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【テュテュリン】
気持ちを伝えられないまま死んでしまったシャルロット。ルシオンくんはシャルロットがしてくれたことも、その思いも知らない。
「そんなこと許せない!」と兄さんは言った。それでルシオンくんの家に行ったのだけれど、その時にはもう空き家になっていた。シャルロットのお葬式の翌日だった。
ルシオンくんは消えた。保護者のアンジェリカさんも。居所を調べようにも手がかりはなにもない。
「セイラガムならどうだ?」と兄さんは言った。
「あんな力を使えば必ず騒ぎになるはずだ」と。
わたしたちは特殊能力がらみのうわさを調べて、ここフォート・マリオッシュにやって来た。そして、ルシオンくんを見つけた。
「セイラガムに殺された父さんと、父さんの後を追うように死んだ母さん、そして、ヤツを守るために死んだシャルロット。3人に償わせるてやる!」
兄さんはそう言い続けていた。それがただのお題目だってことは兄さんにもわかっていた。だからわたしの言葉に反論できずにあんな賭けをしたんだ。
兄さんは、母さんをひとりにしてしまったことをずっと後悔していた。シャルロットを守りきれなかったことに責任を感じていた。
自分が許せなかったんだと思う。
でもね、それだけじゃないよね?
兄さんは、ルシオンくんに嫉妬していたんだ。シャルロットの気持ちがルシオンくんにあると知って、ルシオンくんをねたみシャルロットをうらんだ。
それが兄さんの憎しみの正体なんじゃないの?
もしかすると本当に復讐したかったのはシャルロットだったのかもしれない。兄さんではなく、ルシオンくんを選んだシャルロットが許せなかったんじゃないの?
だから、シャルロットがルシオンくんに死んでほしいなんて思うはずがないとわかっていながら、ルシオンくんを殺すことにこだわっていた。
やり場のない感情をぶつけたかっただけなんじゃないの?
こんなこと言っても兄さんが認めるはずない。兄さんを追い詰めるだけ。だから、このことは一生わたしの胸にしまっておくね。
兄さんは変わった。
本人は「そんなことない」って言うけど、顔つきがやさしくなった。まるでつきものが落ちたみたい。
兄さんに取り付いていたもの、それは復讐という名の後悔、そして、憎しみと言う名の嫉妬だ。
ルシオンくんにシャルロットの気持ちを伝えてよかったと今は思う。ルシオンくんが悲しんでも悲しまなくてもわたしはいやだったから、伝えたくはなかったんだけど。
でもね。あんな風に泣かれていろんなことがどうでもよくなっちゃった。
ルシオンくんを好きだって口が裂けても兄さんには言えないこととか、ルシオンくんはどうやらファラムリッドさんが好きらしいこととか、もうどうでもいい。
あんなにふうに泣けるキミを好きでよかった。
わたしも兄さんもルシオンくんの涙に救われたんだ。雲ひとつない今日の空みたいにわたしの心も晴れ渡っていた。
わたしたちは一度ソアレス9に戻り、ルシオンくんのことをシャルロットのお墓に報告することにした。
その後で軍警察に出頭しても罪の重さは変わらないだろうし。逃亡中問題を起こしてはいないから重い罪にはならないはず。
まずはアカデミーに入って、いずれはミュウディアンになる。そして、アビュースタを守るために戦うことになる。
「それが特殊能力者である俺たちの正しい在り方であり、特別な力を持った者の責任だ」
まじめな兄さんはそんなことを言ってる。ウルリカさんの影響が大きいんだろうな。
「ルシオンが、セイラガムがアビュースタの敵になるのなら戦うことになる。その時は容赦なくたたきつぶしてやる」
そんなことも言っていた。
でも、そうはならないと思う。
セイラガムがマリオッシュにいるのなら、それはリトギルカの作戦なのだろうと思っていた。メルカトキオルさんの話を聞くまでは。
セイラガムは祖国を裏切った反逆者だ。今の彼にとっての守るべきものはファラムリッドさんであり、ファラムリッドさんを取り巻くすべてのものなんだ。
「わたしたちもその中に入っているのかな」
つい口にしてしまってから後悔した。兄さんににらまれて首をひっこめる。
「俺たちに守ってもらう必要なんかない。俺たちがアビュースタを守るんだから」
港で乗船のときを待つ間、わたしたちは待合室の外で海と空とをながめていた。
運航停止中だった定期船は週に一度だけ来てくれるようになっていた。噴火と地震は続いていたけれど、小さいものばかりだかったから島に残ったひとたちはもう慣れっこだ。
海沿いの道を歩いてくる3つの人影。ルシオンくんとアインシャちゃん、それにキャナだ。
「見送りに来てくれたの?」
声がはずんだ。
「ウルリカさんも来たかったみたいだけど、今日は当番の日だから。これ、ふたりに渡してほしいって預かって来たの」
キャナは兄さんに手提げ袋を差しだした。
「船の中で食べてって」
袋の中をのぞくとお弁当が入ってる。きっと早起きして作ってくれたんだ。
「ウルリカはどうしてる?」
兄さんが今いちばん知りたいことだ。グリエルモのことがあってウルリカさんにはあまり会えていなかったから。
「ラスカーさんのことなら吹っ切ったって言ってた。
会えなくなるわけじゃないし、刑期を終えたらまた一緒に暮らせるだろうから、かえってよかったのかもしれないって」
ムリをしているのはみえ見えだけど、ウルリカさんらしい言葉だ。
ちょっとだけ安心できたかも。たぶん兄さんも同じ気持ちだと思う。
「これはわたしから。クッキーを焼いてみたの」
キャナに渡された水玉もようの箱からは甘い香りがしてる。
「それと、これはロイエリング夫妻から。ボーナスだそうよ。ふたりとも見送りに来れなくて残念がってた」
仏頂面で封筒を受け取った兄さんが、よろこんでいるのはわたしにしかわからない。臨時収入はだれだっていつだってうれしいものでしょ。
「テュテュリンさん、これをシャルロットのお墓に」
ルシオンくんに託されたのは花束だった。花びらに見立てた薄い紙を何枚も重ねて作った造花の花束だ。
本物の花だとソアレス9に着く前に枯れちゃうけどこれなら大丈夫だね。
「ルシオンくんが作ったの?」
こくんとうなずいてわたしの目を見る。
「シャルロットに、ありがとうって伝えて」
こみ上げてくるものがあった。グリエルモのことは一生わたしの心を苦しめ続けるだろう。それでもマリオッシュに来てよかったと思う。
シャルロットのお墓にルシオンくんからの花束を供えることができる。それも、ありがとうの気持ちがつまった手作りの花束を。
お別れのあいさつをする間、ルシオンくんのとなりのアインシャちゃんはうつむいたままだった。
「アインシャちゃん、元気でね」
しゃがんで声をかけるけど顔を上げてくれない。
「モナさんを困らせちゃだめだよ」
モナさんはわたしの代わりに来てくれることになっているベビーシッターだ。一度顔を合わせたことがあるけれどやさしそうなひとだった。そして、かわいらしいひとだった。
軍人さんの若妻だというモナさんを、メルカトキオルさんが口説き落としたんだって。そのせいでファラムリッドさんと一波乱あったらしいけど、とりあえず丸く収まったみたい。
か弱いですって感じのモナさんが小さな暴君のわがままに耐えきれるのか、元ベビーシッターは心配してる。
「またきてくれる?」
小さな声は涙声だった。
「来るよ。アインシャちゃんがどんな美人さんになったか見にね」
「リンリン!」
泣き出したアインシャちゃんに抱き付かれてわたしもうるうるしてきちゃった。
一緒にいたのは短い間だったけれど、すっかりなついてくれたアインシャちゃんをわたしも好きになっていた。恋のライバルではあるけどね。
アインシャちゃんの耳元でささやく。
「ルシオンくんのことお願いね。他の子に取られちゃだめだよ」
大きくうなずくおチビさんは頼もしい。
長い汽笛が3回。いよいよお別れの時だ。本当にもうこれでさよならだと思うと急に名残惜しくなってきちゃった。
「行くぞ」
クールなふりする兄さんに引っぱられるように歩きだしたときだ。
地の底から響いてきた不気味な音と伝わる振動
次の瞬間、激しい爆発音と揺れ
みんないっせいにセレンツ山を見上げる。
噴火した!!!
すごい勢いで真っ赤な溶岩を噴き上げ火の玉のようなものをまき散らしてる。
「逃げろ!」
兄さんが叫んだ。そんなこと言われても、地面が揺れて揺れて動けない!
揺れる地面、降りそそぐ石、迫り来る溶岩
海に飛び込むしかない。
「やめろ!!」
兄さんに止められてハッとした。海を見下ろして背筋が凍り付く。さっきまで凪いでいた海はブクブクと泡立っている。
立っていることもできずに波打つ地面にしがみつくしかないわたしたちに、どうしろっていうの?!
すべり落ちて来た溶岩はわたしたちを飲み込もうとしている。どうすることもできずに固く目を閉じた。
恐るおそる目を開けると、わたしたちは世界でいちばん安全なところにいた。ルシオンくんが作ったシールドの中だ。巨大なドーム状のそれは、定期船ごと港にいるひと全員をおおっている。
シールドの壁に当たる石がコツコツと音をたてる。中には石とはいえないような大きなものもあって、これがなかったらと思うとぞっとする。
「兄さん、マリオッシュはどうなっちゃうの?」
「わからん。わからないが前の噴火とは明らかに違う」
「地殻変動が起きてるのかも」
そう言われれば海がせり上がって来てるように見える。
「マリオッシュが沈むぞ―――!!!」
だれかの叫び声にわたしたちは声もなく顔を見合わせた。みんなの凍り付いた顔。本当に沈んじゃうんだ!
「そんなのだめだ」
立ち上がったルシオンくんはこぶしを握っていた。小さな身体が銀色に輝きだす。ヴァイオスを使う気なんだ。
ルシオンくんにならなんだってできるんだろうけど、どうやってマリオッシュを救うつもり?
ルシオンくんの身体はまともに見られないくらいまぶしくなっていく。だんだん激しくなる揺れにわたしたちは這いつくばって耐えていた。
なにをするつもりかわからないけど、とにかくはやくして!
「「キュウウウウ――ン!!!」」
耳をつんざく奇妙な音!
一瞬の浮遊感の後、揺れは止まった。
「ああああああああああああ!!」
すべてを拒否するような叫び声をあげたのはキャナだった。
「しっかりして!」
なにが起きたのか確かめるより先にキャナを助け起こす。
「・・・・・・キャナ?」
頭をかかえたキャナは青ざめた顔でガタガタ震えてる。
「どうしたの?」
わたしの問いかけも耳に入っていない。肩をゆすりながら何度も呼びかけてやっと焦点が合ってきた。
「大丈夫?」
顔をのぞき込むわたしを見たキャナの目から大粒の涙がこぼれる。
「本当にどうしちゃったの?!」
キャナは強い感知を持っている。そのせいで、他人の心の叫びが勝手に聞こえてしまうことがあると言っていた。
わたしたちには聞こえない声が聞こえているのかもしれない。
「これはどういうことだ・・・・・・」
立ち上がった兄さんがつぶやいた。となりに立ってその言葉の意味を知る。
「海が・・・・・・」
ついさっきまで海はすぐそこにあったのに。どういうわけか、今はずっと下になっている。わたしたちは足のすくむような断崖絶壁の上に立っていた。
「わたしたち、港にいたんだよね?」
わけがわからなくて兄さんを見ると、あわてた様子であたりを見まわしている。
「船はどこだ? 俺たちが乗るはずだった船はどこに行った?!」
兄さんの言葉に視線を走らせるけど、定期船はどこにも見当たらない。港を離れて逃げたのだとしても速すぎない?
「“祈りの乙女”は・・・・・・どこだ?」
兄さんは狐につままれたような顔をしている。あの大岩は船みたいに逃げたりできない。それなのにどこにも見当たらない。
不吉な予感に心臓がせわしなく脈を打つ。
ほんの少し前まで、溶岩が流れ込んだ海は地獄の鍋みたいに泡立っていた。
今、海はなにもなかったみたいに凪いでいる。
海と空の青さだけは噴火の前と同じに見えた。




