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【テュテュリン】
いいのかな いいのかな
このままでいいのかな
マリオッシュ転移の真実を知っているのはわたしたちだけ。わたしたちが口をつぐんでしまえば、真実は永遠に闇の中・・・・・・
それで、本当にいいの?
犠牲者の遺族には知る権利があるんじゃないの?
真実を知ったらまちがなく、ルシオンくんは憎まれる。中には殺したいと思うひともいるはずだ。
そもそもルシオンは悪いことをしたの?
いいことをしたとは思わないけれど、マリオッシュを救ったのは事実だ。だから、わたしたちは今こうして生きている。
それでも、やっぱり、後ろ暗いんだ。
心にかかったモヤがじっとりとまとわりついて重い。
わからない わからない
わたしにはわからない。
兄さんの言っていることが正しいのか、それともまちがっているのか。
もしかすると本当に正しくて、本当にまちがっているのかもしれない。
わたしが思い悩んでいるうちに兄さんは決めてしまった。ルシオンくんを殺すと。
わかっているのは、もうだれにも止められないということだけ。
兄さんを止めるべきかどうかもわからない。協力しない、という道を選ぶことはできる。
わたしの模造品がなければ作戦は成立しない。それでも兄さんはあきらめないだろう。ひとりでやろうとして失敗するだけだ。
ルシオンくんが兄さんを殺したりするようなことはないと思う。でも、アインシャちゃんやファラムリッドさんが、巻き込まれるようなことになればわからない。
兄さんは自分かルシオンくん、どちらかが死ぬまで絶対にやめないはずだ。
結局、わたしは兄さんを選ぶんだ。
どんなにルシオンくんが好きでも、どんなに兄さんが重荷でも、わたしに兄さんを見捨てることはできない。
兄さんは、自分は強いと思っているようだけどそんなのただのカン違いだ。馬鹿力なんて力技の特殊能力を持っているから、自分は強いと思い込んでいるだけ。
本当の兄さんは繊細で傷つきやすい。過去の失敗や過ちを引きずっていつまでも苦しんでいる。生きることに不器用なひとだ。
どんなに身体をきたえて筋肉をまとったって、中身まで強くなれるわけじゃない。本当の姿が見えなくなるだけだ。兄さんは自分の弱さを見たくないんだ。
兄さんが自分をだましているようにわたしも兄さんをだまし続けてきた。
わたしが災難にあうのは偶然なんかじゃない。
バッド・ラック―――不運を引き寄せる能力
わたしがイミテーションのほかに、こんなヴァイオスを持っていることを兄さんは知らない。
本当ならなんの使い道もないムダな能力だ。持っていたって使いたがるひとはいないだろうし、そんな力があると知っているひともいない。
わたしが無意識に使っていた力の正体を知ることができたのは、同じ力を持つひとに会ったことがあるからだ。
わたしはこの力を兄さんのために利用してきた。
軍人だった父さんは戦争に行くときいつも言っていた。
「リッガルト、お前が母さんとテュテュリンを守るんだ」
父さんに家族をまかされた兄さんは真剣な目でうなずいていた。あの日も同じやりとりがあってそれが父さんの遺言になってしまった。
それでなくても真面目な兄さんは父さんとの約束を守ろうと必死だった。でも、守り切れなかった。
自分の強さを信じていた兄さんは打ちひしがれていた。母さんを守ることをあきらめてしまった自分の弱さが許せなかったのだと思う。
すっかり自信をなくした兄さんは、わたしの知っている兄さんじゃなくなった。不意にわたしの前からいなくなってしまいそうでこわかった。
父さんが帰って来なくて、母さんが死んで、その上、兄さんまでいなくなったら!
何日か雨が続いてやっと晴れた日の朝、わたしと兄さんは食料品を買いにでかけた。雲ひとつない空ときらきら光る海はまぶしかった。
じっと水平線を見つめる兄さん。その横顔に不安でたまらくなった。
まだわたしがいるよ
こっちを見て!
兄さんがいないとダメなの
ちゃんと守って!!
心の中で叫んだとき、車道を走っていたモーターバイクが突っ込んで来た!
わたしに向かって!!
「テュテュリン!! テュテュリン、しっかりしろ!」
意識が途切れる寸前、血相を変えた兄さんがわたしを見下ろしていたのを覚えてる。
幸い大きなケガはなくかすり傷だけだったけれど、兄さんはすごく心配してくれた。わたしを見てくれた。
うれしかった。事故にあったのは不運だけど、幸運だったとさえ思った。
ところが。わたしの不運(=幸運)はそれで終わりじゃなかった。
外を歩いていると、鳥にフンをかけられる、水たまりでしりもちはつく。家にいたって、階段から落ちる、ヤカンのお湯を浴びる・・・・・・
いつも大事にはならずにすんでいたけれど、兄さんには
「お前はもう何もするな!」
と言われた。わたしがぼうっとしているせいだと思ったみたい。
自分でも、つらいことがありすぎて目の前のことに上の空なのだろうと思っていた。だから、ちゃんとしようとしたけれど不運は止まらなかった。
もちろん、わたしにってはちっとも不運じゃなかったんだけど。イヌのフンをふんずけたって、取りこんだ洗濯物を風に飛ばされたって、本気で落ち込んだりはしなかった。
困っているとすぐに兄さんが飛んできて手を貸してくれたから。
わたしの世話を焼くことで兄さんの気はまぎれていたみたいだし、いやが応でも前を向くしかなくなった。こうして少しずつ立ち直っていったんだ。
まだ守らなくちゃならないものがある。
約束を果たすチャンスがある。
兄さんは父さんとの約束の半分が残っていることを思いだした。自分の強さを証明できるチャンスがまだあるんだと。
それからのわたしは兄さんに守られる弱い存在でいなければならなかった。災難にあっても自分で後片付けができてしまったら兄さんの助けはいらない。
だから、ひとりじゃなにもできないふりをするしかなかった。こうして、おとなしくて人見知りなテュテュリンのできあがりだ。
本当のわたしは頼りなくて危なっかしくて弱い女の子なんかじゃない。小さいころはよく口げんかで兄さんを言い負かしてた。取っ組み合いになることだってあった。
いつもわたしが勝っていたのは兄さんが手加減していたからだけど。
兄さんは、母さんの自殺のショックでわたしの性格が変わってしまったと思いこんでいた。好都合だった。それからずっと兄さんをだまし続けている。
これはわたしへの罰だ。
今さら兄さんを見捨てることは許されない。最後まで兄さんに付き合うしかないんだ。それがどんなにつらくても―――
ウルリカさんのお葬式が終わってからの兄さんは生き返ったみたいだった。すべてをかけられる、かけなくちゃならない目標を見つけて生き生きしてるぐらいだ。
もしかしたら、ウルリカさんがいなくなった悲しみから目をそらすために、わざとそうしているのかもしれない。
作戦の決行は12月25日に決まった。
年が明けると、マリオッシュの軍人さんたちはみんなよその島に引っ越すことになっている。
建造がはじまった人工島が完成するまでの間、小隊や中隊ごとによその部隊に引き取られるんだ。
一般のひとたちはもうほとんど残っていない。軍人さんたちの生活を支えるためにどうしても必要な、食料や日用品なんかを売ってる店が少し残っているだけだ。
ファラムリッドさんには
「行き先が決まったらいつでも出て行っても構わない」
と言われている。
わたしたちにそのつもりはないから
「子供たちとできるだけ長く一緒にいたいさせてください」
と答えていた。
うそじゃないよ。わたしは本当にいつまもでもこの子たちとこうして暮らしていたかった。ルシオンくんはもちろん、恋敵のアインシャちゃんも大好きになっていたから。
ファラムリッドさんもメルカトキオルさんも、わたしたちを信用して大事な子供たちを預けてくれている。その信頼を裏切るのは心が痛い。
兄さんもそうなんでしょ。この話題を持ちださないのがその証拠だ。
チャンスは引っ越しの準備で忙しい今。
新しい島、新しい家、新しい部隊・・・・・・
環境ががらりと変わることへの不安と期待で夫妻の心はいっぱいだ。引っ越しの準備もある。今までみたいには子供たちを気にかけてはいられない。
大人たちは浮足立っていても子供たちの日常は変わらない。いつもと同じ時間に起きて、同じ時間に寝る。いつもと同じ時間に食事をして、同じ時間にままごとをして遊ぶ。
アインシャちゃんはあしたもあさってもその次も、ずっと今日と同じ朝が来ると思っている。
そして、一日一日大きくなってルシオンくんとお似合いのレディになる日を待ち望んでいるんだ。
わたしたちはなんの罪もない小さな女の子の、幸せな日常をこわして大切な夢まで奪ってしまうんだ。
ルシオンくんがいなくなったら、アインシャちゃんはどうなるんだろう?
その先はこわくて考えたくない。
ごめんね、アインシャちゃん。
ごめんね。。




