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【リッガルト】
遠くで爆発音がしている。長距離射程を持つ要塞砲バリザードの攻撃が始まったんだ。
できればその威力を自分の目で確かめたかったが、あいにく今の俺は、ウルリカというブロックフィッチの女を背負って軍本部へと急いでいる最中だ。
さっきは、急にあんな顔をするから驚いた。
本当は不安でたまらなかったんだな。もし、あのまま軍本部にたどり着くことができなければ、絶対障壁は展開できない。マリオッシュは大きな損害をこうむっただろう。
それはブロックフィッチの存在意義を失うことを意味する。
ミュウディアンとして生きる特殊能力者は、戦果をあげることで存在意義を証明し続けなければならない。
俺もテュテュリンもヴァイオーサーだ。18歳になったらミュウディアンになることが決まっている。
ならずにすむ方法もあるが、その場合はFODチップを身体に埋め込まれることになる。危険と判断された時点で。子供だろうが容赦なしだ。
FODチップは一般社会で暮らすヴァイオーサーを管理するためのものだ。
信号を発信して常に居場所を知らせ続け、特殊能力を使うと信号の波長が変わる。力を使ったらすぐにバレて処罰されるって仕組みだ。
ミュウディアンになると決心すれば、FODチップを免除される代わりに全寮制のミュウディアン専門の学校に入れられる。
そこで教育と訓練を受けて18でめでたくデビューとなる。
ヴァイオーサーの扱いはアビュースタもリトギルカも変わらない。軍事利用できなければ、脅威なだけの存在ということだ。
俺とテュテュリンはシャルロットの護衛をするために、特例としてふつうの学校に通っていた。チップなしでだ。
護衛の仕事がなくなった今、俺たち兄妹のいるべき場所はミュウディアン・アカデミーだ。
だが、俺たちにはやらなくてはならないことがある。だから、命令書を持った迎えが来る前に、逃げた。
マリオッシュに入るため書類は2種類用意した。ひとつは当りさわりのないことが書き並べてある。もちろん全部でたらめだ。マリオッシュを出る時に必要になる。
もうひとつは、マリオッシュに着いた日に審査官の胃袋に収まった。それを読むと書かれている通りに行動するという書類だった。
障壁を通り抜けるための秘策として考えだしたのは俺だ。暗示の力を持つヴァイオーサーを探し出し、テュテュリンにヴァイオスを複製させて作った。
残った方の書類には、俺たちの身体にはFODチップが入っていると書いてある。ウソがバレれば面倒なことになる。
だから、なるべく力は使いたくないし、どうしても必要なときは他人に見られないように気を付けなくちゃならない。
「ありがとう」
背中の女がしおらしい声でささやいた。なんだかむずがゆくて、つい憎まれ口をたたきたくなる。
「あんた、見かけより重いな」
「うるさい!! これでもダイエットしてるんだ!」
「女はみんないつでもダイエット中なんだな。そのくせなんだかんだ言いわけしてうまそうなものはしっかり食べるんだ」
テュテュリンがそうだ。そこをつつくと機嫌が悪くなるから余計なことは言わないようにしている。
「女は欲張りなんだ。美しさとおいしいもの、どちらか片方を選ぶなんてできない」
妹とは違う反応だ。これが大人の女ってもんか。
「そっちじゃない。右に曲がって」
ウルリカが声を上げた。俺は得意になって言い切る。
「いいんだよ。こっちが近道なんだ」
頭の中の地図によるとこの先の地下道を通るのが軍本部への最短ルートだ。
ところが。そこまで行ってみると、地下道の入り口には立入禁止の黄色いテープが貼られていた。中をのぞくが出口が見えない。なんだ? どうなってる?
「地震のせいだ」
ウルリカの言葉にはっとする。確かにセレンツ山の大規模な噴火の後、何度か地震があった。
「くっそー! 前に来た時には通れたんだ。本当だ。自分の目と足で確かめたんだ!」
俺は何をむきになっているんだ?
「別の道を行こう」
ウルリカの声はあせっている。大きなタイムロスだ。
俺の肩をつかむウルリカの手に力が入っているのがわかる。
くそっ!
来た道を戻る俺の足はだんだん速くなる。足にだけ馬鹿力を使っていた。
ウルリカに俺がヴァイオーサーだってことがバレるかもしれないってのに。
俺は、なんだってこんなことをしてるんだ?
「見えた! 軍本部だ」
大通りに戻るとどんぴしゃり。だがまだ遠い。
なんだ? 静かだ・・・・・・ 爆発音がしない!
バリザードの先制攻撃で敵艦隊の戦力をそいで足並みを乱した後、駐留艦隊が出撃して残存戦力をたたきつぶすのがマリオッシュの戦い方だ。
すぐに艦隊戦がはじまって敵の戦闘飛行艇が飛んで来る。今こそヘザーウォールが必要だ。
「急いで」
ウルリカの感情を殺した声がいよいよ時間がなくなったのだと訴えている。俺はグレートパワー全開で走った。
あと少し! あと少し!!
そのとき、空気が震えるような音がした。
空を見上げるとリトギルカのスカイフィッシュの群れが近づいて来る。すぐにマリオッシュのスカイフィッシュと交戦状態に入るだろう。
頼む! もう少しだけ持ちこたえてくれ。
軍本部にたどり着いたときには口がきけないほど息が上がっていた。
「無理に付き合わせてすまなかった。助けてくれてありがとう。落ち着いたら私を訪ねて来て。お礼がしたい」
両脇を兵士に支えられて仲間の元へ向かいながらウルリカは叫んだ。
行くわけないだろ。ミュウディアンとは関わりたくはない。それでも同じ島にいるんだ。ばったり出くわすこともあるかもしれない。グリエルモがそうだったように。
軍本部を出ると、敵のスカイフィッシュがマリオッシュ上空を飛び交っていた。迎撃のすき間を抜けて来たのか。
そのとき、1機のスカイフィッシュが煙を上げながら落ちて行くのが見えた。あの方角はロイエリング家がある住宅街だ。ヘザーウォールはまだか!
テュテュリンはもうシェルターの中にいるよな。絶対そうだ。
【テュテュリン】
スペアキーでロイエリング家に入って2階にかけ上がる。
「ルシオンくん、アインシャちゃん、いる?!」
子供部屋のドアを開け放つと
「やっぱり!」
わたしの肩ごしに子供部屋をのぞいたグリエルモが口笛を鳴らす。
「こいつは大物だ」
ふたりはベッドにいた。さっきまで耳をつんざくようなサイレンの音がしてたっていうのに。ファラムリッドさんだって起こして行ったはずなのに。
「起きろー!」
大声で叫んで毛布をひっぺがす。抱き合って眠っている子供たちはほほえましいけれど、今はそんなときじゃない。
起き上がって目をこすっているアインシャちゃんはグリエルモにまかせて、ルシオンくんを起こしにかかる。先にあやまっとくね。
「ごめん」
平手でほっぺをひっぱたくとびっくりするような大きな音がした。ひるまずにもう一発。ルシオンくんの寝起きが悪いのは織り込みずみだ。
外にでると遠くで爆発音がしていた。たぶんこの音がバリザードなんだ。マリオッシュにはすごい要塞砲があるって、兄さんが言ってた。
この音がやむ前にシェルターに入らないと敵のスカイフィッシュが飛んでくる。
わたしたちは走った。アインシャちゃんはグリエルモがおんぶしてるから、シェルターに着くのにそんなに時間はかからなかった。
シェルターのドアに手をかけたグリエルモがわたしの顔を見る。
「開かない」
よく見ると扉が少しゆがんでる。ぐずぐずしてらんない。すぐに別のシェルターに行かないと。
来た道を戻ることになって上り坂だ。今度は思ったより時間がかかってしまった。途中で脇道に入ると下りになる。坂道を下りた先がシェルターだ。
「ヤバイ! 急げ!!」
グリエルモが叫んだ。スカイフィッシュの群れが空に広がっていく。そういえばバリザードの音がしない。
味方のスカイフィッシュががんばってるけど、マリオッシュに近づけないようにするのはたぶんムリ。
すきをついて飛びだした敵機が1機、2機とこっちにやって来る。
「ヤバイ! ヤバイ!! ヤバイ!!!」
坂道を転がるようにかけ下りるグリエルモもあせってる。
「見えたぞ! シェルターだ!」
そのとき、空の上で大きな音がした。見上げると敵のスカイフィッシュが煙を上げながら落ちてくる。
走る落ちる走る落ちる走る落ちる走る落ちる
なんでこっちに来るのおおおおおっ!!
迫るスカイフィッシュ! もうダメ!! 逃げきれない!
わたしはとなりを走っているルシオンくんを押し倒して、その上におおいかぶさった。ありったけの力でバリアをはる。
ないよりはマシという程度のものだけど、ルシオンくんだけでも助かってくれれば。
わたしがルシオンくんを守って死んだと知ったら、兄さんはどんな顔をするかな。
アインシャちゃんの悲鳴とグリエルモの叫び声、くぐもった爆発音、急に遠ざかる戦闘の音。
――――――
顔を上げるとグリエルモと目があった。すごくびっくりしたような顔をしてる。バリアを見られちゃったのかも。
「スカイフィッシュはどこに行ったの? ここに落ちてくると思ったんだけど」
立ち上がりながらたずねるとグリエルモは上を指さした。ルシオンくんを助け起こして空を見上げる。
「ヘザーウォールが間に合ったんだね」
マリオッシュの空はバリアにおおわれていた。虹色に輝くドーム状のバリアの下の方は海にまで届いてる。スカイフィッシュはみんなウォールの外だ。
これでもうマリオッシュは安全だ。わたしたちは助かったんだ!




