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【テュテュリン】
願ってもない話が転がり込んで来たのは、ルシオンくんと再会した2日後のことだった。
その日、“ママン・マニ”に買い物に来たルシオンくんとアインシャちゃんには同伴者がいた。
この神々しい美女はだれなんだろう?
すらりと背が高くて黄金の長い髪を背中で波打たせているそのひとは、アメジストの瞳でわたしをまっすぐに見た。
「あなたがテュテュリン・ディックルさん?」
声がでなくてうなずいた。
「私はファラムリッド・ロイエリング。アインシャの母親でルシオンの保護者だ」
ちょっとびっくり。子供がいるようには見えなかったから。
それに、ロイエリング? ユーシスと同じファミリーネームだ。
「あなたに頼みがある」
ファラムリッドさんの頼みというのは、わたしにアインシャちゃんのベビーシッターになってほしいということだった。
セレンツ山の噴火で頼りにしていたベビーシッターが島をでて行ってしまい、代りも見つからずに困っていたんだって。
そんなとき、ルシオンくんからわたしの話を聞いたらしい。ここにあるお菓子を売り切ったらお店はおしまいって話したから、気にしてくれてたのかな。
「みなさんは避難しないのですか?」
そうすればなんの問題もないのにと思ってたずねると、
「私は軍人なんだ」
あ。なるほど。軍人は上からの命令がないと動けないことはよーく知ってる。
「この子たちだけでも避難させたいのだが、ふたりとも言うことをきいてくれないんだ。誰に似たのか、頑固で困る」」
ファラムリッドさんは苦笑いを浮かべた。
「わたしでよければやらせてもらいます」
断る理由なんかない。
「ありがとう。助かるよ。来てもらうのは商品が完売した後で構わないから」
そういうことなら、お店は今すぐやめたってかまわないんだけど。お菓子が残っていたらまずいだろうな。どうやって処分しよう。閉店セールをやろうかな。
兄さんなら「そんなもん全部捨てちまえ!」って言う。きっと言う。
あれ?
わたしったら、はしゃいでる。
破滅に向かって確実に進んでいるのに、それでも、ルシオンくんと一緒にいられるのがうれしんだ。胸がぎゅううぅっとしめつけられる。
痛い。痛いよ、兄さん・・・・・・
結局、お菓子は営業を続けているスーパーマーケットに引き取ってもらった。
今日からはベビーシッターとして働くんだ。
気を引きしめて、玄関のベルを鳴らす。出迎えてくれたのはルシオンくんとアインシャちゃん。
「こんにちは」
笑顔をつくって見せるけど、ルシオンくんはいぶかしげな声で
「どうしたの?」
そりゃそうだよね。わたしは全身ずぶぬれだ。ここに来る途中で水道管が破裂した現場に行き当ってこうなっちゃった。
約束の時間に遅れるわけにはいかないからどうすることもできなかったんだ。
「とうさま! ビチョビチョ!!」
アインシャちゃんが奥から連れて来たのは背の高いイケメンだった。
「あらら、こりゃ大変だ」
アインシャちゃんのお父さんということは、ファラムリッドさんのだんなさんってことだよね。
長身のファラムリッドさんよりたぶん背が高い。手足が長くて細見えするけど軟弱な感じはしない。すっきりした顔立ちの美形で、銀縁メガネがインテリっぽい。
「今日からベビーシッターをやらせてもらいます。テュテュリン・ディックルです。よろしくお願いします」
練習どうりのあいさつをすると
「かわいい子との会話は大好物だけど、まずは着替えだね」
ウインクを残して、2階に行って戻って来ただんなさんはタオルと服を持っていた。
「やっぱり大きいよね。こんなものしか用意できなくて悪いね」
ファラムリッドさんのものらしいシャツとパンツは、わたしにはそでとすそをまくってちょうどいい丈になった。幅にもゆとりがある。
「でも、なかなかセクシーではあるよ」
このひとって女心をくすぐるのが上手だ。顔が赤くなるようなセリフをさらりと言っちゃうんだから。
「改めて自己紹介。僕はメルカトキオル・オースティン。軍医をしている。君みたいな素敵な子が来てくれて僕たちは幸せだ」
ほらまた。でも、イヤな気はしないんだよね。
「うちのアインシャは本当にいい子なんだ。3歳とは思えないくらいに賢くて、とってもキュートだ。そのうちファラム以上の美人になるぞ!」
「とうさま、いたい」
メルカトキオルさんに抱きしめられたアインシャちゃんがしぶい顔をする。ほおずりされるとおひげがちくちくするから。
それにしても、どこの家でも父親っていうのは娘にはメロメロなんだね。
ベビーシッターをはじめて、1週間がすぎた。相変わらず災難続きだけれど、子供たちを巻きぞえにすることはないからなんとかやってこれてる。
朝早く、ファラムリッドさんが出かける前にロイエリング家に入ると、子供たちはもう起きていて、3人でファラムリッドさんを見送った。
アインシャちゃんなんて手を振りながら半分眠ってる。
ルシオンくんと同じベッドで寝ているアインシャちゃんは、ルシオンくんが起きると必ず目を覚ますのだそうだ。
そしてルシオンくんはファラムリッドさんが家をでるときには必ず見送っている。
小さなアインシャちゃんはお母さんのことが大好きだし甘えたりもするけれど、ルシオンくんを巡ってライバル視しているということもわかってきた。
ルシオンくんがファラムリッドさんを見る目にはいつも憧れがあって、ファラムリッドさんがルシオンくんを見る目には慈しみがある。
優しい空気に包まれたふたりだけの世界があるのをアインシャちゃんも感じているんだ。
お母さんへの対抗心を燃やすアインシャちゃんは、朝の服選びから大騒ぎだ。
クローゼットから服を引っ張りだして、これでもないあれでもない。結局、買ってもらったばかりの真新しいワンピースに落ち着いた。
仕上げにワンピとおそろいのリボンを髪に結んであげても、鏡の中のおチビさんは悲しそうだ。
ライバルがファラムリッドさんじゃかなうはずない。わたしならあの神々しい女神と張り合おうなんて気にもならない。
「アインシャちゃんもそのうちお母さんみたいな美人さんになれるよ。メルカトキオルさんもそう言ってたでしょ」
アインシャちゃんは慰めの言葉にニコリともしない。
「・・・・・・いつ?」
「えっと・・・・・・」
わたしは言葉につまる。
「あと15年したら、、かな」
あーあ。余計なことを言っちゃった。アインシャちゃんはほっぺをぷうっとふくらませて、目には涙を浮かべてる。
そうだよね。そんな先のことなんて意味ないよね。子供にあるのは今だけなんだから。
「ほらほら。そんな顔してるとルシオンくんにきらわれちゃうぞ」
できるだけ明るい声ではげます。
「笑って、笑って! アインシャちゃんは笑顔がいちばんかわいんだから」
涙を浮かべたまま不器用に笑顔を作るアインシャちゃんは、小さくても恋する乙女だ。
なんだか、シャルロットを思い出すなあ。よくこうやって励ましてたっけ。
10時頃に夜勤明けのメルカトキオルさんが帰って来た。ずいぶん疲れているみたい。
そうだ。子供たちを連れてピクニックにでかけよう。そうすればメルカトキオルさんにゆっくり休んでもらえる。
適当に作ったお弁当を持って外にでると、朝は隠れていた太陽が顔をだしていて日差しが強い。さすがにこの時期になると帽子は必需品だ。
子供たちには玄関で待ってもらって、帽子を取りに戻った。
ルシオンくんのは子供部屋にあったけど、アインシャちゃんのお気に入りが見つからない。
シャワールームのドア越しにメルカトキオルさんにきくと、寝室にあるから取って来てもいいと言ってくれた。
この部屋には入ったことがないから、ちょっとドキドキしちゃう。美形カップルの寝室ってどんなだろう。
シンプルな部屋は家事全般にがてだというファラムリッドさんらしく、生活感ありありだけどあたたかい感じがした。
アインシャちゃんの帽子はダブルベッド脇のスタンドライトにかぶせてあった。これまたファラムリッドさんらしい。
くすりと笑って部屋をでようとしたとき、サイドテーブルの上に伏せてある写真立てが目に入った。
どんな写真が飾ってあるのかな。見えないとよけいに気になるもんでしょ。わたしは写真立てを手に取った。
そこにあったのは寄りそう男女の写真。女のひとはファラムリッドさんで、男のひとはメルカトキオルさん・・・・・・じゃない! 似てはいるけど別のひとだ。
どういうこと? どうして夫婦の寝室にこんなものが飾ってあるの? このひとはだれ?
「その写真の男はファラムの元フィアンセ。そして、僕の兄でもあるんだ」
え?!
振り向くとドアのところにバスローブ姿のメルカトキオルさんが立っていた。
ますますわけがわからなくなる。
「腕のいい戦闘飛行艇乗りだったんだけど、死んだんだ。娘の顔も見ないうちにね」
ええっ?!
「娘って・・・・・・まさか・・・・・・アインシャちゃん?」
「アインシャは僕の実の娘じゃない」
メルカトキオルさんは他人ごとみたいにけろっとしてる。本当の父子にしか見えないのに、そんな秘密があったなんて。
「マクシミリアン・オースティン。みんなから慕われる穏やかな男で、ファラムは心から彼を愛していた」
メルカトキオルさんはいつもと同じ、やさくしくほほえんでいる。
「戦死だったんですか」
わたしは思いついたことをたずねてみた。
「セイラガムに殺された」
頭をなぐられたみたいだった。両足をふんばっていないと倒れてしまいそう。のどの奥になにかがつっかえてるみたいで息が苦しい。
「そ・・・・・・そんなことって! だって・・・だって・・・・・・セイラガムは、セイラガムは・・・・・・」
あえぐように絞りだした声はかすれていた。
「セイラガムは、ルシオンなのに?」
知っていた!!!
わたしは凍り付いた。
「君はルシオンの秘密を知っているんだね。そうじゃないかとファラムが言っていたよ」
「・・・・・・ファラムリッドさんも知っているということですか?」
「もちろん」
もう、、なにがなんだかわからない。
「どうして・・・・・・」
「長い話になるからもう行った方がいい。うちのお姫様が限界みたいだ」
階段の下からアインシャちゃんの声が聞こえる。
「まあだ?!」
「もうすぐだよ。ほら、キャンディあげるから」
ルシオンくんの声も。アインシャちゃんのご機嫌を取ろうと苦労してる。
「ね。」
メルカトキオルさんがウインクした。
ピクニックの間中、心ここにあらずの状態だった。
帰って来て疲れたアインシャちゃんが寝てしまうと、入れ替わりにメルカトキオルさんが起きて来た。ルシオンくんはアインシャちゃんが放さないからそい寝している。
「お疲れ」
キッチンからでて来たときには両手に湯気のたつカップを持っていた。このひとは部屋着でもおしゃれだ。
「僕たちとルシオンに何があったのか、話してあげるよ。代りに君とルシオンの間にあったことも全部話してくれるかな」
「わかりました」
知りたい気持ちに抗えないわたしはうなずいた。
メルカトキオルさんはカップのコーヒーを口にふくんでゆっくりと飲みこんだ。
「今になって思うと、ファラムとルシオンの出会いは偶然ではなかったのかもしれない・・・・・・」




