4―13 結婚と新婚旅行 その六
次いでストラスブール市立歴史博物館で、ストラスブールの成り立ちを示す展示品の数々を観た。
中に、古地図の立体模型があり、五稜郭のような要塞があったことを初めて知ったよ。
まぁね、函館にある五稜郭はそもそも欧州の要塞を真似して造った物だから、ここに本家があっても何ら不思議じゃない。
因みに星形のヴォーバン要塞は17世紀に建造されたものらしいから、間違いなく五稜郭よりも歴史が古いけれど、その遺構としてボーヴァン・ダムが残っているぐらいで城壁等は市域に飲み込まれ、所謂星形要塞の形は残っていないようだよ。
それからグーテンベルク広場に行った。
ここも結構な観光客の人出があったね。
広場の中央に古めかしいメリーゴーランドがあるけれど、実は20世紀後半に建造されたものであって、わざとアンティーク調にして作られたものだそうだ。
それでも建造から50年ほど経っているんだぜ。
で、この広場を散策中に警戒中の黄さんの仲間達から警告が届いたよ。
広場北側の六階建て(一部七階の屋根裏部屋がある)のビルに狙撃手が居ると教えてくれた。
俺とアズが居る場所は広場の中央からやや西寄りの場所で狙撃地点からは精々60m前後だろう。
刺客のおっさんは、今現在は専用のトランクケースからパーツを取り出して組み立てている最中らしいが、ライフルスコープまであるようだから、滅多なことでは外さないだろうね。
さて、こんな時はどうするかなんだが・・・。
やっぱり無力化した上で警察に介入してもらうのが一番みたいだね。
そんなわけで、ライフルスコープを組み立てている最中のアジア系ハーフの男の頸動脈を止めたよ。
約10秒で落ちた。
柔道の締技にあるぐらいだから殺人の心配は無い。
その上で、屋根裏部屋にあった火災報知機を加熱して発動させた。
緊急電話は112番、警察へは17番でつながるらしいけれど、俺がそこまでする必要は無い。
火災報知器が鳴れば、警察と消防が駆けつけるはずだ。
10分後、狙撃者は逮捕された。
そりゃぁね、いくら人事不省とはいっても指紋がべたべたついた銃器が傍に転がっていて、窓が開いていれば、狙撃を企んだとすぐにわかる状況だし、何より銃器の不法所持がある。
フランスではEUの基準に則って銃器の所持はできるんだが、かなり規制が厳しく狩猟やスポーツに限定されている向きがある。
米国みたいな野放図な銃社会では無いんだ。
無論、銃を携帯して歩くことは許可が無い限りできないようになっている。
今回の場合、セミオートのライフルで所持は可能だが、町中で持ち歩くには当然のように許可が必要なんだ。
従ってアジト(?)から狙撃場所の屋根裏部屋までライフルを無許可で持ち込んだ時点でアウトだな。
しかもサイレンサーを残してほぼ組み立て終わっていた状態だから、殺人(暗殺)未遂の容疑もかかるよね。
まぁ、後のことは警察にお任せだな。
因みに頸動脈で血流を止めても数分で意識が回復しそうだったから、様子を知らせてもらいながら、消防と警察が踏み込むまで二回ほど追加で締めておいたよ。
別に心臓を止めたわけじゃない。
脳内に流れる血流を止めたことで一時的に意識を失っただけの話だな。
尤も、どうしてそんなことになったのかは、本人も警察もわからないだろうな。
まぁ、それで良しとしておこうかね。
俺の周囲でこんなことが頻発するとその筋の機関に俺が何らかの関与をしているのではないかと疑いの目を向ける可能性もあるよね。
だから直接の干渉はできるだけ避けたいんだが、どうもC国系の任意団体(?)が裏ボス的存在のようなので、後腐れを残さないためには、こいつをシバいておく必要がありそうだ。
そんなわけで、死人が出ても仕方が無いと予見しつつ、俺はノートルダム寺院の次に訪れたロアン宮殿でトイレに入り、場所を変えた。
目的地は、パリにあるC国系の任意団体の施設で、幹部連中が会議を開催している時間を狙って破壊工作を行ったよ。
無論アズには内緒だよ。
ブツは、彼らが同施設に保管していた非合法の爆薬と引火物だ。
あちらこちらに撒いた引火物の発火と同時に、任意団体施設内部で爆発を起こすようにした。
無論のことながら、俺の能力で燃焼促進を促しているから、燃焼速度も爆発規模も倍以上の破壊力を持っている。
施設はその火災と爆発によりほぼ一瞬にして破壊された。
そのニュースは、俺たちが慣行を終えてホテルに戻ってから見ることになったな。
何せ遠いパリでの出来事だ。
俺達夫婦と関連性があるとは誰も思うまい。
いずれにせよ、C国系の任意団体が関与してくることはこの一件以来無くなったよ。
ところでロアン宮殿の後は、ちょっと離れたライン宮殿とその中庭、それにその近隣のコンタッド公園を訪れた。
ロアン宮殿の見学はできたんだけれど、ライン宮殿は特別の日にしか内部は公開されていないんだ。
従って外観と庭園を見るだけの観光だよ。
因みにロアン宮殿はフランスが建てた建築物で、マリーアントワネットやナポレオンも滞在したことが有るが、一方のライン宮殿は普仏戦争の後でドイツが建造した王宮(別邸)なんだ。
このために建築様式が違っているね。
このライン宮殿の庭園を散策中に急病でベンチに座り込んでいる老夫婦と出会った。
夫婦はドイツから観光でストラスブールを訪れたのようなのだが、庭園を観光中に旦那さんの気分が悪くなったそうだ。
唇が若干紫色がかっていることからチアノーゼを呈しているのだろうと思う。
奥様に聞くと数年前に心筋梗塞を患っていて、やや病弱なんだそうだ。
奥様一人ではどうにもできなくてベンチで休ませて救急車を呼ぼうかどうか迷っていたところらしい。
俺とアズの見立てでは酸素の血中濃度が低く90%を下回っている。
アズがバッグの中に指先で測る簡易測定器を持っていたんだ。
この状況は酸素不全であり早急に医師の手当てを要するので、俺の判断で奥様に承諾を取り、救急車の連絡先である15番に連絡をした。
その間は、やはりアズが持ち歩いている小型の酸素ボンベ(精々5分程度しか持たない)を旦那さんの口鼻に押し当てて酸素を補給する。
多少、俺の能力で酸素補充の補助はしてあげたけれど、俺がメインになると異常が治っちゃう可能性もあるからあくまで補助程度だね。
取り敢えず、救急車が到着して最寄りの病院まで運ばれていった。
後は医師が何とか手当てをするだろう。
その日の夕刻、俺の携帯電話が鳴って、当該奥様から電話が入った。
ご主人は無事に命を取り留めたそうだ。
そうして、しばらくはこのストラスブールで入院しなければならないそうなのだが、明日のOpéra national du Rhinでの昼公演のチケットが有るのだけれど行けそうにもないので、もしよければ俺たち二人に譲りたいと申し出てくれたんだ。
これは渡りに船だよね。
今日も当日券を求めてOpéra national du Rhinに行ったけれど、売り切れのままなんだ。
半分諦めていたけれど、運命の女神さまは俺達を支援してくれているようだぜ。
これで明日の午後の予定が決まったね。
午後二時半から四時半までのオペラ鑑賞だ。
チケットは奥様がホテルまで持参してくれたよ。
老夫婦はクレーベル広場近くのThe Point Strasbourg - Central Furnished apartmentに宿泊していたようだ。
俺のホテルまではゆっくり歩いても五分とかからない距離だ。
ただで頂いては申し訳ないので、チケットの販売金額をお渡ししておいた。
別途、ストラスブールを離れる前には旦那さんの病院にもお見舞いに行くつもりだよ。
ところで、当日午後8時半からの船を使ってナイトツアーもしっかりと堪能したよ。
川面から見る夜景のプティット・フランスは幻想的だったね。
午後8時半に船でのツアーを敢行したのは、ストラスブールを含めてフランスが夏時間に入っているからなんだ。
ぶっちゃけ日没が午後8時頃なんで、8時は夕焼け時なんだ。
日が暮れるのはもう少し後と言うことで、8時半に船長が設定してくれたんだ。
向こうの人は夜が遅いからね。
本来は9時からのツアーらしいんだけれど、今回は俺達に合わせて特別だってさ。
まぁ、昼間に2時間も一緒に居ればよもやま話で色々な話が出ようってもんだ。
俺達から日本の話も結構したからね。
気のいいブルーノ船長も日本の生活習慣やらを俺達から色々聞いていたんだよ。
特にレストランが特別な場合を除いて十時頃には閉店すると聞いてびっくりしていたね。
フランスでは9時以降にならないと開かない店もあるのに・・・。
うーん、日本ではスナックの開店が遅いかな?
スナックで早くても午後八時頃に開くのが普通だろう。
まぁ、焼鳥屋とか寿司屋なんかは昼頃(11時頃?)から開いて酒も出しているけどね。
その意味ではフランスの高級レストランは、ナイトライフの範疇に入るんだろうね。
昨日の話し合いでは、ストラスブールを夜に発つ明日は、オペラ座の件が無ければ、郊外にあるオー・ケニグスブール城にでもタクシーで行こうかと話していたところなんだ。
オー・ケニグスブール城の最寄りまで鉄道で行って、タクシーと言う手もあるけれど、ものぐさな俺は楽な方を選ぶ。
タクシーで行ってタクシーで帰るという行きも帰りもハイヤーだよね。
でも、オペラ座の昼公演のチケットが手に入ったからには、アズの願いを叶えねばならん。
明日の午前10時にはチェックアウトだけれど、荷物はホテルのフロントに預けたまま、ストラスブール市内に留まって市内観光だね。
二人で協議して、近代・現代美術館を訪問することにしたよ。
少なくとも午前中の時間は潰せるからね。
郊外に出ると往復の時間を取られちゃうので、近い処となると候補が限られたんだ。
お昼は外食、夕食も時間的に余裕がなさそうなのと、空港にはレストランが無く、ファーストフードぐらいしかないので、サンドイッチでも買って空港の待合室で食べる予定だよ。
この日は、いずれにしろナイトツアーを終了して、ブルーノ船長と別れを告げてから、ディナーを食べることにした。
船の中で結構なつまみと言うか料理とワインを出してくれたんだけれどね。
今日の夕食は、ノートルダム聖堂近くのレストランでRestaurant Gurtlerhoft。
ここは、アルザス地方の郷土色豊かな料理を出してくれるところなんだ。
出て来るコース料理は、ボリューム的には、日本人女性には少しきついかもしれないね。
向こうの肉食系の人達は、男女を問わず良く食うからねぇ。
小柄な日本人では考えられないほどだよ。
この日も無事に終えて日が変わる前には、ホテルに戻ったよ。
俺達は若いから睡眠時間を削ってでも、いつも通りのベッドスポーツに励んで、それから就寝だ。




