2-1
【リッガルト】
バイトを始めてしばらくすると、子供ふたりの相手を3人ですることが増えてきた。俺とテュテュリン、それにグリエルモの3人で。
元々グリエルモは3日に1度は俺たちの家に遊びに来ていた。家にいない時はロイエリング家にいると学習したらしい。
俺たちは遊んでるワケじゃない。「帰れ」と言っても、「まあまあまあ」と居座っているグリエルモはよっぽどヒマなんだろう。
ロイエリング夫妻は俺たちの友達ならと気にしていない。
人懐っこいグリエルモはすぐにアインシャと仲良くなった。ちゃっかりままごとの役ももらっている。
俺がペットの犬なのに、グリエルモが修理屋なのは納得いかない。俺の方が先だし長く一緒にいるんだぞ。
遊び相手が増えてアインシャはますますわがままになっているような気がする。
「アインシャちゃんは女王様だからね。家来が増えてうれしいんだよ」
テュテュリンはとんでもないことをさらりと言って笑ってる。俺たちはチビの家来じゃないぞ。それなのに思い当たることが多過ぎて気が滅入る。
この間もそうだった。浜辺で遊んだ帰り道、アインシャと同じ年頃のチビとすれ違った。その女の子は母親に手を引かれ、もう片方の手には人形を持っていた。
大事そうに抱きかかえる人形は店で売っている物には見えなかった。
「あれがほしい」
俺たち3人は顔を見合わせた。また、アインシャのわがままが始まった。
「あれって?」
ルシオンがきくとアインシャは女の子が持っている人形を指さした。
「あれはあの子のだよ」
「ほしいの!」
一歩も譲らないというアインシャの顔を見て、ルシオンは女の子を追いかけた。
「その人形ちょうだい」
いきなりそんなことを言われた親子は露骨に警戒している。そりゃそうだ。
「突然ごめんなさい」
テュテュリンが事情を説明して売って欲しいと頼んだが、きっぱり断られた。
その人形は母親が娘のために手作りしたものだったんだ。親子は逃げるように去って行った。
すっかり機嫌を損ねたアインシャはその場に座り込んで動こうとしない。
俺たちはなんとかなだめすかして、とりあえずトイショップに連れて行くことにした。歩こうとしないチビはグリエルモが負ぶった。
アインシャはグリエルモがいるときにしか負んぶはねだらない。テュテュリンやルシオンじゃ負んぶはきびしいからガマンするのはわかる。
だが、どうして俺にまでねだらないんだ? 体力なら誰にも負けるつもりはない。
どうしてグリエルモはよくて俺はダメなんだ?
「兄さんがこわいからじゃないの」
妹よ、俺のどこが怖いってか?
あんなわがままチビを負ぶりたいワケじゃないが面白くない。
トイショップに着くとアインシャはルシオンが人形売り場に連れて行った。
これで一件落着と思ったんだが、ふたりは何も持たずに戻って来た。気に入る人形がなかったらしい。
その後ずっと機嫌の悪いアインシャの暴君ぶりは、ルシオンですらぐったりさせるほどだった。
叱っても言い聞かせても、一切耳を貸さないアインシャの横暴に振りまわされる俺たちは、まさしく女王様の家来だ。
ああ、腹が立つ!
アインシャにどんなに困らせられても、突き放したりしないテュテュリンにはいつも感心する。
「仕方ないよ。アインシャちゃんはまだ小さいんだから」
今回も聖母のようなことを言いながら縫物をはじめた。
「何を作っているんだ?」
たずねると「内緒」だと。
妹はすぐに秘密にしたがる。別にどうでもいいことだが秘密にされると気になるもんだ。俺は関心のないふりをしながら、何ができるのかこっそり様子をうかがっていた。
最近は着ているところを見なくなった服を引っ張り出してきてハサミを入れる。色んな形、大きさに切り抜いた布が2枚ずつできると、同じものを重ねて縫い始めた。
次に、古いクッションから抜いた綿を袋状に縫っておいた布に詰めていく。
パンパンに綿が入ったら袋を閉じて縫い、6個のパーツができた。いちばん大きなパーツに小さいパーツを縫い付けていくところを見て、やっとわかった。
テュテュリンはアレを作っているのか。
バイトがない日にはいつも縫物にかかりっきりだったテュテュリン。なにしろはじめて作るものだ。大雑把な手順は知っていてもすんなりとはいかない。
切り抜いた布が小さかったり、縫い目がゆるくて綿がはみ出したりと、色々あって相当てこずっていた。
それでも丸々5日かけて完成した時には心底ほっとした。
「よろこんでくれるかな?」
不安そうなテュテュリンの手は絆創膏だらけだ。
「絶対、喜ぶさ。喜ばなかったら殴ってやる」
「兄さんったら、大げさなんだから」
妹よ。俺は本気だぜ。
その日のバイトは午後からだった。家に遊びに来ていたグリエルモも当然のようについて来た。ファラムリッドが出かけると早速、テュテュリンはアインシャに声をかける。
「プレゼントがあるの」
後ろ手に隠していたものを渡されたチビは無反応だ。
なんで喜ばないんだ? おまえが欲しがっていた手作りの人形だぞ。
「おやつの支度するね」
予想外の反応に気まずくなったのだろう。テュテュリンはキッチンに逃げ込んだ。
その後、アインシャに耳打ちされたルシオンが人形を持ってテュテュリンの元へやって来た。
「いらないって」
信じられない言葉に俺の怒りは一気に沸点を超えた。黙って人形を受け取ったテュテュリンは涙ぐんでいる。
「どうして泣いているの?」
ルシオンの言葉に耳を疑う。こいつにはテュテュリンの気持ちがわからないんだ。
誰であろうと俺の妹を泣かせるヤツは許さない!!
「兄さん、落ち着いて。わたしならだいじょうぶ」
そんな顔でそんなセリフ。説得力ゼロだ。
「アインシャちゃんがほしかったのはお母さんの手作り人形なんだよ。だから、わたしが作ったものじゃダメなんだ」
そういうことか。あの時アインシャが駄々をこねたのは、母親の手作り人形がうらやましかったからなのか。本当ならファラムリッドが人形を作るべきだったんだ。
だが、あの不器用なファラムリッドには無理だとアインシャでも知っている。だから、代わりにテュテュリンが作ってやったのか。
そうだとしても「いらない」はないだろ。
テュテュリンの気持ちを踏みにじり、努力をムダにするのは許せない。指に何度も針を刺して痛い思いをしながらがんばって作った人形なんだぞ!
俺はアインシャの前に立った。どうしてくれよう。手をあげたらバイトはクビだ。
知ったことか!
「やった! いらないんならオレがもらってもいいよな?」
場違いな声に俺たちは振り返った。
「その人形、オレにくれよ」
グリエルモはうれしくてたまらないって顔だ。なんだって人形なんか欲しがるんだ?
「オレが住んでるアパートにモークって子がいて、その子が人形を欲しがっていたんだ。ちょうどこんな感じの人形が欲しいって言ってた」
テュテュリンから人形を受け取ったグリエルモのテンションはさらに上がる。
「うあー! ふわふわしてて気持ちいいなあ! 笑った顔をしてるんだな。味があってかわいいなあ!
すげえ! 服は脱がせられるのか。別の服も作ってくれるかい? モークはひらひらした服が好きなんだ」
ほめちぎられたテュテュリンは戸惑いながらもうなずいている。よくまあ、どうってことないものをそこまでほめられるもんだ。
「着せ替えもできる世界にたったひとつの特別な人形だ。モークは泣いて喜ぶだろうなあ。ああ、絶対そうだ!! 渡すのが楽しみだなあ!」
グリエルモの一人芝居を見せられたアインシャが動いた。突然2階にかけ上がって下りて来た時には人形を持っていた。いくつも持っている人形の中でいちばん新しいヤツだ。
それをルシオンに渡して耳打ちする。
「わかった」とうなずいたルシオンがグリエルモの所へ行き、アインシャに渡された人形を差し出す。
「モークにはこれをあげて」
ははん。そういうことか。
「オレはリンちゃんの人形の方がいいんだけどな」
グリエルモは、テュテュリンを泣かせたアインシャにちょっとしたお仕置きをするつもりらしい。
「それにその人形、買ってもらったばっかのやつだろ。勝手にひとにやったりしていいのかよ。叱られるんじゃないか」
アインシャは一瞬ひるんだ顔をしたが、すぐに元の強情な顔に戻った。ファラムリッドに叱られるのはイヤなはずだ。だからといってあきらめるようなチビじゃない。
「いいの!」
一声叫んだアインシャは、グリエルモの手からテュテュリンの人形をひったくって2階にかけ上がった。ドアの閉まる音。子供部屋に逃げ込んだんだ。
俺たちは顔を見合わせて笑った。
「見たか? アインシャのあの顔!」
爆発寸前だった俺の怒りはすっかり消えている。テュテュリンの涙も消えている。
「モークは男なんだけどな。人形よりもロボットが好きな」
グリエルモの告白に俺たちはさらに大きな声で笑った。
「まったくおまえは大した役者だよ!」
愉快! 愉快!
「ちょっと薬が効きすぎたかな」
グリエルモは2階を見上げた。
「そんなことあるもんか。テュテュリンを泣かせたんだ。あのわがままチビにはいい薬だ」
「アインシャをだましたの?」
あ。こいつがいたのを忘れてた。ルシオンはグリエルモの顔を見つめる。
「どうして?」
こいつは何もわかっちゃいない。
幼い頃に母親から引き離され過酷な環境で兵器として育てられたルシオンは、自分の感情にも他人の感情にも鈍感だとは聞いている。これでも大分ましになっているらしいが。
「グリエルモは悪くないの。わたしのためにしてくれたことなんだから」
テュテュリンは気がとがめたのだろう。気まずそうな顔をしている。そんな必要はないのに。
「いいか。アインシャはテュテュリンの気持ちを踏みにじったんだ」
俺は妹がどんな思いでどれだけ苦労して人形を作ったのかを話して聞かせた。その後にテュテュリンが付け加える。
「アインシャちゃんは、ファラムリッドさんにお人形を作ってほしいのはわかってたんだ。でも、それはムリだから代わりになればと思ったの」
テュテュリンの優しさ、思いやりってヤツをしっかり感じ取れ!
しばらく考え込んでいたルシオンが口を開いた。
「いらないっていわれて悲しかったの?」
テュティュンは少しためらってからルシオンの目を見る。
「すっごく悲しかった」
そうだ、言ってやれ。本当のことを教えてやった方がこいつのためだ。
「ごめんなさい」
すっかり元気をなくしたルシオン。いい気味だ。
「だれが悪いわけでもないよ」
うちの妹は自分を傷つけた相手にすらやさしい言葉をかけてやるんだ。
その後、アインシャのいちばんの人形はテュテュリンが作ったものになった。
アインシャが人形に話しかけている時のテュテュリンはうれしそうだ。着替えの服を作ってやるんだとはりきっているから、俺の心配はつきないんだが。
今回の件はグリエルモの大手柄だ。本当に感謝している。俺みたいに腹を立てたところで事態を悪化させるだけだし、テュテュリンみたいに泣いてたって何も解決しない。
なんだかんだで、グリエルモには何度も助けられている。たちの悪いアインシャのわがままをなんとか制御できているのはグリエルモのおかげだ。
グリエルモはアインシャの家来のふりをしながら、その実、アインシャをうまく操っているような気がしてきたぞ。俺たちよりよっぽど優秀なベビーシッターなんじゃないか。
グリエルモがロイエリング家に来るのを拒む理由はなくなった。




