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【テュテュリン】
わたしと兄さんはミュウディアン宿舎に来ていた。つらいおもいをしているブロックフィッチを (兄さんはウルリカさんを) はげましたかった。
「さすがにこたえたよ」
苦笑いを浮かべるウルリカさんは元気がない。今回のことは、ラスカーさん逮捕のショックから立ち直ろうとしていたウルリカさんに、追い打ちをかける形になってしまった。
ミュウディアンとして、ブロックフィッチとして、あんなに懸命にマリオッシュを守っていた。
それなのに、おぞましいものを見るような目で見られてどれだけ傷ついていることか。
島民の目を覚まさせるには真犯人を突きだすしかない。でも、そんなことできるわけない。たとえ、ルシオンくんがやったとふれまわったところでだれも信じないと思う。
「そんな子供が?」と鼻で笑われるだけだ。
セイラガムがやったと言っても同じ。敵軍のエースがマリオッシュを救ったなんて話に耳を貸すひとはいない。
「みんながうわさに飽きるのをのんびり待つとするさ」
おおらかに笑うウルリカさんには大人の、母親の貫禄を感じる。このひとなら大丈夫。このくらいのことでへこたれたりしない。
「ウルリカさん、お手伝いできることがあったらなんでも言ってくださいね。たとえば、、お買い物とか」
うわさがこわくて自由に外出できないらしいとキャナから聞いていた。
「それには及ばない」
ウルリカさんの答えに迷いはない。すっくと立ちあがるとリビングで退屈そうにしている仲間たちを見まわした。
「我々はマリオッシュを守り続けてきた。それはこれからも変わらない。悪い事は何もしていないんだ。胸を張っていよう。うわさにおびえていたら余計に疑われる」
静まり返ったリビングでブロックフィッチはお互いの顔を見合わせている。
「わたし、ちょっと走ってくる。運動不足なんだよね」
ひとりが立ち上がってリビングをでようとすると
「スミス通りはダメだぞ。サンソン通りなら被害が少ない」
別のひとりが後を追いかける。
「そういえばシャンプーが切れていたんだった」
だれかがつぶやくと
「スーパーマーケットやってるかな?」
残りの3人が腰を浮かしている。
ウルリカさんがわたしを見た。
「心配をかけた。私たちなら大丈夫」
自信に満ちた笑顔。やっぱりこのひとはこうでなくっちゃ。
「別に心配なんかしてないさ。退屈だからヒマつぶしに来ただけだ」
兄さんのうそつき。ここにくる前と今とじゃ顔つきが違っているよ。
ブロックフィッチが自然に振舞っていることで、島民もうわさが一人歩きしたんじゃないかと思いはじめたようだった。
ブロックフィッチが、自分からうわさはまちがっていると言ってまわるようなことはしていない。でも、うわさは本当なのかときいてくる島民にははっきり違うと答えていたそうだ。
地道な努力にじわじわと効果がでてきたんだと思う。島民のブロックフィッチを見る目が変わってきたのがその証拠だ。
2週間後にミュウディアン宿舎を訪ねた時には重い空気は消えていた。キャナもすっかり落ち着きを取り戻したようだ。
キャナの様子がヘンだったわけを知ったときには冷たい汗がでた。マリオッシュの下敷きになったビアンヴィルのひとたち。その断末魔の叫びが聞こえていたなんて!
わたしならきっとおかしくなってしまう。
そんな恐ろしい目に何度も合っているキャナがかわいそうだと思った。
それでも立っていられるキャナは、か弱そうにみえてもやっぱりミュウディアンなんだ。
そんなことを考えながらキャナとウルリカさん、兄さんの4人でお茶を飲んでいた。
そこに帰って来たブロックフィッチのカイヤさんは麻袋をかかえてる。土の匂いがするから中身はジャガイモかな。
「サンディさんの農場を通りかかったら持って帰れって、こんなにもらっちゃった!」
はしゃぐカイヤさんの目には涙が浮かんでいた。
「良かったな」
よろこびを分かち合うウルリカさんの笑顔はとてもやわらかだ。
もう大丈夫。この時はそう思ってすっかり安心していたのだった。
ここはもう要塞島じゃない。サルガッソの切れ目にあったからこそ、大事な役割を持っていた。
今、マリオッシュがあった海にはアビュースタ軍の艦隊がいる。マリオッシュの代わりにリトギルカ軍が入って来ないようにしているんだ。
だからといって、艦隊をずっと張り付かせているわけにもいかない。人工島を作って第2のマリオッシュにしようという計画が持ち上がっている。
マリオッシュの戦力をそっくりそのまま人工島に移し替えるんだって。一般人も希望すれば移住できるみたい。
マリオッシュの下敷きになったビアンヴィルは―――このまま放置されることになった。
復旧には途方もないな時間とお金がかかるし、なによりも25000人もの島民が生き埋めにされた島に住みたいというひとはいない。
地中深くに埋もれてしまったビアンヴィルの島民は、掘り起こして弔うこともできず、落ち着いたら慰霊碑が建てられることになっている。
第2のマリオッシュが完成するまでには時間がかかる。それまでの間、軍人も一般人も別の島で暮らすことになる。
わたしたちは元々こんな騒ぎがなければ今頃ここにはいなかった。ソアレス9に帰るだけ、なんだけどそうもいかなかった。
わたしの代わりに来てくれるはずだったベビーシッターのモナさんが、噴火のときにケガをしてしまったのだ。
今は兄さんとふたりロイエリング家でお世話になっている。わたしたちが借りていた家は溶岩流に飲まれていた。
ほとんど家に帰って来れないロイエリング夫妻は、わたしたちたちがいれば安心だとよろこんでいる。転移前と同じように子供たちのお世話をする毎日だ。
変わったこともある。どういうわけか、アインシャちゃんが兄さんになついたみたいなんだよね。
なついたっていうと言いすぎかもしれないけど、とにかく、前みたいにうさん臭そうな目で兄さんを見ることはなくなっていた。
今だってほら、兄さんに遊んでもらってる。
転移の後、ずっと家の中ですごしている子供たち。
ルシオンくんはお兄ちゃんだから、本を読んだりしておとなしくしていられるけど、まだ小さなアインシャちゃんはそうもいかない。
大好きなままごとにも飽きて“宝探し”の最中だ。
手が届かない高い場所にいくつかのぬいぐるみをかくしておいて、兄さんにおんぶされたアインシャちゃんが探すというものだ。ちょっとしたマイブームになってるみたい。
前は兄さんにおんぶをねだるなんてことは絶対になかったのに。ブツブツ言いながらもアインシャちゃんに付き合ってあげてる兄さんは、まんざらでもないんじゃないかな。
ルシオンくんじゃなくて自分に甘えてくるアインシャちゃんがかわいんでしょ。兄さんがルシオンくんより背が高くて体力があるだけのことなんだけどね。
「兄さん、子供たちを散歩に連れて行こう」
宝探しにも飽きたアインシャちゃんはもう限界だった。
「変わり果てたマリオッシュを、あいつらに見せたくないんじゃなかったのか?」
兄さんは逆立ち腕立てを続けながら言った。
「そうなんだけど」
振り返ると、だだをこねるアインシャちゃんをルシオンくんが必死になだめている。
いつもと変わらない光景だけど騒ぎを起こす回数はいつもと同じじゃない。ずっと家の中じゃストレスもたまる。
アインシャちゃんは変わり果てた島の様子にそれほど動揺してはいなかった。
道が割れたり家が壊れたりしているから外にはでられない、と言い聞かせていたからだろうけど、それだけじゃない。
アインシャちゃんの目には、すっかり変わってしまったマリオッシュは新鮮に映っているようなのだ。知らない島を探検しているみたいにはしゃいでる。
子供というのは案外たくましいものなんだね。
遠まわりにはなるけれどなるべく危険の少ない道を選んで歩いた。
それでも、小さい子供にはアスレチックだった。亀裂のはいったところをジャンプして、段差のできたところはよじ登って。
ルシオンくんがお姫様をエスコートしているから心配はないけれど。
海は、海だけは変わっていなかった。ビアンヴィルでもマリオッシでも、海は、どこまでも広くて、どこまでも青い。
「あれは?」
砂浜に立って潮風を全身に浴びているアインシャちゃんが、空を舞う鳥を指さした。マリオッシュにいたティータという鳥に似てるけど、ティータはあんなに大きくはない。
「見たことのない鳥だね。お家に帰ったら調べてみようね」
穏やかな海には小型船が浮かんでいる。島に近づくでもなく、離れて行くでもない。島の周囲をゆっくりまわっているようだ。
デッキに並んだひとたちは身動きもせずにこっちを見てる。
――――そうか。
あれはビアンヴィルで死んだひとたちの家族なんだ。今この島への一般人の上陸は禁止されている。遺族といえども立ち入ることはできない。それでも、近くまで来たかったんだ。
突然、大切なひとが死んだと聞かされて信じられないのは当たり前だ。
船の上からでもわかる島の変わりように、聞いた話は本当だったのだと絶望に打ちひしがれていることだろう。
遺体を確かめることもできないまま、喪失感だけがつのっていく日々のつらさをわたしたちはよく知っている。
自然災害ならあきらめるしかない。戦争のせいならリトギルカを憎めばいい。でも、ビアンヴィルに起きたことはそのどちらでもない。
遺族のやり場のない悲しみと怒りはどうすればいい?
「あれ、ビアンヴィル島民の遺族だぜ」
兄さんの言葉はシオンくんに向けられたものだった。
アインシャちゃんと手をつないで海を見ていたルシオンくんは、ひと言
「ふうん。」
と言った。少しも関心がないというような声で。
アインシャちゃんは心配そうにルシオンくんを見上げてる。
眉ひとつ動かさないルシオンくんの顔になにが見えるの?
わたしには、、なにも見えない。
マリオッシュ転移の真実を知っているのはわたしと兄さんとキャナだけ。
もしかするとアインシャちゃんも気付いているのかもしれないけれど、アインシャちゃんは幼い。
このままでいいのかな?
そんなことを考えながら数日がすぎた。
その日の真夜中に電話してきたキャナの声は震えていた。激しい胸騒ぎにおそる恐る問いかける。
「・・・どうかしたの?」
「――――――」
「え?」
よく聞き取れない。聞こえてはいるけど飲み込めないんだ。
「もう一度お願い」
「――――――」
ああ!!!
「どうしたんだ?」
起きて来た兄さんがわたしの目を見て顔色を変えた。
「リン、大丈夫なの? リン!」
受話器の向こうでキャナが叫んでる。返事をしようとするけれど声がでない。代わりに涙があふれた。わたしの手から受話器をはがし取ってゆっくりと耳に当てる兄さん。
「何があった?」
低い声だった。
頭がくらくらする。なにがなんだかわからない。しばらくして受話器を置いた兄さんは長いこと動かなかった。荒れ狂う激しい感情をしずめようとしているんだ。
「行って来る」
抑えきれない感情をほとばしらせながら玄関に向かう兄さんを、あわてて追いかける。
「わたしも!」
ミュウディアン宿舎に着いたときには、着ていた服は汚れて破れてひどいことになっていた。街灯ひとつないでこぼこの道を何度も転びながら急いできたんだから仕方ない。
こんな夜中にこんな格好で訪ねて来たって取り次いでくれるわけもなく、警備兵を説得しようとしていたらキャナが来て許可を取ってくれた。
キャナはわたしと兄さんの顔を見てくちびるをかみしめ、だまって歩きだす。後をついて行くとウルリカさんの部屋の前で止まった。
ドアを開けた瞬間、息を飲んだ。部屋の中はぐちゃぐちゃだった。まるで嵐でも吹き抜けた後のように。
床に散らばった本や洋服の間に、ウルリカさんは座っていた。
髪を振り乱し肩を落としてうなだれているウルリカさんは、わたしたちの知っているウルリカさんじゃない。ぴくりとも動かないから心配になって顔をのぞきこむ。
「ウルリカ、、さん・・・・・・」
魂の抜けたような目を見て母さんを思いだした。父さんが死んだとき、母さんも同じ目をしていた。
「・・・・・・・・・」
かける言葉が見つからない。わたしはウルリカさんを抱きしめて泣いた。




