4―11 結婚と新婚旅行 その四
パリ滞在四日目、今日はパリからストラスブールへ移動の日だ。
パリ東駅(Gare de l'Est)から高速列車TGVで直行便が約1時間46分~2時間、1日に16本程度が運行されているんだ。
10時過ぎにパリ東駅を出て、ストラスブールへは12時前に到達する。
今回の旅では、もうパリには戻ってこない。
ストラスブールで二泊して、ストラスブールを夜に発って1時間半ほどでロンドン郊外のガトウィック空港に到着する便に搭乗予定なんだ。
因みにストラスブールとロンドンの時差は約一時間なので午後9時半(フランス時間)に出発しても午後10時前(英国時間)には英国に到着することになる。
従って、ストラスブールは正味二日と半日の観光になるね。
ストラスブールは、パリから見て、ほぼ東にありドイツとの国境地帯であるアルザス地方にある都市だが、アルザス地方、シャンパーニュ地方、アルデンヌ地方、ロレーヌ地方の中心的都市でもある。
ドイツに近い所為で、ドイツのような雰囲気が漂う美しい旧市街が世界遺産ともなっているんだ。
見所は、ストラスブール大聖堂(ノートルダム=ド=ストラスブール大聖堂)、ロアン宮殿、クレベール広場、アルザス地方博物館、ストラスブール近代・現代美術館、メゾン・カメルツェル、サン・ピエール・ル・ジュヌ教会などいろいろあるんだけれど、旅行代理店のお勧めは中心部を東西に流れるイール側の観光船だったね。
これは最終日に乗ってみる予定なんだ。
ストラスブール駅を出ると、タクシーに乗って最初に向かうのは、宿泊予定のMaison Rouge Strasbourg Hotelだ。
部屋は午後3時以降じゃないと入れないけれど、荷物をクロークに有料で預けることはできる。
荷物を預けて、身軽な格好で、ホテルを出て最寄りのカフェに入って軽食を摂った。
ドイツが近い所為か、ランチセットメニューでドイツ風のものが有ったよ。
ソーセージとパンのセット、それにスープ、サラダ、プチデザート、ドリンク付きだけれど軽食ならこれで十分だ。
今夜は、ホテルのレストランでディナーが待っているからね。
カフェで隣に座っていた若いカップルの客が俺たちに話しかけて来た。
ストラスブールでも三年前までは結構C国人の団体客が来て居たらしいんだが、例のモンスター騒ぎがあって以来、東洋からの旅行客は激減していたらしい。
滅多に見かけない東洋人の旅行客を見かけ、気になって俺たちに話しかけたようだ。
このお隣のカップルさんは、ドイツ人の恋人同士のようだ。
ドイツのフランスとの国境に近いオッフェンブルクに住んでいるんだそうだが、有効なパスポートと滞在許可証(滞在カード)を携帯すれば、フランスへは自由に出入りできるそうで、ドイツ国内の大都市に行くよりはストラスブールの方が近いのだそうだ。
今日も車でストラスブールまで来て、市内で買い物がてら、郊外にあるPiscine de Hautepierreの室内プールで泳ぐのと、テニスをするために来たとのことだった。
因みにオッフェンブルクにも屋内プルはあるようだが、テニス場まで併設しているわけじゃないらしい。
Piscine de Hautepierreの場合は、周辺地域が運動公園の様相を呈しており、巨大な駐車場も完備しているから色々と利用しやすいらしい。
まぁ、それでも一月に一度ぐらいの遠出なんだそうだよ。
男性はカルステン・キルヒホフ、連れの女性はエルナ・バルテンというようだ。
どちらも23歳で、オッフェンブルクにあるでかい金物店(日本で言えばホームセンターの類)で働いているらしい。
俺達も日本から新婚旅行で来たことなどを話して和気あいあいと会話を楽しんだよ。
最初はフランス語だったんだけれど、俺たちがドイツ語も会話できると知って、途中からはドイツ語に切り替わっていたな。
精々一時間未満の事だけれど気の良い二人のドイツ人のお陰で楽しい時間を過ごせたな。
互いにメルアドなどを交換したよ。
左程に連絡事項があるとは思えないけれど、知り合いがどこかにいるというのは良いことだよね。
因みにストラスブールの人口は約30万人だが、オッフェンブルクの人口は約6万人程度のようだ。
ところで、ストラスブルクに着いてもやっぱり監視の目は続いているね。
黄さんのネットワーク情報では、俺たち二人の警護的な役割をもっているのが三割、目的不明で監視についているのが四割、二割がやや敵対的な意向を有しており、さらに残り一割が隙あらば何事か為そうとしているらしい。
まぁ、その一割か若しくは敵対的な意向のある二割が動き出すまでは静観だな。
警護的な役割の人達が未然防止出来ればそれでよし、俺達の身に火の粉が降りかかるようならばできるだけ周囲に気づかれないように排除するまでの事だ。
俺たちはカルステンとエルナに別れを告げ、取り敢えずは最寄りにあるクレベール広場に向かったよ。
クレベール広場は、世界遺産となっている旧市街『グラン・ディル』の中心にある広場なんだ。
周辺を歴史的建造物が立ち並んでおり、ギャルリー・ラファイエットやプランタンなどの大型デパートやカフェ、ショップが立ち並び、噴水や浅い水場もある憩いの場でもあることから年中観光客を含めた人出が多い処でもある。
また、市内観光をする際の起点にもなる場所だね。
北側には古い石造りの建物の中にモールがある。
西側には電車の通る道路を挟んで、ちょっと現代的な建造物のディスカウントショップとデパートが並んでいるね。
南側と東側には古い建造物の町並みが見えている。
クレベール広場からウトル通りを抜けてさらに東に行くと、Marché de la Place Broglieと言って年中屋台が立ち並ぶ細長い(全長約150m)市場があるんだ。
この一帯をブログリ広場と言っているらしい。
幅が4メートル程度の道路で両側に石造りの建物が立ち並んでいるウトル通りのような場所は、日本では中々にお目にかかれないよね。
例によって、アズと手をつないで路地を進みながらウィンドウショッピングだ。
目当てのものは無いが気に入ったものを見つけたら買うというスタンスは変わらないが大きなものは運ぶのに苦労するからできるだけ避けることにしている。
ウトル通りは土産物屋さんが多いようだね。
ゆっくりと見物しながら歩いても5~6分でブログリ広場に着いたよ。
但し、俺たちの周囲では若干の騒動が起きていたね。
おそらく警護していたフランス官憲の目を潜り抜けた奴だろうね。
一人のガタイの大きな男が僕の方へ走って来るのが分かっていた。
黄さんのネットワークで警戒していた霊たちの通報で余裕をもって迎撃できたよ。
男が俺達に6m程度にまで近づいた時点でその男がドタッとずっこけたんだ。
まぁ、俺が、奴の踏み出そうとした足を道路にくっつけたから、そのはずみで男は前のめりに倒れたんだ。
意図せざる力が働いたことと、男が全力で走っていたことがそいつの不幸だったな。
手で庇う暇もなく、男は堅い路面と熱烈なキスをしていたんだ。
仮に手をついていても骨折は免れなかっただろうが、鼻骨骨折と前歯が何本か折れたみたいだが、俺は後のことは知らん。
背後で悲鳴が上がり、俺とアズが振り返りつつも、俺たちが救助するいわれはないからそのまま現場を去る。
何せ現場近くには居たが、男が倒れた瞬間は見ていないんだ。
男や周囲の叫び声で気づいただけだから目撃証言も仕様が無いよな。
そんなわけで、とっとと現場を去る俺たちだったが、誰も俺達を制止するような者は居ない。
市場は色々な食品、生花、雑貨などを売る屋台が狭い通路の両脇に立ち並んでいるんだ。
観光客が多いのか、市民が多いのかわからないが結構な人混みだよ。
きっと直販等で安いんじゃないかと思うが、値段を比較していないのでよくわからない。
日本では見かけない果物や野菜も見かけたけれど、土産にするわけにもいかないよね。
特に生鮮食料については検疫が結構うるさいと思うよ。
その場で食べれるんなら買ってもいいが、生憎とそんな行儀悪い人が居なかったので立ち食いは諦めた。
必要に応じてレストラン等で注文すればいいだろう。
因みにアズが欲しそうに見ていたスイカに似たようなウリみたいな灰色の果物はシャランテ地方のメロンらしい。
店の人に聞いたらおいしいよと言っていたが良くわからないよね。
メロンならやっぱりマスクメロンが一番だと思うのだけれど、あるいは現地ならではの味があるかもしれないね。
クレベール広場の東端にはOpéra national du Rhinがある。
このオペラハウスは1820年に建造されたものの、1870年の戦争で破壊され1888年に再建されたものだそうです。
生憎とここのチケットは入手できなかったので、念のため当日券が手に入らないか来てみたのだけれど、やっぱり駄目でしたね。
実は、アズがここでのオペラを聞きたいと言っていたのだよ。
今日は、アズの希望もかなわなかったけれど、チャンスは明日もある。
カナル・デュ・フォン ロンパールに沿って西進し、パリ橋で南下、Maison Rouge Strasbourg Hotelに戻ったよ。
歩いた距離は2キロも無いだろうけれど、ランチの時間やら、チケットの当日券の確認、あちらこちらと右へ左へとぶらぶらした関係でホテルに戻ったのは3時半ごろだった。
チェックインしてすぐにお部屋の大掃除はもうルーチンワークだよね。
今回も四つほど変なものが仕掛けられていましたね。
多分、明日はもっと多いんだろうと思う。
ところで、転んで顔面打撲で結構な怪我をした人、特段の罰は与えられなかったようだけれど病院に入院したようだね。
故意にしろ過失にしろ、自傷行為だから警察も特に御咎めはしないようだが、要注意人物として官憲にはマークされたみたい。
何しろ俺に向かって猪突猛進していたからね。
武器になりそうなものも持っていたようだけれど、日本で言う銃刀法の処罰には至らない代物だったらしい。
多分、アズにでも刃物を突き付けて脅迫する予定だったのかな。
こ奴は元C国人の両親を持つ人物だけれど、フランス国籍を有しているんだ。
住所がストラスブールじゃないから、官憲も目こぼしが有ったのかもしれない。
少なくともフランスの諜報組織は俺に対して敵対行動を見せていないから一安心かな。
因みにマルシェのはずれで自動小銃を持った兵士?官憲?複数が居たんだけれど、流石に日本ではお目にかかれない光景だよね。
彼らは防弾チョッキを装備していて則戦闘が可能な状態で巡回しているようだったな。




