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【リッガルト】
木立に囲まれた広場には物置小屋があるだけだ。付近の農家が収穫祭とかをやるための場所らしい。
ロイエリング家の近くで人目につかない場所はいくつか探しておいたが、雪だるまを作るのならここだ。地面が平らでそこそこ広い。転移の影響もほとんどない。
何を思ったのか、まっさらな雪の上に寝転がったテュテュリン。雪は止んでいるが空は見えない。灰色の雲におおわれていた。
「何やってるんだ?」
あきれる俺の前で手足をバタバタさせている。
「ルシオンくんもやって! ほら早く!!」
せっつかれて、仰向けになったルシオンも手足をバタバタさせ始めた。
しばらくして起き上がったテュテュリンは振り返って満面の笑顔になる。
「でーきた!」
言われるがままマネをしていたルシオンは、自分の寝転がった跡を見下ろして首をひねっている。一体何ができたんだ?
「天使に見えるでしょ。スノーエンジェルっていうんだよ!」
俺にはのたうった跡にしか見えないぞ。
「よーし、次は雪合戦!!」
いきなり雪玉を顔にぶつけられたルシオンは目をパチパチさせている。そんなことお構いなしに雪玉を作っては投げるテュテュリンは楽しそうだ。
ルシオンも反撃にでるが、大人サイズの手袋をしているせいで上手く雪を握れない。もたもたしている間に雪まみれにされてしまった。
それを見てテュテュリンは笑い転げている。
何のつもりだ。こんなことをしてる場合じゃないんだぞ。
もしかすると、テュテュリンには作戦を実行する気はないんじゃないか?
いや、そんなはずはない。きっと最後の思い出作りをしているんだ。
「ほら、兄さんも! かかってきて!!」
今さらジタバタしたって仕方ない。妹を信じてその時を待つだけだ。作戦が上手くいくかどうかはテュテュリンにかかっている。
俺の手元で雪玉が大きく大きくなっていくのを見て、テュテュリンがうれしそうな悲鳴をあげた。
いいぜ。手伝ってやるよ。好きなだけ思い出作りをすればいい。
それでおまえの気がすむのなら・・・・・・
広場の雪が足跡だらけになった頃には3人とも息が上がっていた。着こんでいた服はとっくに脱ぎ捨てた。
「そろそろ作ろうか。雪だるま」
テュテュリンの言葉にルシオンは大きくうなずいた。ふたりして勢いよく立ち上がり雪玉を作り始める。
「おい、おい! ふたりとも元気だな」
「兄さんは休んでて」
意味ありげなウインクをしてきた。
やっぱり妹は俺を裏切ったりはしていない。やる気なんだ。作戦を成功させるために体力を蓄えておけと言っている。
ほっとしたのと同時に本当にやるんだと思うと緊張してきた。俺は最初から本気だったはずなのにな。
ある程度の大きさになった雪玉を、雪の上で転がすとだんだん大きくなっていく。
形がいびつにならないように修正するのはテュテュリンの役目だ。大小ふたつのきれいな雪玉ができあがった。
「兄さん、上にのせるの手伝って」
小さい方の雪玉はテュテュリンがひとりで持ち上げるには重そうだが、ルシオンじゃ身長が足りない。
壊さないように慎重に、俺とテュテュリンとでそっと持ち上げる。大きい方の雪玉の上にのせて雪だるまの身体ができた。
後は飾り付けだ。今日のテュテュリンは手まわしがいい。
家から持って来た袋の中には、雪だるまの身体のパーツになりそうなものが入っている。おもちゃ箱をあさって見つけておいたらしい。
青のカラーボールふたつを目の位置に埋め込んで、パーティー用の三角帽子をてっぺんにのせると、ぐっと雪だるまらしくなった。
「ちょっと待ってて」
林の中に走って行ったテュテュリンが戻って来た時には両手に枝を持っていた。それを大きい方の雪玉に刺して、外した手袋を先っぽに引っかけると両手を広げた雪だるまの完成だ。
感情表現が下手くそなルシオンも目を輝かせている。
「よろこぶかな?」
アインシャに雪だるまを見せる時のことを考えてワクワクしているんだ。
「絶対!」
テュテュリンが親指を立てて見せるとルシオンは不器用に笑った。
きれいだ
素直にそう思った。今日一番の笑顔だ。
すうっと真顔になったテュテュリンがルシオンを見つめる。
「ルシオンくん、聞いてくれるかな?」
アインシャのことで頭がいっぱいだったルシオンが、テュテュリンの真剣な顔を見て笑みを消した。重なり合うふたりの視線は緊張をはらんでいる。
どうしたんだ? こんなの手順にない。警戒させるようなことをしたら何もかもぶち壊しになりかねないぞ。
深く息を吸ったテュテュリンがゆっくりと口を開く。
「わたしね・・・・・・ ルシオンくんのことが好きだったんだよ。はじめて出会ったときから、ずっとずっと、好きだったんだよ。本当に、本当に、好きだったんだよ」
ゆっくり伸ばしたテュテュリンの手がルシオンのほおに触れた。そして、静かに、唇を重ねる・・・・・・
泣いているのか?
テュテュリン・・・・・・ おまえ、そんなにもルシオンが好きだったのか。
昼前に打ち明けられた時は、「〇組の〇〇くんがカッコいい!」とか言って、年中騒いでる女子と同じだと思っていた。
違うんだな。妹の思いは本物だった。
『兄さん!!』
頭の中で声がした。はっとしてテュテュリンの顔を見る。
『今だよ!』
そうだ。テュテュリンは絶好のチャンスを作ってくれたんだ。考え事なんかしている場合じゃない!
テュテュリンの真剣さに圧倒されたルシオンは動揺しているはずだ。その上キスまでされて身動きできずにいる。
今のルシオンは完全に無防備だ。素手でルシオンの肌に触れたテュテュリンは模造品を発動させている。
使ったのはシャルロットの特殊能力、不能。触られた特殊能力者は力を使えなくなる。
イナビリティの持続時間は決まってはいない。その時の状況や相手によって変わってくる。短時間で消えてしまう可能性もあるということだ。
急げ!!
後ずさったテュテュリンと入れ替わりにルシオンの正面に立った俺は、馬鹿力を集中させた右手を突き出した。
あばらをへし折って一気に目的の位置にたどり着く。俺の手の中にあるものは規則正しく脈動していた。
よし! 上手くいった!!
軽く右手に力を入れると、心臓を握られたルシオンは電気が走ったように身体をのけぞらせた。
「動くな。動いたら心臓を握りつぶす」
俺の顔を見上げた目に恐怖はなかった。あるのは驚きと混乱だった。青味がかった緑色の瞳は「なぜ?」と訴えかけてくる。
「お前の力はあってはいけないものだ。大きすぎる力は世界の秩序を壊す。多くの悲劇を生むことになるんだ」
俺の言葉が11歳のルシオンに理解できるかどうかわからない。
だが、頭の中に疑問符を浮かべたまま死なせてはいけないと思った。ちゃんと死ぬべき理由を知っておくべきだ。
ルシオンの身体からすうっと力が抜けて行くのを感じた。
「なんだ。ぼくのことがきらいなんじゃないんだね」
何言ってやがる!
「そんなワケあるか! 嫌いだよ! 大嫌いだ!!」
反射的に言い返しちまった。
「お前のせいで俺たちの両親は死んだ! シャルロットも死んだ! ウルリカも死んだ! ビアンビルの島民も!
お前なんかいなければよかったんだ! 嫌いに決まってるだろ!!」
俺は何だってこんなにムキになっているんだ?
「そう。」
なんだ、それ。
なんの感情もこもらない溜息みたいなひと言に、俺の中で何かが弾けた。
ルシオンにとっては誰が死のうが、どれだけ死のうが、どうでもいいことなんだ。意味もなく生まれては消える泡みたいなものなんだ。
気が付くと、雪の上に仰向けになったルシオンに馬乗りになっていた。俺が押し倒したんだ。右手にはルシオンの心臓を握ったまま、自由になる左手を真下に突き出す。
ルシオンの腹に深く刺さった腕はグレートパワーと憎悪とで熱くなっている。
5本の指を広げてつかめる限りのものをつかんで勢いよく引き抜くと、噴き出した血が俺の全身をぬらした。
左手には温かい内臓を握っていた。ぶら下がった腸はルシオンの身体とつながったままだ。
真っ赤な臓物を見た瞬間、俺の中の理性は消し飛んだ。思いっきり腕を引いてちぎった腸を投げ捨てる。ガハッと血を吐いたルシオンは身体を痙攣させている。
心臓を握った俺の右手に爪を立てることしかできないルシオンの無力さが、あわれで、、心地いい。
あのバカげた力を使えないルシオンはただの子供だ。
今、こいつの命は俺の手の中にある。
俺が終わらせることのできる命
俺が蹂躙してもいい命
俺は奪った
何度も、何度も、何度も!!
左手を繰り出して、ルシオンの命を、少しづつ
肝臓、腎臓、胃袋・・・・・・
ひとつむしり取る度に、俺の右手の中にある心臓の鼓動が弱くなっていくのがわかった。あらかたの内臓は雪の上に散らばっている。
それでも、ルシオンは、生きていた――――
血まみれで雪よりも白い顔をしているくせに、瞳だけは光を失ってはいなかった。まるで、自分の最期を見届けようとしているかのように。
俺はひるんでなんかないぞ!
「うおおおお!」
力まかせにアバラをへし折って片方の肺を握りつぶした。口から血の泡があふれるのを見おろしながらもう片方の肺も引きちぎる。
「何なんだよ。何でまだ生きてるんだよ・・・・・・ いい加減、死ねよ・・・・・・」
俺の声はみっともなく震えていた。




