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【リッガルト】
「“マリオッシュの奇跡”の特殊能力者がまた救ってくれた」
リトギルカに強襲された後、そんなうわさを何度も聞いた。俺が絶対障壁だと思ったものはヘザーウォールじゃなかったんだ。
正確には、最初にマリオッシュをおおった虹色の障壁は、ということらしい。虹色のウォールはすぐに白色に変わっていた。
聞いたところによると、マリオッシュの奇跡のときのヘザーウォールを超えるヘザーウォーは虹色だったそうだ。そして、本物のヘザーウォールは白く輝く。
要するに、ウルリカは間に合わなかったんだ。
じゃあ、ブロックフィッチがヘザーウォールを展開するまでの間、マリオッシュを守ったのは誰なのか。心当たりはひとりしかいない。
あの日、テュテュリンたちも間に合っていなかった。心配した通りだが、シェルターの扉がゆがんでいて開かなかったのはテュテュリンのせいじゃない。
あやうく戦闘飛行艇の墜落に巻き込まれそうになった時、虹色のウォールが現れたと聞いて確信した。間違いない。やっぱりあいつだ。
「気になるんなら直接ルシオンくんにきいてみたら?」
テュテュリンに言われて鼻を鳴らす。
「そんな必要はない」
きいたら助けてもらった礼を言わなくちゃならないだろが。
ウルリカの気持ちを考えると複雑な気分になるんだ。俺だってがんばったんだぞ。間に合わなかったけど。
とにかく、噴火で痛めつけられていたマリオッシュは、これ以上悲惨なことにはならずにすんだ。
悲惨な目にあったのはリットー(リトギルカ人の蔑称)の方だ。
マリオッシュの軍人は家族と離ればなれになってさびしい思いをしていた。噴火でレジャー施設が閉鎖されてエネルギーを持て余していた。
そんなところに飛び込んで来た敵は格好の生贄だった。ため込んだ不満やエネルギーをぶつけるための。
勝利を収めたマリオッシュはいくらかの活気を取り戻したようだった。
俺たちの生活にも変化があった。俺もロイエリング家で働くことになったんだ。
別にこっちから頼み込んだワケじゃない。向こうからテュテュリンを通じてボディガードを頼めないかと言ってきたんだ。
チャンスだった。面倒な工作をしないで自然に入り込める絶好のチャンス。
護衛の対象はふたりの子供だ。ひとりはロイエリング家の娘で3歳のアインシャ。もうひとりはルシオン。ベビーシッターをしているテュテュリンの受け持ちと同じだ。
ベビーシッターがいるのにボディガードまで付けるのか。
この話を聞いたのは俺たちが借りている家のリビングだった。
「過保護過ぎるだろ」
あきれる俺にテュテュリンが事情を説明する。
「この間はもう少しでここも戦火にのまれるところだったでしょ。それでファラムリッドさんたちは不安になったみたい」
ふつうはそうかもしれない。だが
「ルシオンにボディガードが必要か?」
ロイエリング夫妻はルシオンの正体を知っている。テュテュリンは少し考えてから口を開く。
「ルシオンくんに力を使わせたくないんじゃないかな。秘密がばれちゃうかもしれないから」
確かにその危険は高くなる。“マリオッシュの奇跡”のヴァイオーサーのうわさが再燃した今となってはなおさらだ。
とにかく、ロイエリング家で働けるのなら断る理由はなかった。
「態度には気を付けてよ。それでなくても兄さんの顔は不機嫌に見えるんだから」
バイトの初日、ロイエリング家の玄関先でテュテュリンに言われた。まるで母親みたいなセリフだ。
「うるさいなあ。言われなくてもわかってるよ。俺だって、こんなまたとないチャンスをつぶす気はないんだ」
なんとなく、母親に反抗する息子のセリフってのを言ってみた。母さんが生きていたらこんなやり取りをしたんだろうな。
俺たちに親はない。4年前に父さんが戦死して、後を追うように母さんも死んだ。
立ち直れなくなるくらい大きなショックを受けたが、いつまでもふさぎ込んではいられなかった。テュテュリンが災難にあうようになったんだ。
自分のことどころでなくなった俺は、テュテュリンを守ろうと必死だった。料理、洗濯、掃除・・・・・・ ひとりで全部引き受けた。
テュテュリンにやらせると決まって大変なことになったからだ。
そんな時、俺たちが通っていたミュウディアン・アカデミーの校長が家にやって来た。
母さんの葬儀が終わって1か月が過ぎていた。寮に戻って来いと言われるのだと思った。こんな状態のテュテュリンをひとりにはできない。
俺の不安ははずれた。俺たちに用があるのは校長と一緒に来た見知らぬ人物の方だったのだ。軍服の男は父さんと同じ匂いがした。
男は俺たち兄妹にひとつの提案をした。ある仕事を引き受ければ一切の生活の面倒をみてくれると言う。
“ソアレス9”に行って、ひとりの少女の監視と護衛をすること。それが仕事の内容だった。
父さんの年金はあるが充分な額じゃない。それに、ふたりで住むにはこの家は広すぎる。いつまでも両親の思い出に浸って悲しんでいるよりはましかもしれない。
違う島で新しい生活を始めれば何もかもうまくいくような気がした。
こうして俺たちはシャルロット・リデルハーツに出会った。
ふたりっきりだったのが、また3人になった。それからの4年は本当に楽しかった。
シャルロットは太陽みたいに明るくて、俺たちが引きずっていた悲しみの影を薄れさせてくれた。今思うと、俺の18年の人生でいちばん幸せだった。
――――だが、もう、二度とあの時間は戻らない。
2か月ぶりに再会したルシオンは何も変わっちゃいなかった。
あんなことがあったのに!
ふつうの子供のように兄妹ごっこをしてるのを見ると腹が立った。
チビのアインシャはルシオンにゾッコンで、いつもべったりだ。
あんなにまとわり付かれちゃうるさそうだが、ルシオンはまんざらでもないらしい。はた目には仲のいい兄妹のようだ。
セレンツ山の噴火で学校は休校、幼稚園は休園になっている。
俺たちはアインシャの母親が仕事の時はずっと付きっ切りだ。夜勤の時は泊まり込みになるし、2、3日続くこともある。
テュテュリンはすっかりアインシャの母親代わりだ。食事をさせたり、風呂に入れたり、かいがいしく世話を焼いている。俺から見ればままごとみたいなもんだが。
これだけ四六時中一緒にいれば、すっかり仲よしお友達、というのがふつうなんだろう。
ところが、チビのアインシャはちっとも俺になつかない。俺はチビの機嫌を取ったりはしない。俺の仕事はボディガードだ。別に仲よくなる必要もない。
「兄さんの方がずっと年上なんだから仲よくしなきゃでしょ」
「面倒臭い」
「信用されなきゃボディガードは務まらないよ」
痛いところを突かれて反論できない。
「わかったよ。仲よくすればいんだろ。それくらい俺にだって・・・・・・」
チビを手なずけることくらい、簡単なはずだ。
「アインシャ、遊んでやるよ」
笑顔、笑顔。優しいお兄ちゃんになりきるんだ。
ところが、俺を見上げるアインシャは詐欺師を見るような目つきをしてやがる。こんなチビにビビってどうする!
「何して遊ぼうか」
断るなら断れ。でも、こんなチャンス、二度とないからな。
「おままごと」
この年になってままごとの相手をするハメになるとは思わなかった。
お兄ちゃんをなめるなよ。テュテュリンがままごとを卒業するまで、さんざん付き合わされたんだ。慣れたもんよ。
アインシャの仕切りで配役が決められていく。
「ルシオンはダーリン」
だろうな。
「リンリン(テュテュリン)はあかちゃん」
そうくるか。
「ガルー(リッガルト)は・・・ワンワン」
ちょっと待て――!! 俺は人間ですらないのか!
「やってられるか」
口の中でつぶやいた。テュテュリンがニコニコしながらこっちを見ているが、目は笑っちゃいない。
リビングのすみにソファを並べて仕切り新婚さんの新居を作った。犬の俺は庭で遊んでいるという設定だ。
朝、起きてからの新婚さんの一日を演じていく。これがアインシャの夢見る新婚生活ってワケだ。女ってのはチビのころからこんな妄想ばかりしてるのかね。
「ガルー、おさんぽにいこう」
アインシャは俺の首に結んだスカーフの端を引っぱって、リビングの中をひとまわりする。犬はおとなしく付いて行くさ。四つんばいで。
散歩が終わると今度は目の前にクラッカーを山盛りにした皿が置かれた。
「ガルー、たくさんたべてね」
エサのつもりらしい。犬が手を使って食べるワケにはいかない。どんな役だろうと完璧に演じなければ気がすまない自分が恨めしい。
顔を床にこすりつけるようにしてクラッカーを食べる自分の姿に、はずかしさがこみ上げてくる。
皿をひっくり返してクラッカーをぶちまけたい!
そうしなかったのは、新居に寝かされている赤ん坊のテュテュリンがせき払いをしたからだ。
「やってられるか」
口の中でつぶやくだけにしておいた。
その後もアインシャは何度も俺のところにやって来た。
「ダーリンがごはんおいしいって」
「ダーリンがおはなをくれたの」
のろけ話か!
犬の役なんか、二度とやるもんか。そう思っていたのに、アインシャは毎日のようにままごとをやりたがった。そして、配役は毎回同じときてる。
それでもアインシャとの距離が縮まっているというのならガマンのかいもあるが、あのチビは少しも俺になつこうとはしない。
そのくせ、何をしていても俺に視線を送って来る。
・・・・・・もしかして、監視されている?
18歳の俺が3歳のチビに?
考え過ぎだ。
そうは思ってはみても、アインシャと視線が重なる度にドキリとする。そんなはずはないのに、俺たちの計画に感づかれているような気がして胸がざわつくのだった。




