4―10 結婚と新婚旅行 その三
パリ滞在二日目、翌朝は9時に起きた。
ルームサービスを頼み、二人揃って、パジャマ姿で朝食を食べたよ。
それからアズはお化粧タイムで、俺は今日の観光の準備だな。
今日はパリ市内をあちらこちらと観光する予定だ。
最初は、手近なところでシャンゼリゼ通りでウィンドウショッピング。
気に入った品が有れば買うけれど、取り敢えずは観光がてらぶらりと歩くのが目的だな。
ジョルジュ・サンク通りを北上するとやがてシャンゼリゼ通りにぶつかるが、その角にルイ・ヴィトンの店がある。
ここからは世界的に名だたる有名店が色々と立ち並んでいるよね。
そんなお店の雰囲気だけでも味わうために、二人で腕を組みながらじっくりとひたすら歩くんだ。
凱旋門まで行き着いたら、それを遠くから眺めて、今度はシャンゼリゼ通りの北側に沿って南東方面へ向かう。
モンテニュ通りとぶつかる八区の六差路まで歩いて、そこから次の目的地までは歩いても行ける距離だけれど、時間がもったいないから、タクシーを捕まえる。
コンコルド広場でタクシーを降りて、チェイルリー庭園を経て、ルーブル美術館へ。
この美術館はものすごくでかいから、全部を見て回ると大変な時間が必要なので、事前にアズと相談して見るものを予め決めておいて回ることにしているんだ。
それでも優に二時間はかかるから、途中でルーブル美術館が見えるル・カフェ・マルリーで休憩だね。
『ポンヌフの恋人』で有名なボン・ヌフ橋は是非とも行きたいとアズのご希望だ。
このボン・ヌフ橋を経由してシテ島にあるノートルダム大聖堂へ向かう。
ノートルダム大聖堂は、12世紀半ばに建設が始まりおよそ90年を要して建設された大聖堂であり、建設当時は西洋最大のカトリック教会と言われたようだ。
全長128m、幅48m、高さ約90m(尖塔)の威容を誇り、ヴィクトル・ユーゴのノートルダム・ド・パリで有名だね。
ここは公開されているけれど、混雑緩和のために予約が推奨されているんだ。
昨日のうちに予約をしているから、その時間帯に行けるように調整している。
ノートルダムの次はリュクサンブール公園と同美術館だね。
生憎とリュクサンブール宮殿(フランスの上院)は、公開されていないので前庭である公園から外観を見るだけだね。
そこからは夕方になるので、ミシェル通りから遠回りでセーヌ河畔沿いに西へ行き、エッフェル塔に行く。
ここは夜も登れて夜景が素晴らしいのでルートに入れたけれど、やはり混み合うので予約が必須だね。
晩御飯はエッフェル塔近くのBrasserie de la Tour Eiffelで午後八時から予約しているんだ。
ここはセーヌ川にも近く本格的なフランス料理を味わえると言われている。
エッフェル塔近くに限定すると、ここ以外では、二つ星レストランのArpègeもあるけれど、予約が取れなかったのでまた別の機会に??
うーん、今回はちょっと特別なので、別の機会はないかもしれないね。
ついでに紹介しておくと、昨夜食事をしたフォー・シーズンズのLe Cinqは三ツ星レストランだよ。
ディナーの後は、夜の歓楽街を訪ねても良いんだけれど、余り治安が良くないのでできるだけ避ける方向で動くことにしている。
従って、Brasserie de la Tour Eiffelでのディナーが終わるとそのままホテルに戻ったよ。
その夜も、二人でベッドスポーツを楽しんだよ。
◇◇◇◇
パリ三日目は、パリ郊外のヴェルサイユ宮殿の観光がメインだけれど、その前に、パリ市内のモンマルトルの丘を訪ねる。
今日は朝早く起きてお出かけ衣装に着替えてから朝食をとった。
パリの三月下旬は、日中で15度未満、夜だと4~5度前後と寒いんだ。
だから、日本よりも寒いと考えたほうが良い。
俺もアズも結構着込んでいるな。
その代わり上着は脱げるように、大きな布製の買い物袋を持ってゆく。
俺は少し厚めの長そでTシャツにジャケット、アズはオレンジ色のスカーチョに白いハイネックセーター、その上に羽織れるような薄い黄色のトレンチコートだな。
もしも暑いようであれば、上着を脱ぐことにしている。
パリ滞在中の天気予報ではずっと晴天で、例年だと曇りや雨の日が多いらしいので、結構珍しいことのようだ。
俺がお天気男か、アズがお天気女なのかもしれないな。
いずれにしろホテルで朝食をとってから、タクシーでモンマルトルの丘へ。
タクシーを降りたのはモンマルトル美術館の近くで、そこから南へ向かって徐々に丘を降りて来るコースだ。
途中の坂道で無名の画家の卵達が絵を並べて売っているけれど、まぁ、玉石混交だよね。
気に入ったものが有れば購入しても良いだろうし、大きな荷物になるようであればやめておく。
日本でいう宅急便のようなものがあるし、場合によっては日本へ送ることも出来るけれど、余程良いものでない限りはしないつもり。
土産替わりならば荷物にならない水彩画が良いかもね。
油絵は、結構な重さになるし、カンバスの所為で嵩張るからねぇ。
アズが気に入った水彩画の一点が有ったので、俺が鑑定をかけて値段に見合う価値と判断したので購入したよ。
購入した水彩画は丸めて買い物袋に入れ、そのまま観光を続ける。
途中のテルトル広場で屋外の喫茶を楽しんでから、今日のメインの旅行先であるヴェルサイユに向かう。
モンマルトルからヴェルサイユまではタクシーで小一時間だね。
パリ市内からヴェルサイユまでは鉄道もあるんだけれど、ヴェルサイユ駅から宮殿までは徒歩で20分ほどかかるんで、モンマルトルから最寄り駅までの移動時間を考えると、多分1時間半ほど見なければならないだろうから、時間節約のため小金持ちはタクシーを使うんだ。
こんな贅沢をするのも、新婚旅行だからだよね。
因みにヴェルサイユ宮殿に入るのも予約が必要らしいんだ。
まぁ、待機列に並べば入れるらしいけれど、待ち時間が分からないからチケット予約をするのが間違いなく無難なようだ。
もう一つ、今日の目玉は、ヴェルサイユ宮殿王室歌劇場にある。
三か月前から予約したオペラ「カルメン」の公演があるんだ。
アズが是非にと希望したので計画に入れたコースだから外すわけには行かない。
オペラならパリ市内にオペラ座もあるんだけれど、オペラ座の建物は19世紀後半に造られている。
ヴェルサイユ王立歌劇場の方は、18世紀後半に造られた木造建築なので、古い方の劇場で是非一度聞きたいのだそうだ。
昼前にはヴェルサイユ宮殿に到着し、劇場の上演時刻(昼公演:14時半開演)までは宮殿内の見学とランチだね。
ランチはAngelina Paris - Château de Versailles, Pavillon d'Orléansで軽いものをいただく計画で事前に予約をしているんだ。
ヴェルサイユ宮殿は豪華な宮殿で有名だけれど広い庭園でも有名なんだ。
残念ながら、3月下旬は春の匂いがするとは言っても、色鮮やかな花は少ない。
ミモザ、モクレン、スミレ辺りが咲いており、マリー・アントワネットのHameau de la Reine辺りはサクラの樹もちらほらあるらしいんだけれど、俺達が行った時はサクラの開花時期にはまだ早かったようだな。
アズがぽつりと言った。
「もしかすると、フランスで花見ができるかと思ったけれど、無理みたいねぇ。
ネットではこの里村に桜の木があると書いてあったんだけれど、・・・。」
「日本でも3月下旬だと西日本で開花するぐらいだろう。
満開は三月末だろうな。
欧州でも南欧は別として、西部地区は北海道よりも緯度が高いからなぁ。
パリやロンドンは、緯度から見れば樺太辺りなんだぜ。
それでも西岸海洋性気候だからロンドンやパリでは冬でもほとんど雪が降らないけれど、一般的には寒いんだよ。
俺はよく知らんけれど、関東か東北南部当たりの開花時期と同じなんじゃないか?」
「うーん、帰国は4月初めだから家の近くは散っているかもね。
今年は花見は無しだね。」
「お、アズは花見が楽しみだったのか?」
「うーん、そういうわけじゃないけれど、去年は勤め先で花見の会が有ったからね。
何となくあの和気あいあいとした雰囲気がいいなと思って・・・。」
「帰ってから東北の花見にでも行ってみるかい?
土日なら動けるし、東北では有名なH城辺りは、4月下旬が見頃だと思うよ。
ただまぁ、大勢は無理かなぁ。
精々ウチの妹達とか友人達を誘うぐらいだけど・・・。」
おそらく空路を利用すれば片道4~5時間程度で現地に着けるはずだ。
夜桜を見て次の日帰って来るだけなら、さほど手間も必要としないだろう。
尤も、当日の天候次第だろうね。
天気が良くなければ花見も無理だから、出発前には天気予報に留意しなければならないだろうな。
まぁ、それも無事に帰国してからの話だ。
今の段階では予定も立てられない。
ヴェルサイユ王立歌劇場でのオペラ「カルメン」は、流石に見事だと思ったよ。
おそらくは、18世紀の経験則だけから求めた音響効果じゃないかと思うけれど、二階席の指定席には見事な演奏と歌声が届いていた。
俺も、カラオケ以外は余り音楽に馴染みがない方なんだが、それなりに良し悪しはわかる。
多分、物の鑑定とは違って、一応当該歌い手の研鑽の成果を判定できるんじゃないかと思うわけよ。
尤も、これまでオペラなんぞ生で聞いたことはないけれど、今回聞いたものを基準として、次に誰かの歌曲を聞いた時には、何らかの評定ができるんじゃないかと思っている。
歌手が歌っている最中の声の変化や抑揚加減で、何とはなしに評価ができるようになっていたように思う。
ところで、これまでのところ、フランス国内での非合法組織等の動きはほとんど変わらないんだ。
但し、俺達二人がヴェルサイユ宮殿の庭園を見学中に、何らかの不審な動きを始めようという雰囲気を見せたのが多分C国の過激派じゃないかと思うけれど、別の組織がその動きの邪魔をしていたね。
総勢で十数名がにらみ合うような形になって、若干不穏な雰囲気になっていたようだけれど、最終的にはにらみ合いだけで済んだようだ。
あるいはフランスの防諜組織若しくは公安組織が動いて、C国過激派の動きをけん制したのかもしれないと思っている。
こっちはそうした動きを察知してはいても、素知らぬふりをしている。
大事になりそうでなければ、俺は動かないし、手を出さない。
そうは言いながら、相も変わらず尾行者がいるし、宿泊先のホテルには、俺たちが外出するたびに盗聴器やら隠しカメラやらが設置されている。
ホテルに帰ると、それを除去するのが俺の仕事になっていた。




