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【テュテュリン】
兄さんにはこんな思惑があったのか。
どうりで朝から様子がヘンだった。バイトに行くだけなのにていねいに髪形をセットしたり、子供の相手で汚したくないとしまいこんでいたシャツを引っぱりだしたり。
いちばんヘンだったのは、ルシオンくんとアインシャちゃんにおもちゃを買ってやると言いだしたことだ。アインシャちゃんに思いっきりうさんくさそうな目で見られていたっけ。
兄さんはものでひとの気を引くなんてことはしない。だから、なにかあるなとは思ってた。
「よお、あんたも買い物か? 偶然だな」
トイショップの前で、兄さんに声をかけられたキャナはあれ?って顔をしてる。
一昨日、ロイエリング家に来たキャナは、今度の休みにウルリカさんとおもちゃを買いに行くと言っていた。
時間や店の場所までしつこくきいていたのは他のだれでもない、兄さんだ。
「君はあの時の!」
キャナと一緒にいる女性が兄さんを見て声をあげた。このひとがうわさのウルリカさんらしい。
「私を訪ねてくるように言ったのにどうして来てくれなかったんだ? 偶然でもこうして会えてよかった」
ウルリカさん、偶然じゃないです。
「キャナは彼らと知り合いだったのか」
「リンとは友達なんです」
設定を説明するキャナ。でも、もう設定じゃない。
「いい友達ができたようでよかった」
ウルリカさんは自分のことのようによろこんでる。本当にキャナのことを気にかけているんだね。
「ところで。私は君の名前を聞きそびれていたんだが」
「リッガルトだよ。リッガルト・ディックル」
ぶっきらぼうに答える兄さん。
「そうか。それじゃリッガルト。買い物が終わるまで待っていてもらえないだろうか。この間の礼がしたい」
「ちぇ、面倒くせえな。でも、こっちも買い物があるから付き合ってやってもいいぜ」
兄さんの声はセリフとは裏腹にうれしそうだった。
ウルリカさんの買い物は、リトギルカが攻めて来て買いそびれていたバースデイプレゼントだ。
ウルリカさんにはもうすぐ4歳になる息子さんがいて、セレンツ山の噴火の後、ウルリカさんのお母さんがいるユタン島に避難している。そのあたりの事情はキャナから聞いていた。
「どんなものをプレゼントされたらうれしいか、男子の意見を聞かせてもらえると助かる」
ウルリカさんに頼まれて、兄さんは一緒におもちゃを見てまわっている。ウルリカさんと言葉を交わす兄さんは、いつもとは違う顔をしていた。兄さんじゃない、息子の顔。
兄さんはウルリカさんになにを求めているのだろう。聞いたところウルリカさんは強くて厳しいひとだ。わたしたちの母さんとは正反対のタイプ。
ウルリカさんみたいなひとがよかったとでも思っているのかな。
確かに、ウルリカさんならあんなこと、絶対にしなかった。
4年前に軍人だった父さんが戦死した。乗っていた駆逐艦が沈んだんだ。はじめのうちはアビュースタ軍の優勢だったのが、セイラガムが現れて戦況はひっくり返ってしまった。
リトギルカ軍に惨敗したクセノフォン海戦は戦史に残る大きな海戦だった。
船と一緒に沈んだ父さんは遺品すら戻って来なかった。
父さんの死を受け止められないまますぎていく時間の中で、もう二度と父さんとは会えないという現実がじわじわとわたしたち家族を苦しめた。
そんな中、母さんは日に日におかしくなっていった。なんでも悲観的に考えるようになり、起きてもいないことにおびえて泣いてばかりいた。
家事どころか食事もひとりではできなくなった。医者に見せても
「こういう病気は時間がかかる」
と言って薬をだすだけで、悪くなる一方だった。
元々、母さんは父さんがいないと情緒不安定になったりしていたけれど、ここまで依存していたとは思ってもみなかった。
兄さんはすごくがんばっていた。母さんのかわりにご飯を作って、洗濯をして、掃除もした。それまであんまりやったことのない家事をほとんどひとりで引き受けていた。
わたしは母さんの世話担当で、ご飯を食べさせたり、一緒にお風呂に入ったり、話し相手になったりしていた。
「リッガルト、お前が母さんとテュテュリンを守るんだ」
家をあけるとき、父さんはいつもそう言って兄さんの肩に手を置いていた。兄さんはまじめなひとだから父さんとの約束を守ろうと一生懸命だったのだと思う。
でも――――
父さんのかわりにはなれなかった。
3か月がすぎたころ、久ぶりのおでかけから帰ったわたしたちは衝撃の光景を目にした。母さんが階段の手すりからたらしたひもにぶら下がっていたのだ。
自殺だった。
ぼう然とするわたしの前で兄さんは母さんの足にすがって泣いた。
「ごめん、母さん。ごめん・・・・・・」
まるで赤ちゃんみたいに大声をあげて泣いた。
この時、わたしは13歳で兄さんは14歳だった。
父さんと母さんを殺したのはセイラガムだ。わたしたちはセイラガムを憎んだ。憎むことで両親とも亡くしてしまった悲しみを乗り越えようとした。
父さんは戦死だし、母さんが死んだのは弱かったからだ。今ならちゃんと受け止められる。悲しみが薄れることはないけれど。
どうやらプレゼントは決まったみたい。きれいにラッピングしてもらってウルリカさんは満足そう。
こっちもアインシャちゃんの買い物が終わったところだ。
お人形やままごとのキッチングッズには目もくれず、子供用のメイクセットを選ぶなんて、さすがアインシャちゃん。
「メイクのやり方を教えてあげるね」
ささやいたら顔を輝かせてた。
ルシオンくんはいつの間にかフットボールのボールをかかえている。
「おまえはもっと外で遊んだ方がいいんだ」
なんて言ってる兄さんに押し付けられたのかな。ウルリカさんの相手が忙しいから適当に決めちゃったんでしょ。
「ままごとばっかりやってると女になっちまうぞ」
余計なひと言のせいでアインシャちゃんににらまれて首を引っ込めてる。
兄さんはアインシャちゃんが苦手みたいなんだよね。
ウルリカさんが連れて行ってくれたのはステーキハウスだった。
「リッガルトに礼をするなら絶対ここと決めていたんだ。ステーキは好きかな?」
「嫌いじゃないぜ」
ぶっきらぼうに答える兄さん。素直に大好物ですって言えばいいのに。
ずっと上機嫌のウルリカさん。うれしいくせにそれを表にださないようにしてるから、にやけたような顔になってる兄さん。
そんな兄さんを気持ち悪そうに見てるアインシャちゃん。
なんにも気付かない様子でステーキをほおばっているキャナ。なんにも気にしない様子でデザートにとりかかってるルシオンくん。
なんだろう。もう、いろんなことがどうでもよくなっていくような気分。
このまま時間が止まってしまえばいい。
それから1週間がすぎた。バイト中のロイエリング家にはキャナが遊びに来ている。
「あのおもちゃ、子供は喜んだのか。ウルリカは何か言ってなかったか?」
何気ないふりをよそおって兄さんがたずねた。
船便で3日だと言っていたからもうとっくに届いているはずだ。いい返事を期待してたのに、キャナは浮かない顔をした。
「それが・・・・・・」
プレゼントは届いたけれど、ウルリカさんの子供はまだ中身を見てはいないだろうと言うのだ。
ユタン島特有の病気にかかり、免疫のない子供は重症化して誕生日どころじゃなかったらしい。
息子を心配するウルリカさんはいても立ってもいられない様子で、見ていられないとキャナは涙ぐんでいる。
「本当はすぐにでも会いに行きたいんだと思うの。でも、ブロックフィッチはマリオッシュを離れられないから」
キャナが帰った後、兄さんが詰め寄って来た。
「何とかしてやれないのか?」
「わたしたちが特殊能力者だってばれちゃってもいいんだね?」
「かまうもんか。緊急事態だ」
ウルリカさんの一大事は兄さんの緊急事態ってことらしい。異存はないよ。もちろん。
「わたしもさっきからずっと考えてはいるんだけど・・・・・・」
今ある模造品の中で使えそうなのは
「長い距離をとべる瞬間移動はあるけど。責任感の強いウルリカさんは、ちょっとでもマリオッシュを離れるなんてできないんじゃないかな。それに障壁もあるし」
テレポートでウォールを通り抜けることはできない。
わたしたちは黙り込んだ。プレゼントを買いに行った日のウルリカさんの幸せそうな顔が思い出されて、余計に悲しい気分になってくる。
兄さんもそうなんでしょ?
「おまえ、先に帰ってろ。俺は寄る所がある」
ロイエリング家でのバイトを終えての帰り道で兄さんが言った。
「わたしも行く」
会えるかどうかはわからないけれどこのままひとりで帰る気にはなれない。
「そうか」
行先もきかないわたしを兄さんは邪険にはしなかった。
「ねえ。なにか差し入れを買って行こうよ」
もし、会えなかったとしても気持ちだけは渡したい。買い物をすませて目的地に向かう。ミュウディアン宿舎へ。
ミュウディアンが大勢いる場所に行くなんて、秘密を抱えたわたしたちには危険なことだ。それでもウルリカさんを放ってはおけなかった。
ウルリカさんには会えた。ちょうど非番で宿舎にいたのだ。
差し入れのアップルパイをよろこんでくれてみんなで食べようということになった。ダイニングのイスに座ったわたしと兄さんとキャナ。
お皿を配るウルリカさんはいつもと変わらないように見えたんだけど、、、
カトラリーを配りはじめてドキッとする。
「ウルリカさん、それ、スプーン」
「あ。うっかりしていたよ」
苦笑いを浮かべてスプーンを片付けるウルリカさんは動揺している。フォークをだそうとして床にばらまいてしまい耳障りな金属音が響いた。
「すまない。わたしは何をしているんだろう・・・・・・」
感情のこもらない声だった。
「わたしがやります。ウルリカさんは座っていてください」
キャナに言われてイスに座ったウルリカさんはぼんやりしていて、心はどこかに行ってしまってるみたいだ。
アップルパイはサクサクだったけれど、ウルリカさんの顔はずっと沈んだままで、味なんか感じていないようだった。
帰り道、わたしたちはお葬式に行って来たみたいに黙りこくって歩いていた。
兄さんも、ウルリカさんを子供に合わせる方法を探して頭をフル回転させているはずだ。とっくにこの方法しかないって、気付いているよね。
「兄さん、ルシオンくんならなんとかできるんじゃないかな」
思いきって口にだしてから身構える。
”ばか言うな! あいつになんか死んでも頼るもんか!!”
ぐらいのことは覚悟していたんだけれど、兄さんは黙り込んでいる。
かえってこわいよお。
緊張感を漂わせたまましばらく歩いて家に着いた。玄関ドアの前に立ち止まった兄さんはそのまま動かない。
「だよな。今は俺の気持ちよりウルリカの気持ちだよな。あんなウルリカを見たくないのなら」
「兄さん?」
「明日ルシオンに話してみよう。絶対になんとかしてやる!」
「やるのは兄さんじゃないでしょ?」
こわい顔でにらまれちゃった。
いつもの兄さんに戻ってる。ルシオンくんの力でウルリカさんを子供に合わせることができたなら、兄さんもルシオンくんを見直したりしないかな。
そうなってくれたらいいのに。




