4-4
◇◇◇◇
ウルリカ・カストレンは、家族をとても深く愛していた。そんな家族への愛がウルリカを強くしていたのだ。
特にひとり息子のミーシャには心を砕いていた。
父親が脱走兵であることの負い目や、ミーシャ自身が特殊能力者であるための将来への不安や不満。それら全部を払いのけるようにウルリカは輝いていた。
ウルリカが輝くことでそんなこと大した問題じゃない、ミーシャにも輝くことはできると伝えたかった。ミーシャの心がしぼんでしまわないないように守っていた。
だからウルリカは、ミュウディアンとして、ブロックフィッチとしてけんめいに戦ってきた。
すべては、ミーシャのために。
ミーシャにとってウルリカは自慢の母親だった。アビュースタ軍の攻守の要、フォート・マリオッシュを守る英雄だった。
「ぼくもママみたいなミュウディアンになるんだ!」
周囲にはそう宣言していた。
ウルリカを誇らしく思い、ブロックフィッチの活躍に胸を躍らせていた。
マリオッシュ転移のニュースがミーシャの住むユタン島に届いたのは、マリオッシュで軍の正式発表があった翌日だった。ビアンヴィルに起きた悲劇は正確に伝えられた。
隠したりゆがめたりしなかったのは、民間との良好な関係を重要視するフォート・マリオッシュ駐屯軍総司令の方針だ。
だが、このニュースには肝心なピースが欠けていた。マリオッシュがビアンヴィル上に転移した原因についての説明がなかったのだ。
欠けたパズルのピースをうめる噂が広まるのに時間はかからなかった。
ブロックフィッチがマリオッシュを転移させたという噂を、ミーシャは信じてしまった。まわりの大人たちと同じように。だからミーシャにはこう言うしかなかった。
「ブロックフィッチはマリオッシュをまもったんだ! いいことをしたんだ!!」
母親の誇りを守りたかっただけなのかもしれない。あるいは、ウルリカのしたことは間違ってはいないと、自分に言い聞かせていただけなのかもしれない。
だが、ミーシャの言葉はビアンヴィルの死者を冒涜するものだった。犠牲になった人々の命よりもマリオッシュの方が重要だと言っているのだから。
「そんなことを人前で言ってはいけないよ」
ミーシャが白い目で見られることを恐れた祖母は孫をたしなめた。するとミーシャはすさんだ目で祖母を見上げた。
「おばあちゃんもママがわるいとおもっているの?!」
祖母にはミーシャを抱きしめることしかできなかった。
ユタン島にも今回の大変事で犠牲になった人の遺族はいた。
電化製品の販売と修理を生業とするローガンという男の妻はビアンヴィル出身だった。出産をひかえた妻は3人の子供たちを連れて里帰りしていた。
予定より早かったが4人目が無事に生まれたと聞いて会いに行くところだった。
男、男、男と続いてやっと生まれた女だった。これから始まる家族6人でのにぎやかな暮らしを想像して夢がふくらんでいた。
そんなローガンの目に飛び込んできたのは、変わり果てたビアンヴィルの姿だった。
転移が起こった直後でまだ厳戒令は敷かれていない。ビアンヴィルへの上陸を強行したローガンは、家族がいるはずの妻の実家を探して歩きまわった。
出会った島民に誰彼構わず尋ねてみたがまともな答えは返ってこない。
「ここはビアンヴィルじゃない。マリオッシュだ」
誰にきいても何度きいても同じ答えしか返ってこなかった。
ローガンはふらふらになりながら、妻と幼い息子たち、そして、まだ見ぬ娘を探し続けた。永遠の地獄をさまよっているような気がしてきた時に、軍の発表があった。
地獄の底が抜けた
落ちて行く先には更に深い闇が広がっていた
妻と子供たちは、もう、この世界のどこにもいない――――
世界でたったひとりの人間になってしまったような壮絶な孤独がローガンを襲った。
ひとりきりで生きることに何の意味がある?
ローガンは家族の亡骸を埋葬したら自分も家族の元へ行くつもりでいた。ところが。地中深くに埋もれてしまった犠牲者は掘り起こすこともできないと言う。
最後にひと目会うことすらできない。
生まれたばかりの娘は顔も知らないというのに!
ローガンは一旦ユタンに戻った。家族のために用意しておいたプレゼントのことを思い出したからだ。家に帰って来たらみんなを驚かせるつもりだった。
けれども、家族が帰って来ることはない。それなら自分がプレゼントを持ってそちらへ行くしかない。
妻には銀細工の髪飾りを買った。赤い石がついていて妻の栗色の髪に似合うはずだ。
息子たちにはそれぞれが欲しがっていたおもちゃを買った。息子たちのおもちゃのほとんどは3人共通の持ち物だ。特別な時以外、ひとりひとりに買ってやる余裕はない。
新しい家族が増えたことはとびっきりの特別だ。
いちばん悩んだのはまだ見ぬ娘へのプレゼントだ。
女の子はどんなものを喜ぶのだろう?
想像もつかない。
なにしろ、女の子がどんな顔で笑うのか、どんな声で泣くのかさえも知らないのだ。
仕方なく店員に尋ねるといくつかの品物を見せてくれた。どれも大男の自分が手に取ることがはばかられるほど、小さくて、やわらかくて、かわいらしかった。
薄いピンクのベビードレスを見せられた時、結婚式の日の妻を思い出した。ウエディングドレスを身を包んだ妻は誰よりも美しかった。
このベビードレスがいい。きっと似合うはずだ。
けれども―――
娘にドレスを着せてやることはできない。息子たちが新しいおもちゃに目を輝かせるところを見ることもできない。髪飾りを付けた妻にはにかんだ笑顔を向けられることもない。
ローガンは泣いた―――
こんなことになってから初めて流す涙だった。
変わり果てたビアンヴィルを見た瞬間から、別の世界に来てしまったかのような錯覚にとらわれていた。自分の見ているものが現実でないような気がしていたのだ。
いつかは覚める夢であってくれ!
心の中で祈り続けていた。
今、渡すことのできないプレゼントを手にして、夢ではないと確かめることになってしまった。
ベビードレスの手触りが、髪飾りの輝きが、おもちゃの重みが、夢ではないと訴えている。突き付けられた現実のむごさに声を上げて泣いた。
どれだけそうしていたかわからない。全身を引き裂くような嘆きと悲しみは、やがて激しい憎悪へと変貌していった。
ローガンから噴き出す黒い炎は彼自身をも焼きつくそうとしているかのようだった。
軍の発表にはマリオッシュ転移の原因は不明とあった。
不明? そんなことヴァイオーサーの仕業に決まっている。みんな言っているじゃないか。ブロックフィッチがやったのだと。
憎い――――
自分から家族を奪ったブロックフィッチが憎い!
ミュウディアンはアビュースタ人民を守るために存在しているのに、何の罪もないビアンヴィル島民を皆殺しにした。
やはりヴァイオーサーは化け物なのだ。特殊能力などという恐ろしい力を持つ者を生かしておくからいけないのだ。
ローガンは自分が間違っているとわかっていた。それでも、沸き上がって来る怒りを抑えることはできなかった。
ユタンにも少なからずヴァイオーサーは住んでいる。今の自分がヴァイオーサーを前にして冷静でいられる自信はない。
一時も早く家族の元へ逝こう。
一般人のビアンヴィル=マリオッシュへの上陸は禁止されている。上陸できる算段をつけてからビアンヴィルへ向かうつもりだった。
そんな時だ。
「ブロックフィッチはマリオッシュを守ったんだ! いいことをしたんだ!!」
信じられない言葉が耳に飛び込んできた。
カフェテラスで船を出してもいいと言う漁師と話をしている時のことだった。ローガンが振り返ると、死んだ次男と同じ年頃の少年が中年の女ふたりに向かって叫んでいる。
「ブロックフィッチはわるくない! みんないってたでしょ。ブロックフィッチはえいゆうだって!!」
怒りで目がまわりそうだった。
落ち着け、ローガン! 相手は子供じゃないか。
自分に言い聞かせる。それでも黙ってはいられなかった。
「坊や、そんなことを言うものじゃない」
「おじさんもブロックフィッチはひとごろしだっていうの?」
子供とは思えないようなすさんだ目で見つめられてローガンはひるんだ。
「ビアンヴィルの人たちを死なせた」
「マリオッシュをまもったんだよ」
「だからってたくさんの人を死なせてもいいということにはならない」
子供にこんなことを言っても仕方ない。わかっていても止められなかった。
「ブロックフィッチは人殺しだ」
「わあああああああああ――――!!!」
少年が叫んだ瞬間、空気が変わった。冷たい空気が少年を取り囲むように渦を巻く。狂ったように叫ぶ少年はもう何も聞きたくないのだ。
「ちがう! ちがう!! ぼくのママはひとごろしなんかじゃない!!!」
!!!
そうか。この子の母親はブロックフィッチなのか。
だからあんなに必死になってかばおうとしていたのか。
きっと仲のいい親子なんだな。
ローガンは怒りとは別の感情が臓腑を焼くのを感じた。
この子の母親は俺から家族を奪っておきながら、自分は愛する息子をその腕に抱くのか。
楽しげな母子の光景が脳裏に浮かんだ。顔も知らない母親の口元に微笑みが浮かんだ瞬間、嫉妬は怒りに変わって沸点を超えた。
許せない――――
自分だけ子供を抱くなど許せない!!
気が付くと目の前に少年が倒れていた。うつ伏せの少年の下から赤い液体が這い出している。血まみれのナイフが自分の右手にあるのを見て愕然とした。
なんということをしてしまったんだ!!
怒りに目がくらんでこんな小さな子供を傷つけてしまうとは!
ナイフは家族の元に逝くために用意したものだ。他人を傷つけるつもりなどなかった。今さら何を言っても虚しい言い訳だ。
「・・・・・・すまない」
ローガンはナイフを自分に向けた。
あの世にいけば家族に会えると思っていた。だが、もう、それすら叶わない。人を傷つけた自分は地獄に堕ちる。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。慎ましくも幸せな毎日がずっと続いていくはずだったのに。
もちろん辛いことや悲しいこともあるだろう。それでも家族で力を合わせて乗り越えていけると信じていた。それこそが人生なのだと。
平凡な人生をまっとうして、最期は大勢の子や孫に看取られるのだろうと思っていた。
何がいけなかったのだろう――――




