5-2
【テュテュリン】
っと、いけない。アインシャちゃんに見られてる。
わたしは持ち上げたままのスプーンを口に入れる。むりやり笑顔を作って見せると、アインシャちゃんもスプーンを動かしはじめた。
アインシャちゃんはカンの鋭い子だ。気を付けないと。
わたしの気持ちは決まっている。どうしたって兄さんを見捨てるなんてできはしない。
それでもやなもんはやだよ。本当はこんなことしたくない。わたしの気持ち、兄さんはどれだけわかってくれてるの?
・・・・・・わかるはずないか。
そもそも、わたしがルシオンくんを好きだってことはだれも知らない。兄さんどころか他のだれにも打ち明けたことはないんだから。
たったひとり、アインシャちゃんだけはカンづいてるみたいだけど。
ずっと好きだった。たぶん、はじめて出会ったときから。
わたしたちのクラスに転入してきたルシオンくんは、ユーシス・ロイエリングと名乗っていた。
ユーシスはチャーミングな16歳で、自己紹介が終わったころには恋におちた子が何人いたことやら。
女子の中でソワソワしていなかったのはシャルロットだけだった。
わたしは興味ないってフリをしていた。シャルロットに軽い子と思われたくなかったから。本当は胸が痛いくらいドキドキしていたのに。
ユーシスはまじめな生徒だった。どんなことにも手を抜かないって感じで、男子はみんなさぼるかふざけるかのボランティア活動にも積極的だった。
女子はみんなユーシスと同じボランティアにしたがったけれど、ユーシスが選んだボランティアは彼で定員枠いっぱいになっていた。
孤児院訪問はシャルロットが上級生から引き継いだものだ。それまでの正式メンバーはシャルロット、わたしと兄さん、それに大富豪の御曹司セイスタリアスの4人だった。
ローゼンストック学園の生徒は、全員なんらかのボランティア活動に参加しなくてはならないという校則がある。ユーシスはそれを知って孤児院訪問を選んだというわけじゃなかった。
その日は正式の訪問じゃなかった。学校が早く引けたから行ってみようということになって、予定があるセイスタリアス抜きの3人で孤児院に行った。
庭で元気に遊んでいる子供たち。その真ん中にユーシスがいた。
なんのサプライズ?と思っていると聖職者が笑顔で近づいて来た。
「そこに立っていたのよ、あの子。1時間もね。あなたたちと同じ学校の生徒さんなのでしょう?」
ユーシスは制服のままだった。
「はい。クラスメイトのユーシス・ロイエリングです」
パスターの問いに答えるシャルロットのほっぺはほんのり赤かった。シャルロットがユーシスを意識するようになった瞬間だったのだと思う。
ボランティアの正式メンバーに加わったユーシスは、わたしたちと一緒に孤児院に行くようになった。
でも、アルバイトで忙しいユーシスはいつもわたしたちと一緒というわけにはいかない。空き時間にひとりで行くことのほうが多いようだった。
小さい子たちと遊んで、大きい子たちの勉強をみてあげるユーシスは、パスターたちにも歓迎されていた。
ユーシスは子供たちと遊ぶのが上手で、なにをどうすればよろこぶのかわかっているみたいだった。本当はまだ10歳だってわかったときにはそういうことかって思ったけどね。
ユーシスにとって、同じ年ごろの子供がたくさんいる孤児院は居心地がよかったんだと思う。
これで、ユーシスとわたしたちの距離が一気に縮まったかと言うとそうでもなかった。
ふつうに話ができるのはボランティアの時だけ。学校ではいつも女子に囲まれているユーシスに、シャルロットが話しかけることはなかった。
だからわたしも用事があるとき以外は話しかけなかった。ぬけがけみたいでいやだったし、テュテュリンは人見知りってことになっていたから。
シャルロットはいつもユーシスを見ていた。わたしはユーシスと、ユーシスを見ているシャルロットを見ていた。
ユーシスは女子に囲まれていても、カッコつけたり、女子の機嫌をとるようなことは一切しなかった。いつも自然体というかマイペースで、そういうところも好感が持てた。
ただし、常識を知らなかったり、なんかずれてるなと思うことは多かった。みんなから「かわいい!」なんてからかわれていたっけ。
おかしなところを注意されると素直になおそうとするユーシスは、だんだんクラスになじんでいった。そして、優等生になった。
勉強はクラスでいちばんだったセイスタリアスよりできるし、スポーツも得意だし、ボランティアは熱心だし。
その上、身寄りがなくて生活費は自分でかせいでいるって言うんだから、だれもかなわない。
他の男子みたいに先生に反抗的な態度を取ったりすることもなかったから、先生たちの評判もよかった。
学校が早く終わったときは孤児院に行くのが恒例になっていた。わたしたちが行くといつも元気いっぱいに迎え入れてくれる子供たち。ところがその日は様子が違っていた。
原因は孤児院に住みついていた猫が死んでしまったから。みんなで庭にうめてお墓を作ってあげた。
野良猫にちゃんとした名前はなくて、”のら”とか”ぶち”とか”みいちゃん”とか、子供たちはそれぞれがつけた名前を呼びながら泣いていた。
猫に飼い主はいなかったけれど、たくさんの名前を持つ猫はきっとしあわせだったんだろうな。そんなことを考えていたら涙がでてきた。
ふとユーシスがいないことに気が付いた。いつもなら子供たちの真ん中にいるはずが、そのときはみんなの後ろにぽつんと立っていた。
気になったからそばへ行って「大丈夫?」と声をかけた。するとユーシスは「どうしたら涙がでるの?」ときいてきた。
みんな猫が死んで悲しんでいるのに、同じ気持ちになれないと悩んでいるようだった。
猫は食事時になるとどこからともなく現れて、それ以外は姿を見せることはなかった。きっと大勢の子供たちに見つかると、もみくちゃにされるから隠れていたんだと思う。
それでも、時々おとなしい子のところにだけやって来て、甘えたり遊んでもらったりしていたから相手を選んでたってことだ。
ボランティアの時、わたしたちのまわりにはたくさんの子供がいる。だから、猫の姿を見ることはなかった。
知らない猫が死んだからって泣けなくてもヘンじゃない。わたしのはただのもらい泣きだし。
「ムリに悲しまなくてもいいんじゃないかな。泣きたいときにだけ泣けばいいんだよ」
生きていれば悲しいことやつらいことはいくらだってある。ムリに泣く必要はない。わたしの言葉に深い意味はなかった。
それでもユーシスは素直にうなずいてくれた。たったそれだけのことがすごくうれしかったのは、わたしが本気でユーシスを好きになりはじめていたからだった。
学校の外で確実にユーシスに会える場所があった。それは、ユーシスがアルバイトをしているレストラン。
わたしとシャルロット、ついでに兄さんの3人でひんぱんに外食をするようになっていた。
レストランでギャルソンをしているユーシスは、燕尾服でおめかしして王子様みたいだった。指名するとずっとわたしたちの相手をしてくれる、夢のような場所だ。
わたしもシャルロットのもユーシスに夢中になっていった。
ユーシスがいじめられるようになったのは突然だった。親切なシャルロットがユーシスの助けになろうとして、学校でも一緒にいられるようになったのはうれしかった。
その後、暴漢からクラスメイトをかばったユーシスが大けがをするという事件があって、いじめは止んだ。
かばわれたクラスメイト=セイスタリアスとユーシスは親友になって、わたしたち4人はいつも一緒にいるようになった。兄さんもいたから5人か。
「ユーシスに気持ちを打ち明けたい」
シャルロットに相談されたときは”まさか!”と”やっぱり”が半々だった。先を越されたとも思った。
シャルロットは学校中の人気者だ。きっとユーシスも好きになる。そうしたら、わたしは気持ちを伝えることもないまま失恋だ。
それでも、相談にのってやったのはシャルロットの決意の意味を知っていたから。
特別な力があるせいで軍の管理下にあるシャルロットに自由はない。それでも不満の言葉をきいたことはなかった。
シャルロットの恋はささやかな抵抗だったのだと思う。心の自由まで奪うことはできないという意思表示だった。
告白は失敗だった。というか、告白にまでたどり着かなかった。告白の寸前にユーシスなんていないってことがわかったから。
わたしもシャルロットもすごく驚いたし悲しかった。どうしたらいいのかわからなかった。
ギクシャクしてしまったユーシスとの関係はセイスタリアスのおかげで元に戻ったけれど、わたしの恋心は宙ぶらりんのままだった。
――――シャルロットも同じなのだと思っていた。あの瞬間まで。
リトギルカの占領下でも行われた学園祭。最終日。
リトギルカの将校に連れて行かれそうになっていたルシオンくんを、取り戻そうとして死んだシャルロット。ユーシスがルシオンくんでも好きだったということだ。
いつからそう思っていたのかはわからないけれど、それだけはまちがいない。命がけで好きだったんだ。
シャルロットに教えられた。ユーシスという入れ物が好きなんじゃない。ユーシスだろうが、ルシオンくんだろうが、そしてギガロックだろうが、このひとを好きなんだと。
わたしも同じなんだと気が付いた。もやもやしていた心の中がすっかり晴れて、おさえつけられていた好きという気持ちがあふれてきた。
前よりもっとルシオンくんを好きになっていた。
こんなことになるのなら
好きにならなければよかった
出会わなければよかった




