4-2
【リッガルト】
不気味だ―――
セレンツ山の噴火はぴたりと止まり、揺れもすっかり収まっている。
だが、何かが変だ。
キャシュトニーナの様子が異常なのも気になる。テュテュリンがなんとか落ち着かせようとしているが、全身の震えは一向に収まらない。
「お前、何をした?」
俺の視線の先にはルシオンが立っている。となりのアインシャがすり寄って行ったのは不穏な空気を感じ取ったからだ。
「マリオッシュは沈まない」
ルシオンは感情のない声で言った。
海に沈むはずだったマリオッシュを救ったことは間違いない。だが、どうやればそんなことができるのか俺には見当もつかない。
地殻変動を止めるなどということができるはずはない。
いや、セイラガムになら可能なのか? そうだったとしてもあの一瞬でできるようなことじゃないだろう。
第一、地殻変動を止めたりしたらどこにどんな歪みが起きるかわからない。子供のヤツはそこまで考えちゃいないかもしれないが。
「とりあえずロイエリング家に行ってみよう」
こんな状態のキャシュトニーナをひとりにはできないから、一緒に連れて行くことにした。子供たちの安全を確保できたら送って行こう。ミュウディアンは軍本部に集合しているはずだ。
俺たちはロイエリング家に向かって歩き出した。溶岩が流れた場所はそこに何があったのかわからなくなっている。あるのは赤黒い溶岩のかたまりだけだ。
無傷で立っている建物なんかない。どれもこれも地震と火山弾に痛めつけられている。
ロイエリング家も無事ではないだろう。俺たちの足取りは次第に早くなっていった。
ロイエリング家は奇跡的に立っていた。もちろん無傷ということはなく、屋根のいたる所に穴が開いてるから雨が降らないことを祈るばかりだ。
家の中は足の踏み場がないほど散らかっていたが、とりあえずリビングだけ片付けて座れるスペースを確保した。
非常用に備蓄してあった缶ジュースを開け、ウルリカの弁当とキャシュトニーナのクッキーをテーブルに広げる。ものを口にしたことでみんなの緊張もいくらかやわらいだようだ。
両親がいなくても駄々をこねたりしないアインシャはチビでも軍人の子供だ。もっともルシオンさえそばにいればいいのかもしれないが。
子供たちはテュテュリンにまかせて、キャシュトニーナを軍本部に連れて行くことにした。仲間のミュウディアンが探しているかもしれない。
電話が通じないから無事を知らせることもできなかったのだ。
それに、何が起きたのかを確かめる必要がある。軍本部できくのがいちばん正確で早いだろう。
軍本部の前にはすでに多くの島民が集まっていた。
「現在、被害の状況を調査中だ。情報がまとまり次第発表する。もう少し待ってくれ」
マリオッシュは軍と民間との関係が良好な島だ。軍の広報部の男は高圧的な態度を取ったりはしない。それでも不安が民衆をいら立たせる。
「マリオッシュはどうなったんだ!」
「どうして急に噴火が止まったんだ?」
知りたいことはみんな同じだ。
「こっちも混乱しているんだ。何かわかったらすぐに・・・・・・」
軍人はみんなを落ち着かせようと大声を張り上げる。
俺は警備兵にキャシュトニーナを預けて軍本部を後にした。
別れ際に見たキャシュトニーナの瞳は地獄の底をのぞいたように暗かった。身体の震えも止まってはいなかった。
あの恐怖の原因は地殻変動じゃない。
キャシュトニーナをあんなにもおびえさせているものはなんだ?
俺の背中を悪魔の指先が這い上がる。
のんびり軍の調査を待ってはいられない。
噴火と地震の被害をまぬかれた所はなく、マリオッシュはどこもかしこも様変わりしていた。
多くの死傷者がでているようだ。要塞島の島民たちはお互いに助け合いながらけが人の救護にあたっている。
火山弾で穴が開いたり、地震で段差ができたりしている道はまともにつながってはいない。飛び降り、よじ登り、進んでいくと海に出た。
変だ
何かがおかしい。ずっと感じていた違和感が一気に大きくふくらんで、俺の心臓を激しくたたく。
違和感の正体を探して周囲を注意深くながめる。右から左へ、ゆっくり、視線を動かす。特に変わったものはないのに鼓動が早くなるのはなぜだ?
大空を舞っていた鳥が甲高い声で鳴いた。見たことのない鳥だ。鳥は上空を何度も旋回した後、波打ち際に建つ灯台にとまった。その瞬間、違和感の正体がわかった。
灯台だと?!
あんな所に灯台はなかったはずだ!!
俺はマリオッシュに来てすぐに島中を歩きまわって地図を作った。その時確認した灯台は3基だった。その3基全部が島の西側にある。
東側に灯台がないのはその必要がないからだ。なぜなら、東側に広がる海はリトギルカの領域だからだ。
あるとすれば白くて優美な灯台じゃなく、コンクリートむき出しの武骨な監視塔のはずなんだ。何度確認しても腕時計のコンパスは東を指している。
あの灯台はいつ、どこからやってきたんだ? もちろん、灯台が動くはずはない。だが、動かすことのできるヤツはいる。何のためにそんなことをしたのかわからないが。
俺は答えを探して灯台の方へと歩き出した。砂浜に何か落ちている。近づいて、胸から下が砂に埋もれた人間だとわかった。
「おい、大丈夫か!?」
引っ張り出した男は意識を取り戻して周囲をながめる。
「ここはどこだ?!」
「・・・・・・どういう意味だ?」
「おれは港にいたんだ!!」
男は吠えた。
ひどく混乱しているのは俺も同じだった。言ってることの意味がわからん。
「ここはビアンヴィル、、だよな?」
頭の中を電気が走った。ビアンヴィル、だと・・・・・・
俺は何か考え違いをしているのだろうか。
「違う。フォート・マリオッシュだ」
「そんなバカな話があるもんか!!」
バカな話と言われても間違いなくマリオッシュだ。
この男はなぜここがビアンヴィルだと思い込んでいるのか。
「おれはビアンヴィルの漁師だ。今日は大漁だったんで早めに引き上げたんだ。港に船を着けて荷揚げをしてた。それがいきなり砂ん中だ。
なあ、何がどうしたらこんなことになるんだよ?」
男は自分の身に起こったことを整理するようにゆっくり話ながら身震いした。
「おれはビアンヴィルの港にいたんじゃねえのかよ!」
俺のえり首につかみかかった男の目は真剣だった。ふざけているのでも狂っているのでもない。男の言っていることは真実なんだ。
だとしたら・・・・・・
そうか! そういうことか!!
男の証言
突然現れた灯台
消えた“祈りの乙女”
あの時感じた浮遊感
この瞬間すべてがつながった。
ルシオンはまた、とんでもないことをした。
マリオッシュを丸ごと転移させたんだ!
ビアンヴィルの上に!!
信じられないことだが、そう考えればすべての説明がつく。
あの鳥はマリオッシュの鳥じゃない。ビアンヴィルの鳥だ。だから見覚えがなかったんだ。
上空を何度も旋回していたのは、急に見知らぬ島になって戸惑っていたのかもしれない。
そして唯一見覚えのある灯台にとまったんだ。ビアンヴィルの灯台だけが残っていたのは海に突き出た場所にあったからだ。
灯台以外のもの、港や町、畑や家、ありとあらゆるものが今やマリオッシュの下だ。マリオッシュがビアンヴィルを押しつぶした。
島民はどうなったんだ? 逃げるヒマなんかなかったはずだ。そう言えばあの時、キャシュトニーナの様子が変だった。
――――――
世界がぐにゃりとゆがんで目がまわる
吐きそうだ―――
調査に1週間もかかった軍の発表によると、今回の災害による死者は26337人。
そのうち、マリオッシュの死者は1284人。あとの25053人は全部ビアンヴィルの島民だ。命拾いしたマリオッシュの島民もこの真実を知って喜んではいられなくなった。
マリオッシュ転移の原因は不明とされていたから、住民の間ではいろんなうわさが飛び交うようになった。
“フォート・マリオッシュの奇跡”の特殊能力者がまた現れたんだ、という真実を言い当てたものから、地殻変動によるものだというワケのわからんうわさまで。
その中でいちばん有力視されているのがブロックフィッチがやったというものだった。
ブロックフィッチにそんな力はないと反論すると、プリズナートと協力したんだと真剣な顔でささやかれる。いかにもそれが真実であるかのように。
ブロックフィッチの仕事はマリオッシュを守ることだ。そのために障壁や絶対障壁を展開する。
だが、今回はそれらが何の役にもたたなかった。ウォールの中で起きた災害だったからだ。
そこで、いちばん近い島、ビアンヴィルの上にマリオッシュを転移させたという話はバカげている。バカげてはいるが、マリオッシュの島民は大真面目だ。
マリオッシュを守るため献身的につくしているブロックフィッチならやりかねないと。
ブロックフィッチの仕事ぶりが、根も葉もないうわさを裏付ける材料になってしまっていた。
こうして民衆の非難の目はブロックフィッチに向けられるようになっていった。
他人を犠牲にして生き残った後ろめたさがそうさせているのはわかっている。だからといって無実の罪を背負わされるいわれはない。
軍はブロックフィッチの関与を否定し続けたがうわさは一向に収まらなかった。
民衆の視線を恐れるブロックフィッチの中には、宿舎から出られなくなった者もいるらしい。




