方法なんだが、こいつが癖になると困るな。
この後、欧州方面が大騒ぎになるんだが、俺は知らねぇよ。
仮に、この件で、ロシアが欧州方面で戦争を引き起こすような動きを見せたら、容赦なく介入し、秘密裏にロシア軍を叩き潰すつもりだ。
余計な話になるが、ロシアについては、ノヴォシビルスク以東の地域は未だに復興が進んでいないんだ。
サハリンには、生き残った住人がいるために航空便で何とか支援物資が届けられているようだが、ウラジオストックを含めて沿海州は復興の目途が立っていないんだ。
例のモンスター出現により、沿海州より以西の東ロシアが甚大な被害を生じたが、カムチャッカ地方はほとんど被害が無かった。
おそらくシベリア鉄道の再起には、相当な時間がかかるだろうね。
余計な話はさておいて、俺達の乗ったブリティッシュ・エアウェイズ8706便は無事にエディンバラ空港へ着陸したよ。
当然のように、この便の乗員乗客は、はるか遠くで起きた空中爆発事故については何も知らなかったのだ。




