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【リッガルト】
ウルリカはひとり息子のミーシャを深く愛していた。そんなことは最初からわかっていたさ。
ミーシャのことを話す時のウルリカはいつもうれしそうだったし、ミーシャが病気になった時には、ウルリカも病気になるんじゃないかと思うほど心配していた。
だが、俺の見立ては甘かった。ウルリカのミーシャへの思いは、愛などという言葉ひとつで片付けられるようなものじゃなかった。
ミーシャはウルリカのすべてだったんだ。分身と言い換えてもいい。分身が死んだことで、ウルリカも死んだ。。
ユタン島で行われたミーシャの葬式にはテュテュリンが付き添った。
俺も行きたかったがバイトがあったし、嘆き悲しむウルリカを見たくないという気持ちもあった。たぶん、後者の方が大きい。
ユタンから帰って来てからというもの、部屋に閉じこもっているウルリカは生きる屍だった。
どんな言葉をかけても無反応で聞こえているのかさえあやしい。毎回部屋に運んでいる食事には、口をつけてもいないとキャシュトニーナが嘆いていた。
日に日に衰弱していくウルリカは軍病院に入れられた。それでもよくなる気配すらなく、今では起き上がることもできない。医者に心は治せない。母さんの時もそうだった。
ウルリカはもういない。あの強くて自信にあふれたウルリカは死んだんだ。
俺にできることはない。
してやれることは、、何もない――――
何もできないとわかっていても、弱っていくウルリカを見ているのがつらくても、マリオッシュを離れることはできなかった。母さんの時みたいな後悔はしたくない。
俺たちはロイエリング家で世話になりながら軍病院に通った。子供たちの面倒をみなくてはならないから、テュテュリンと交互にウルリカに会いに行った。
「ウルリカさんは、、母さんみたいなことにはならないよね・・・・・・」
ある日、軍病院から帰って来たテュテュリンがそう言った時、ドキリとした。俺も同じことを考えていたからだ。
「ウルリカは母さんとは違う」
半分は自分の不安を打ち消すための言葉だった。
「そう、だよね」
テュテュリンの顔は曇ったままだ。
俺たちはウルリカを励まし続けた。祈るように。
最期はあっけなかった。
弱っていたウルリカは肺炎にかかってしまったんだ。書類上は病死ということになるんだろうが、正確には自殺だ。
娘を看取ったウルリカの母親は声もなく涙を流していた。孫を亡くし、娘を亡くした母親は、まだ50代のはずなのに80の老婆のように年老いて見えた。
この人はこの先ずっと苦しみ続けるのだろう。暴漢の手から孫を守れなかったことを後悔して。それは、死んでしまったウルリカが味わった地獄よりも深い地獄なのかもしれない。
すっかり忘れていたがウルリカにはもうひとり家族がいる。ラスカーはどうしているのだろう。服役中でなければ、最期の時にウルリカの手を握るのはあいつだったはずだ。
ウルリカは、刑期を終えたラスカーと一緒に暮らすことを夢見ていた。それはラスカーも同じだったんじゃないのか?
妻子を失ったラスカーは何を支えに長い投獄生活を耐えていくのだろう。
葬式の日は憎らしいほど晴れていた。空気は冷たいが風はなく穏やかな日だっだ。
式の間はおとなしくしていたチビのアインシャは、終わるとすぐにぐずりだした。ファラムリッドが叱っても、メルカトキオルがなだめてもおさまらない。
困り果てたふたりは娘をルシオンに預けた。ひと言、ふた言アインシャに話しかけたルシオンはチビを連れてどこかへ行ってしまった。
式が終わっても帰ろうとする参列者はいなかった。大半は軍人だが、一般人も結構いる。みんなウルリカとの思い出に浸りながら涙をぬぐっている。
ウルリカはこの人たちにとってどんな存在だったのだろう。
俺にとっては・・・・・・
いなくなってできた心の穴の大きさに、ウルリカの存在が俺の中でどれだけ大きくなっていたのかを知った。俺はこの痛みを何度味わえばいいのだろう。
この先もこんなことが続くのなら、この世界は地獄じゃないか。
俺はかたわらのテュテュリンを抱き寄せた。
「兄さん。どうしてこんなことになっちゃったんだろう・・・・・・」
妹の目は赤くはれている。
参列者がひとりふたりと帰り始めた。子供たちを連れ戻さなければならない。俺は葬儀場の右側を、テュテュリンは左側を探すことにした。
そこは一面の花畑だった。日当たりがいいせいかすごいことになっている。寒さに負けず咲いている花の名前を、俺は知らない。
花の中に寝転がったルシオンは空を見上げている。ぴったりそばにくっついているアインシャはうとうとしているようだ。
ルシオンが見上げる空の下、花畑のむこうには無数の小石が散らばっている。
あれは、想い石
故人を想って積まれたものだ。元々あそこにはたくさんの石積みがあったはずだ。マリオッシュの転移で倒れてしまったのか。今は低い石積みが数えるほどしかない。
ルシオンが壊した――――
何もかも全部――――
抜けるように青い空
つんと冷たい空気
無数に咲く小さな白い花
地面に転がる想い石
ああ そうだ
生きていてはいけない
ルシオンは、生きていてはいけないんだ
憎しみや怒りの感情はなかった。ただ、、そう思った。
ルシオンを殺す。
元々、そのためだけにマリオッシュにやって来たんだ。それなのに、色んなことがあって、本当に色んなことがあって、その必要はないと思ってしまった。
俺たちはもっと広く大きく物事をとらえなくてはならなかったのに、自分のまわりの狭い世界しか見ていなかった。
ルシオンのあの力はあってはいけないものだ。大きすぎる力は秩序を壊す。この世界には決して曲がらない秩序がある。曲がらないはずのものを無理に曲げるとひずみができる。
そして、そのひずみは悲劇を生むんだ。
ルシオンは子供だ。自分の力の意味なんかわかちゃいないだろう。
テュテュリンがメルカトキオルに聞いた話は俺も知っている。大人の言いなりに軍事利用されることを拒否したのは正しいことだと、そのときは思った。
本当にそうか?
軍の手綱を切ったルシオンを誰が制御するんだ?
誰にルシオンの暴走を止められる?
たった11歳の子供にあのバカげた力を預けていいはずがない。
何のために使うべきか。どう使うべきか。
いや、それ以前に使っていけない力なんだ。
封印するべきだ。
ルシオンは自分が守りたいもののために力を使ってきた。アインシャを守るため。マリオッシュを守るため。
ルシオンが本当に守りたかったのはファラムリッドだ。
ファラムリッドを、たったひとりの女を守るためだけに力を使ったんだ。
小さな力なら、あるいは、そんなわがままも許されるのかもしれない。
だが、ルシオンの持つ力はあまりにも大き過ぎる。
ルシオンが大人なら使わない道を選ぶことができるのか?
どうだろう。そんな先のことはわからない。わからないが、どうにもならない状況をなんとかできる力があるのに、使わないという選択は難しいと思う。
俺は何様のつもりだ?
世界の秩序を守るためにルシオンを殺す―――
神にでもなったつもりか?
笑っちまうがやるしかない。
それができるのは俺たちだけなんだ!
「こんなところにいたんだ」
子供たちを見つけられなかったテュテュリンがやって来た。
「なんだかほっとするなあ」
花の中に寝転んでいる子供たちを見て、泣きはらした目元に微笑みを浮かべている。
「そうだな」
自分でも驚くような低い声に、テュテュリンが俺の顔をのぞき込む。
「兄さん?」
俺は子供たちに目を向けたままゆっくりと口を開く。
「ルシオンを殺そう」
テュテュリンの息が止まった。
いつの間にか吹き始めた風がほおを刺す。冷たい風だ。
「・・・・・・ウルリカさんが死んだから?」
細い声は震えていた。
「あの力はあってはいけないものだ」
「ルシオンくんが望んだわけじゃないんだよ」
「それでもあってはいけないんだ」
俺は自分の言葉を聞きながら、決意がさらに強くなっていくのを感じていた。
ああ。これこそが俺が生まれてきた理由なのか。
俺の人生はルシオンを殺すためにあったんだ。
「でも・・・・・・」
何か言いかけてやめたテュテュリンは固く目を閉じた。何も見たくない、何も聞きたくないというように。
そして、目を開くと身動きもせずに子供たちを見つめていた。静かに涙を流しながら。。




