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【テュテュリン】
「ストーカーだ。ストーカー。かわいい子だったぞ」
ロイエリング家にふらっとやって来たグリエルモはおもしろがっている。
「リッガルト、お前思い当たることないのかよ」
「あるもんか!」
兄さんが女子につきまとわれるっていうのはちょっと考えにくいかな。そもそも女子との接点がないから。
恋愛にうとい兄さんがこれまでに好きになった女の子はたったひとり、シャルロットだけだ。兄さんは認めないけどね。兄さんの初恋が最後の恋にならないように祈ってる。
時々ロイエリング家をのぞいているあのひとには、わたしたちも気付いてた。
フェルナンドさんのストーカーならいてもおかしくない。
「フェルナンドさんは留守ですよ」って声をかけようとすると逃げちゃうし。
ストーカーは3日後にも現れた。
子供たちとのお出かけから帰って来ると、もうすっかり顔なじみのストーカーがロイエリング家をのぞいている。
今日はグリエルモがいなくて、おんぶをねだれないアインシャちゃんも自分の足で歩いてる。そのせいで帰り着くのがいつもより遅くなったんだ。
ストーカーは後ろから近づくわたしたちに気付くと、急いで立ち去ろうとする。
「ちょっと待てよ」
「ひいっ!」
そのひとは行く手をふさいだ兄さんに悲鳴をあげた。
「ここで何してる? お前だれだ?」
「わたしは・・・・・・」
兄さんを見上げた顔には泣きぼくろがたくさんあった。
「キャシュトニーナ・レイン。大尉の友人です」
「フェルナンドさんの?」
たずねるとキャシュトニーナと名乗ったひとは首を振った。
フェルナンドさんには女友だちがたくさんいる。しかも美人ばっかり。このひともよく見るとかわいい顔をしてるからそうだと思ったんだけど。
「ファラムリッドさんのお友達なんですか?」
「はい」
答えながらもキャシュトニーナさんの目は、わたしのとなりに立つルシオンくんに釘付けだ。はじめてルシオンくんを見たひとはみんなこうなるんだよね、と思っていたら
「レイン少尉・・・・・・」
ルシオンくんがつぶやいた。ふたりは知り合いなの?
「お久しぶりです。お元気そうですね」
そしてキャシュトニーナさん。なぜ、子供相手に敬語なの?
「あなたたちがディックルさん?」
わたしたちのことは、ファラムリッドさんから聞いているとキャシュトニーナさんは言った。ルシオンくんの秘密は知っているから安心していいとも言われたそうだ。
つまり、このひとも知っているってことだ。
「彼が帰って来ていると聞いて、居ても立ってもいられなくて・・・・・・」
そう言いながら、キャシュトニーナさんは目をうるませている。
「これからちょうどお茶の時間なの。一緒にいかが?」
「ええ、でも・・・・・・」
「ルシオンくんもそうしてほしいよね?」
キャシュトニーナさんのためらいは、ルシオンくんのうなずきひとつで吹きとんだ。
「一目姿を見たらすぐに帰るつもりだったんです。本当は会ったりしちゃいけなかったのに・・・・・・」
ソファに座ったキャシュトニーナさんはまだそんなことを言ってるからきいてみる。
「どうして会ったらいけないの?」
「それは・・・・・・わたしがミュウディアンだから。プリズナートなんです」
「え!!」
思いもしなかった返答にドキッとする。ちっともそんな風には見えなかったから。おとなしそうなひとなだし。
兄さんの顔色が変わってる。わたしをにらむ目が、なんだってミュウディアンを家に入れたりしたんだって言ってる。
だって、あんな顔したひとを追い返せる?
「それでも、本当は会いたかったんでしょう?」
わたしの言葉にうつむいたキャシュトニーナさんのほっぺがほんのり赤い。
わたし、わかっちゃった。このひとはわたしと同じ。
「あんた、どんな力を持ってる? どうしてミュウディアンがルシオンと知り合いなんだ?」
空気を読まない兄さんはいきなりド直球の質問を投げつけた。
「・・・・・・ひとの心が読めます。でも心配しないで! こうやって手袋をしてるから。直接相手に触れないと読心は発動しないんです」
そう言えば、キャシュトニーナさんは分厚い革の手袋をしている。夏なのに。
「そんなもんで安心できるか! とにかく、絶対に俺たちに触るなよ!!」
警戒心をあらわにした兄さんは毛を逆立てた猫みたい。
あーあ、何度もうなずくキャシュトニーナさんはすっかり小さくなっている。ひとの心が読めたりすると色々たいへんなんだろうな。
「それで。ルシオンとはどんな関係なんだ?」
ザックウィックを倒すため、プリズナートとセイラガムが一緒に戦ったことがある。フォート・マリオッシュを消滅の危機から救ってもらった。
兄さんの質問にためらいもなく答えるキャシュトニーナさん。大まかなことはフェルナンドさんから聞いていたけど、キャシュトニーナさんの話には臨場感があった。
「わたしたちに話しちゃってもいいの?」
トップシークレットってやつなんじゃないのかな。
「あなたたちのことはロイエリング大尉が信頼しているから」
わたしと兄さんはお互いの顔をチラリと見交わした。兄さんも居心地が悪かったんだね。
「“マリオッシュの奇跡”ねぇ」
兄さんはアインシャちゃんとおやつを食べているルシオンくんに目をやった。わたしは恐ろしい姿に変わってしまった“祈りの乙女”を思い出していた。
「わたしはずっと一緒にいたんです。あの時彼がいなければマリオッシュはなくなっていました」
自分のことのように誇らしげなキャシュトニーナさん。
兄さんはうまく話をそらせたみたい。本当はまじめな兄さんはうそが苦手だ。
「はずさないでいてくれたんですね」
ルシオンくんの前にかかげたキャシュトニーナさんの左手首にはリストバンドが巻かれている。
あれ。ルシオンくんもリストバンドをしていなかったっけ? 似たような白いやつ。
もしかして、おそろいなの?!
「これを見てはあなたと一緒にいたことは夢じゃなかったと確かめていました。でも、もう、会うことはないんだろうなって・・・・・・」
キャシュトニーナさんの瞳から大粒の涙がこぼれた。ルシオンくんは余計なことは言わない。たったひと言を静かにつむぎだす。
「ただいま」
キャシュトニーナさんは涙をぬぐってほほえんだ。
「おかえりなさい」
見つめ合うふたりには、強い絆が確かにある。それがどんなものかはわからないけれど。
アインシャちゃんもそれを感じたんだね。ルシオンくんにぴったりと身体をすり付けている。
キャシュトニーナさんにはアインシャちゃんににらまれている理由がわからないみたい。
口数の少ないルシオンくん相手に会話がはずむことはなく、キャシュトニーナさんはプリズナートの仲間の近況なんかを話していた。
アインシャちゃんをはり付かせたままのルシオンくんは、お菓子をつまみながら黙って聞いている。
ミュウディアンなんてみんな堅苦しいひとばっかりだろうと思っていたけど、そうでもないんだね。
「ブロックフィッチのことも知っているのか」
めずらしいこともあったもんだ。兄さんがおしゃべりに口をはさむなんて。
「ええ。ミュウディアンはみんな同じ宿舎で暮らしてますから」
ちらっとわたしの顔を見た兄さん。なに? 今のは。
「ウルリカ・カストレンとも知り合いか」
意外な名前がでて来てちょっとびっくり。
ブロックフィッチは7人中5人が女性なんだって。プリズナートにはキャシュトニーナさんだけだから、ブロックフィッチの女性たちはなにかとキャシュトニーナさんを気にかけてくれるらしい。
「ウルリカさんは自分にもまわりにも厳しいけど、面倒見もいいひとなんです。わたしなんていつも助けられてばかり」
「そんな感じだよな」
兄さんったらうれしそう。
「わたしがマリオッシュに来たばかりのころ、ブロックフィッチのみんなからは避けられていたんです。リーディングがあるせいで。
いつもそうだったから仕方ないと思っていました。
そんな時、ウルリカさんから手袋をもらって、“これでもキャシュトニーナとは話せないってビビリはいるかな?”って言ってくれたんです」
「そいつはいいや」
愉快そうに笑う兄さんにキャシュトニーナさんの緊張も解けたみたい。
キャシュトニーナさんはウルリカさんのエピソードをいくつか披露して帰って行った。
「また来いよ」
帰り際、兄さんがかけた言葉にキャシュトニーナさんもわたしも驚いた。
「わたしはルシオンくんに会うわけには・・・・・・」
「ルシオンに会いに来るんじゃない。友達に会いに来るんだ。あんたとテュテュリンは友達だろ?」
ぱっと笑顔になるキャシュトニーナさん。でも、すぐに笑顔は消えてしまう。
「本当にいいんですか? わたしはひとの心が読めるんですよ」
「手袋をしてれば大丈夫なんだろ?」
「それはそうですけど」
「だったら問題ない。そのかわり俺か妹の心をちらっとでも読んだら殺すからな」
キャシュトニーナさんは必死にうなずいている。
「あの。テュテュリンさん」
「リンでいいよ。友だちなんだから。わたしはなんて呼んだらいい?」
「じゃあ、キャナで」
キャナはわたしより2歳年上らしいけど、ちっともそんな気がしない。
「それじゃ、リン、また来てもいいかな?」
「いつでもどうぞ。でも、次に来たらちゃんとドアベルをならしてよ」
苦笑いを浮かべるキャナを見つめる兄さんはうれしそう。
兄さんたら、なにをたくらんでるの?
いいよ。のってあげる。わたしとキャナはそのうち本当の友だちになれる。
そう、これは確かな予感。




