4―9 結婚と新婚旅行 その二
海外旅行の計画段階での問題とは?
実は、例の内閣府の怪獣対策担当大臣の指揮下にある例の渉外担当課長が、パスポートの申請段階でわざわざ俺の会社まで出張って来たんだ。
要は、俺に海外旅行を取りやめてほしいと言って来たんだよ。
理由は、怪獣討伐をなした可能性のある人物が、例え短期の旅行であっても、国外に出ることを政府としては好ましく思ってはいないという話だった。
そう言いつつも、政府が俺の出国を禁止するつもりかと聞いたら、そうではないと言う。
「飽くまで、自発的に国内にとどまっていただきたいのです。」
「僕は、パスポートを申請中ですが、それすらも認めないと?」
「いえ、正規な手続きで申請が受理された以上、法律上の見地から言えば、あなたや小林梓嬢にパスポートを交付しないという正当な理由がありません。
ですが、国益上の観点から申し上げれば、貴方が国外に出て、万が一にでも他国の政府機関に拉致などされたりすると、我が国としては非常に困ることになります。
ですから、その憂いを無くすためにも、海外旅行を是非とも取りやめていただきたいのです。」
「大変失礼ながら、国外であれ、国内であれ、他国の非合法組織が本気で動けば、拉致自体は可能になるのでは?
それとも、内閣府では私や梓の身辺に首相や大臣並みに警護をつけているとでも言うのですか?」
「いえ、国内ではそこまでのことはしておりません。
但し、他国の政府機関に属する者と推測される人物の動向には、それなりの注意を払っています。」
「私は、ある意味で極普通の一般人ですよ。
何でそんなに私を注視するんですか?
何か私が怪しいという証拠でもあるんですか?」
近藤女史が少し間をおいてから、ぼそっと言った
「そんなものがあれば、こんなお願いになんて来ません。
確証が有れば、貴方の身柄を強制力を使ってでも拘束しますよ。
出来ないからこそ、こちらも困っているんです。」
「僕とアズは、危険な戦争地域に観光に行くわけじゃありませんよね。
一時的には、フランスや英国等欧州方面への旅行者は激減したようですけれど、現在では以前並みに旅行者も増えている筈です。
それなのに行くなと言うなら、全ての海外旅行者に同じことを言うつもりですか?」
「現状の法制では、貴方を拘束はできないし、強制もできません。
でも、他国に拉致されないようにするためには、海外に出向かないことが間違いなくベストな方法なんです。
フランスだって、英国だって、貴方が家に戻った時から見れば、随分と監視勢力と頻度が減りましたけれど、依然として細々ながらも他の情報機関と連携しながら監視体制を継続維持していると思われるんです。
その対象人物が、自分達が自由に動ける領域に入って来るとなれば、総力を挙げて動き出す可能性は十分にありますよね。
そんな危険を冒してまで旅行に行く必要がありますか?」
「僕自身は、必ずしも危険だとは思っていませんが、仮にそんな事態に陥ったなら、どんな手を使ってもアズの身は守りますし、僕は無事に帰国するつもりですよ。
貴方の言うように、もしも僕が怪獣を簡単に殲滅できるような化け物なら、逆に彼らが下手な手を打ってくるとは思えません。
化け物の怒りを買ったなら、当該政府が転覆するかも知れないということを十分に理解している筈です。
他国の政府関係者と言うのは、そんなことにも気づかないほど愚かな人達が多いんですか?」
「では、どうあっても海外旅行を強行されると?」
「ええ、一生に一度の新婚旅行ですからね。
そのチャンスを、自分から取りやめにするなんてできません。」
暫くにらみ合って、近藤女史が折れた。
中央でどんな話がなされたかは詳細には知らないが、結果としてパスポートが発行されて手元に届いたので、俺とアズは無事に新婚旅行に出発できたというわけだ。
そんなことが有ったから、正直なところ、K空港での出国手続きでは、何か政府筋が罠でも仕掛けて出国させないようにするかもしれないなと少々ビビっていたよ。
まぁ、事前の黄さん達の情報では、近藤女史と一部の内閣職員の先走りだったことが分かっている。
政府の上層幹部は、いくら監視を続けても何の手掛かりも得られないので、既に俺と言う存在を怪獣退治の英雄とは見ていないようなんだ。
いずれにしろ、申請の段階から政府が難癖をつけて来るとは思っていなかったから、ちょっとびっくりしたわけだけれど、他国の関係機関の動向については、黄さん達のネットワークで引き続き警戒を続けて貰っている。
仮にフランスや英国で何らかの動きや兆候が認められるならば、その段階で予防措置はとるつもりだ。
今のところ、人の命を奪うようなことまでは考えていないんだが、場合によっては、そうする覚悟も出来ているよ。
俺としては、俺とアズの幸せのためにも絶対に後悔だけはしたくないんだ。
◇◇◇◇
パリの現地時間で午後四時頃には、宿泊予定のホテルにチェックインして、俺とアズは軽食(というよりおやつかな?)を食べに部屋を出たよ。
フランスでのディナータイムはものすごく遅いんだ。
名の売れた老舗のレストランだと午後9時が開店時刻で、0時を過ぎた深夜まで営業しているんだ。
日本のファミレスのように、同じテーブルと席を複数の客で使うようなことはさせず、予約が有れば、午後九時の開店から閉店までがその客のオーダー席になるというシステムなんだ。
大勢の人が入るホテルのレストランのような場合は、多少その傾向は薄れるけれど、予約優先は変わらない。
だから、今晩9時からの予約を日本を出発する前にして置いた。
今夜は、豪華なフランス料理で夕食の予定なんだ。
そうは言いつつも、メニューの方は、こちらの予算を言って、シェフのお任せにする予定なんだぜ。
だから何の料理が出て来るかはわからないんだが、それまでおなかが持つように、夕刻にカフェでプチ料理をいただいたわけだ。
晩餐の場所は、ホテル内のレストランだけれど、もちろん正装が求められる。
カフェに行った際は旅装のままだったけれど、夕食時にはブラックタイに着替えて臨むことになる。
アズも事前に仕立てたロングドレスに着替えていたよ。
で、その準備をしている最中に良くない情報が入って来たな。
黄さんのネットワーク情報によれば複数の組織が、俺の周辺の監視を強化しているみたいだ。
俺がフランスと英国に旅行することは、旅行会社に行った時からバレていたようで、その頃から準備を始めていたようだな。
当然のように、俺の宿泊先も部屋の番号まで知られているようだ。
今現在は何も仕掛けられてはいないけれど、レストランでの予約が入った時点で部屋には盗聴器が仕掛けられる手筈みたいだな。
動いているのは、取り敢えずメインがフランス、英国、ロシアに米国だけれど、何故かC国の関係者も入っているようだ。
C国はモンスターの出現により国家自体が崩壊したけれど、当該事件発生前に国外に出ていた人がかなり多数存在するんだ。
おまけに本国政府は消滅したが、各国に置かれている大使館や領事館はその後も生きていた。
それらの残存していた組織と亡命した人々が、日本台湾交流協会のような任意団体の組織をあちらこちらで立ち上げており、その五大組織が米国、日本、フランス、ナイジェリア、インドにあるんだ。
で、その在仏組織が諜報機関じみた非合法の末端組織を動かしているらしい。
黄さん曰く、拠り所を失っているC国関連の任意団体が、思想的には一番過激なんだそうだ。
他の米国等の組織はどちらかと言うと、監視体制の強化だけで今のところ様子見なんだけれど、EUとの兼ね合いもあって、フランス国内では英国以外は動きにくいようだね。
そうして英国以外の組織も非合法活動を行う場合、EUとの関係を損なわずに活動できそうなのが英国国内と考えている節があるようだ。
逆に英国は英国国内の方がやりやすいと考えている勢力とフランス滞在の間が狙い時と考えている勢力の二つがあるようだね。
前者はMI5で、後者はMI6(又はSIS)のようだぜ。
在仏日本大使館は、今のところ動いてはいないようだ。
外交特権を持ち、なおかつ、邦人保護と言う大義名分があっても、日本の役人のほとんどは諜報活動や非合法活動対策にはド素人なんだ。
黄さんのネットワークによる監視網では、念のためパリの警察関係機関も監視対象に組み込まれているよ。
残念ながら末端の警官や憲兵までは監視の目が届かないけれどね。
俺もホテルの従業員については目につく限り、鑑定で見極めるようにしている。
俺の場合、見極めの色分けは三段階。
『無害』、『要警戒』、『要排除』の三つだな。
『要排除』に該当すれば、当該人物は物理的に動けなくするようにするつもりだ。
意識を奪うのもあるだろうし、歩行困難にさせるのもありだな。
やりたくは無いが、最悪、命を奪うこともあり得るだろう。
◇◇◇◇
午後9時からの晩餐はとても美味しかったな。
レストランにまで監視の目が入っていることにはげんなりしたけれど、取り敢えず悪さを仕掛けてきたわけでは無いので、こちらも積極的には動かない。
周囲の目を気にしつつもアズとの会話と食事を楽しんだよ。
晩餐の終了は午後10時半過ぎだったね。
シェフのお勧め料理に合うワインを勧めてくれたソムリエと、料理の説明をしてくれた給仕に些少ながらチップを渡しておいた。
シェフには、感謝の言葉だけを伝えてもらうようにした。
部屋に戻って、本来は結婚初夜になるはずなんだけれど、その前に部屋の大掃除だ。
部屋はスィートを頼んでいるから、リビングとベッドルームは分かれているんだぜ。
で、盗聴器や隠しカメラを徹底的に捜索した。
ベッドルームに盗聴器が三つ、隠しカメラが二つ、リビングにも盗聴器二つと隠しカメラ一つ、バストイレにも盗聴器と隠しカメラが各一個ずつ取り付けられていたな。
これら全部の機能を、物理的に破壊しておいたよ。
非合法組織と言うのかどうか、全くとんでもない奴らだね。
俺とアズは、恋人としてベッドスポーツもそれなりに経験を積んだけれど、これまでは飽くまで非公式なものだった。
この夜からは、晴れて夫婦としてベッドインできるからね。
その日は、色々と思い出造りをしてから、最終的には抱き合ってお休みタイムだったけれど、結局午前三時ころまで起きていたね。
翌朝の起床はきっと遅くなるぞ。




