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【リッガルト】
マリオッシュの地図は頭にたたき込んだ。地形、道路や軍事施設の位置・・・・・・
もちろん、その辺で売っている地図もあるにはあるが正確じゃない。測量が間違っていたとか、印刷のミスとか、そういうのとは違う。
あるはずの軍事施設が載っていなかったり、軍港の位置がずれていたりする。
ここは要塞島、フォート・マリオッシュ。地図がリトギルカの手に渡った時のことを考えて、わざとそうしてあるんだ。
普通に生活する分にはそれで充分だが、俺たちの目的のためには正確な情報が必要だ。
頭の中に間違いを訂正した地図ができると、次は軍備の実態を調べる作業に取りかかった。
それが役に立つことがあるかはわからないが、準備は入念にしておくに越したことはない。成しとげたいことが大きければ大きいほど。
とはいえ、基地内に一般人は入れないし、どうしたものか。
俺は軍本部前のレストランにいる。遅い昼食を食べながら軍本部に出入りする人々をながめていた。
軍人ばかり気にしていた俺は、通りを行き来している一般人には目もくれていなかった。
だから、目の前の窓ガラスに張り付いた顔を見るまで、顔見知りがガラス一枚隔てた向こう側にいることに気付かなかった。
「よお、久しぶり! こんなところでなにしてんの?」
見ればわかるだろ。食事だよ。
レストランの中に入って来たそいつは断りもなく俺の前の席に座った。目尻の下がった細い目が笑っているように見える顔。
マリオッシュに着いた日に船の上で出会った男だ。
男はなにか言おうとして困った顔になった。
「名前、なんて言ったっけ? 忘れちまったよ」
悪びれた様子もなくたずねる男に、俺はすまして答える。
「教えてないし、聞いてない」
「そうだった、そうだった!」
男はカラカラと笑った。なにがおかしいのか。
「グリエルモ・パロッティーニだ」
差し出された右手を(仕方なく)握ってこっちも名乗る。
「リッガルト・ディックル」
「妹がいたろ。おとなしそうな。あのかわいい子の名前は?」
「テュテュリンだ。おまえ、あいつ目当てで俺に近づいたんじゃないだろうな?」
「バレた?」
正直なヤツはきらいじゃない。
「今度3人で会おうぜ」
厚かましいヤツはきらいだ。
テュテュリンにグリエルモと再会したことを話したら、自分も会いたいと言い出した。出会った時から好感を持っているのはわかっていたがいい気はしない。
せかされるまま、グリエルモに教えられた番号に電話をかけた。向こうはむこうで待ってましたとばかりの反応だ。
3日後、俺たち3人は高台にある公園の展望台で待ち合わせた。
「ますますきれいになってる!」
グリエルモのお世辞に赤くなるテュテュリンにムッとなる。
「適当なこと言うな。そんなに時間はたってないだろ」
「本当だって。お兄ちゃんはいつも見てるから気が付かないだけだって」
夢見るようなローズピンクの髪、人のよさそうな優しい顔だち。テュテュリンは母さん似だ。
本人は鼻が低いことを気にしているが、俺に言わせればそこがチャームポイントだ。パールクレイの瞳の冷たさをやわらげてくれる。それに実際の年齢より若く(子供っぽく)見える。
備え付けの双眼鏡をのぞきこんでいるテュテュリンの横で、俺とグリエルモが近況を教え合っていると
「兄さん・・・・・・」
不安げな声が耳に入って来た。
「見て」
テュテュリンは後に下がって俺に場所をゆずる。
「どうした?」
海に目をやるが変わった様子はない。
「いいから見て」
双眼鏡をのぞくとはるか遠くの海がぐっと引き寄せられて見える。海は、いつもの海だ。と思ったが・・・・・・今何か見えなかったか?
やっぱりそうだ。波の間に黒い点が見え隠れしている。はじめはひとつだった点は2つ3つと数を増やし、あっという間に水平線を黒く塗りつぶした。
それがなんなのか確かめようと目を凝らす。
「リトギルカ軍だ!!!」
俺の声にサイレンが重なった。
けたたましい音に急き立てられて俺たちは階段をかけ下りる。早速、俺の調査が役にたつ時が来た。
「こっちだ!」
頭の中の地図にはシェルターの位置も記されている。いちばん近いシェルターに最短で行ける道を選びながら先を急ぐ。
「あの子たち、大丈夫かな?」
テュテュリンがつぶやいた。
「なにバカなこと言ってるんだ。ルシオンがいるんだぞ」
「そう、だよね。ふたりだけでも平気だよね」
今日はアインシャの母親が非番で、ベビーシッターのバイトは休みになっていた。
だが、リトギルカが攻めて来たとなれば、戦闘飛行艇乗りの母親は緊急招集される。
ロイエリング家のベビーシッターは、子供だけ取り残されることを心配しているんだ。その必要はないんだがな。俺は心の内で溜息をついた。
「行ってみるか。気になるんだろ?」
テュテュリンの顔がぱっと輝く。
「ありがとう、兄さん! 大好き!!」
ちぇっ。大好きと言われたぐらいでそんなに喜ぶなよ、俺。
グリエルモだけ先に避難させようと思ったが、「仲間はずれはヤだ」と言うから3人でロイエリング家に向かうことになった。ワケのわからんヤツだ。
島民の多くはセレンツ山の噴火で島から出て行ったし、残った者もしっかり備えていたんだろう。避難は順調に進んでいるようで、街中に人影はまばらだ。
「そこのキミたち!」
不意に女の声がした。見ると、30過ぎの女が街灯にしがみつくように立っている。ずいぶんと汗をかいているようだ。当然、知らない女だ。
俺たちは顔を見合わせた。グリエルモの知り合いってワケでもなさそうだ。
「一応きくけど、俺たちを呼んだのかい?」
グリエルモがたずねた。
「そうよ。他に誰がいる?」
女に手招きされてそばに行くと、いきなりグリエルモの肩に腕をまわした。
「キミ、もっとそばに来て。届かない」
俺の肩にもつかまる気らしい。
「ちょっと待て。なんのつもりだ?」
警戒するだろ。ふつう。
「見てわからない? 足をくじいて歩けないんだ」
「そりゃ大変だな(そんなの知るか!)」
「急いで私を軍本部まで連れて行きなさい」
「は?」
俺たちはまた顔を見合わせた。
ケガ人は助けてやらないでもないが、命令されるいわれはない。
「なんで俺たちがそんなことしなくちゃならないんだ?」
「生きるため」
「何言ってんだ?」
「私はウルリカ・カストレン。ブロックフィッチだ」
―――ブロックフィッチ
フォート・マリオッシュをおおう障壁を作っているミュウディアン部隊だ。名実ともに守りの要と言える。知らないワケがない。
「リトギルカが来てる。絶対障壁が必要だ」
ヘザーウォールはウォールの完全形だ。
完璧に壁の内と外とを隔てて何ものも通さない。ザックウィックを入れないだけでなく、一切の攻撃がマリオッシュには届かなくなる。
「そうだな。それがどうした?」
女はいらだたしそうに顔をゆがめる。
「ヘザーウォールを展開するにはブロックフィッチ全員の力が必要なんだ! 私がいないとヘザーウォールは完成しない」
そんなことははじめて聞いた。軍事機密ってやつじゃないのか。だとしたら一般人にしゃべったりしていいのか? いや、今はそれより
「なんであんた、こんなところにいるんだよ!」
俺たちは血相を変えた。
「今日は非番だったんだ。息子のバースディプレゼントを探していて。こんなことしていられない。早く私を連れて行って!」
ウルリカという女の事情はわかった。だが、こっちにも事情はある。
「兄さん・・・・・・」
テュテュリンは子供たちのことが心配でたまらないという顔をしている。
「なにかあるのか。でも、こっちが最優先だ」
ウルリカが俺たちの困惑をけとばした。本当にムカつく女だ。
だが、ウルリカが言ってることは正しい。ヘザーウォールがなければマリオッシュは戦火にのまれる。逆に言えばそれさえあれば子供たちの安全も保障される。
「テュテュリンは子供たちのところに行け」
大きくうなずくのを確認してグリエルモに向き直る。
「妹を頼めるか」
「まかせろ」
グリエルモを全面的に信用してるワケじゃないが、とりあえず何かあれば助けてはくれるだろう。テュテュリンが災難に見舞われたら開けるように言ってバックパックを渡す。
次はウルリカだ。
「あんたは俺が連れて行く。これで文句ないだろ」
ぶっきらぼうに言い捨てると女の強張った表情がくずれた。
「本当にいいのか?」
「今さらなに言ってるんだ」
俺は泣き出しそうな女の顔を見れなくて、くるりと背中を向けた。腰を落として両手を後ろに突き出す。
「ほら、早くのれ。急ぐんだろ」




