3-6
【リッガルト】
「どうしてグリグリはこないの? いっしょにままごとしたい!」
アインシャに詰め寄られたルシオンは返答に困っている。
「アインシャちゃん。心を落ち着けて聞いてね」
ルシオンを助けるつもりか。テュテュリンがアインシャの前にしゃがんで目を合わせた。
「なあに」
カンのいいチビだ。ただならない気配を感じて顔を強張らせている。
「グリグリはね。。グリグリはね。天国に行っちゃったの。。」
テュテュリンはそれ以上何も言わなかったし、アインシャもそれ以上何もきかなかった。ぽろぽろ涙を流すチビを抱きしめて泣いている妹の姿に胸が痛い。痛い。。
ふたりの様子を見ているだけのルシオンが、考えていることなど俺にはわからない。
その夜。すっかり口数の少なくなったテュテュリンがポツリとつぶやく。
「わたしたち、なにやってるんだろう?」
魂の抜けたような声に胸がざわつく。
「何って、決まっているだろ! ヤツに罪を償わせるんだ」
ヤツは、セイラガムは両親を殺した。そして、シャルロットを死なせた。だから俺たちはヤツを」
「罪ってなに? 父さんが死んだのは戦争のせいだし、母さんは自殺だったんだよ。シャルロットは自分の意志でユーシスを守って死んだ。ルシオンくんに罪なんてない!!」
「おまえ本気で言っているのか!」
反射的に非難したが内心おびえていた。
「兄さんは母さんを見捨てたことから目をそらしたいだけだよ。シャルロットのことだって守りきれなかった自分が許せずにいるだけで。
それを全部ルシオンくんのせいにして、ルシオンくんを殺すことで許されようとしているんでしょ!」
気付いたときにはテュテュリンは床に倒れていた。手の平が痛い。妹に手を上げてしまったのか。
助け起こそうとした手を振り払って、俺を真っすぐに見上げるテュテュリンは泣いてはいない。
「シャルロットは本当にユーシスのことが好きだったんだよ。ユーシスの正体がルシオンくんだとわかってもそれは変わらなかった。だから、命がけでルシオンくんを守ったんだよ。
そんなシャルロットが、ルシオンくんに復讐してほしいなんて思うはずない!」
そんなこと、言われなくてもわかってる。
「でも。ヤツはシャルロットのために涙一滴流さないじゃないか」
「そんなのあたりまえでしょ。ルシオンくんはあのときなにがあったのか知らないんだから」
「それは・・・・・・」
俺に返す言葉はない。
「自分たちの都合でグリエルモを死なせてしまった。そっちの方がよっぽど罪が重いよ。
本当にこんなことを続けていいの? どうしてもやりとげようとすれば、また別のだれかを犠牲にすることになるかもしれないのに」
テュテュリンの言葉が俺の胸に重くのしかかる。
「もしそれがウルリカさんだったら?」
「ちょっと待て! なんでウルリカが出てくるんだよ!!」
俺はうろたえた。
「そんなこと絶対にないと言える?」
こいつ、わざとウルリカの名前を出したな。テュテュリンは間違ったことを言っちゃいない。だからって、今さらやめられるもんか!
「兄さん、ルシオンくんに全部話そう。シャルロットの気持ちをちゃんと伝えてあげたい。シャルロットのためにもそうしなくちゃいけないんだよ」
シャルロットがユーシスを好きだったなんて、考えたくもない。それが俺の本音だ。だが、行き場をなくしたシャルロットの思いはどうなる?
「だったら賭けをしよう」
どうしたらいいのかわからなくなった俺は、成り行きにまかせることにした。
「シャルロットの気持ちを知って、ルシオンが泣けばやめる。泣かなければやめない」
「ちょっと待ってよ! そんな適当に決めちゃっていいの? 大事なことなんだよ」
テュテュリンのあわてようは自信がないからだ。ルシオンが泣くと言い切るだけの自信が。俺も同じだ。泣かないと言い切る自信はない。だから、賭けが成立するんだ。
賭けの実行は1週間後のバイトの日とした。
グリエルモの死のショックが残っていてはフェアじゃないという理由で。涙ひとつ見せないヤツがショックを受けているのか怪しいもんだが。
テュテュリンがアインシャの添い寝をしているルシオンを起こしに行った。いよいよ賭けを実行する時が来たんだ。予定通りおやつのシュークリーム作りを始める。
「おいしいシュークリームの作り方はシャルロットと研究したんだよ」
テュテュリンがさりげなくシャルロットの話題を持ち出すと
「もらったことある」
甘いもの好きのルシオンが食いついてきた。
「ひとりで食べちゃった?」
「アンジェがひとつ食べた」
つまり、あとは全部ルシオンが食ったってことか。
張り切ったシャルロットが、これでもかって数のシュークリームを作っていたのを俺も覚えている。
「そっか。ちゃんと食べてくれたんだね。シャルロットもよろこんでるよ、きっと。
ユーシスにおいしいって言ってほしくて、なんども何度も作り直していたんだから」
テュテュリンは泣きそうな顔になっている。
「あの味を再現できるかわからないけど、おいしいシュークリームを作ろうね。わたし、がんばっちゃう」
おいおい、大丈夫なのか? テュテュリンががんばるとたいがい大変なことになるんだが。
案の定、シューはふくらまず、カスタードはクリーム状にならない。途方に暮れたテュテュリンはすっかり元気をなくしてる。
「シャルロットは何度も作り直していたんだろ」
「そうだよね。最初から上手にできるわけないよね」
今度は俺も手伝ってなんとかそれらしく見えるものができた。味見をまかされたルシオンはできたてをひとつ、口に入れて顔を輝かせている。
「おいしい?」
「ん。」
「よかった! アインシャちゃんが起きたらみんなで食べようね」
テュテュリンに言われてアインシャを起こしに行こうとするルシオン。
「ちょっと待って。その前に話があるの」
テュテュリンのヤツ、緊張してるな。
「座れ」
引いてやったいすに座ったルシオンは俺たちの顔を交互にながめてる。話をするのはテュテュリンと決めてある。
「ルシオンくんはシャルロットのこと、好き?」
ルシオンはこくりとうなずいた。
「シャルロットはユーシスのことがすごくすごく好きだったんだよ。
だから、ユーシスが本当はルシオンくんだって知ってショックを受けてた。大好きなユーシスがいなくなったって泣いてた。
でもね、ユーシスがルシオンくんでもやっぱり好きだったんだよ」
ルシオンは黙って聞いている。シャルロットがこんな子供を好きだとはやっぱり納得がいかない。
テュテュリンは、ルシオンが知らないあの日のことを話して聞かせた。
リトギルカ軍の占領下にあったソアレス9。そんな中でも開催された俺たちが通っていたローゼンストック学園の学園祭。
3日間の学園祭が終わって、打ち上げパーティーの会場に向かうところだった。俺とテュテュリンとシャルロット、それにクレープ売りのおばさんは連れ立って歩いていた。
町の様子がおかしい。通りすがりの男に聞くと、リトギルカ軍の占領拠点が何者かに襲われていると言う。シャルロットの安全を考えて急いで帰ることにした。
そんな時俺たちは出会ってしまった。ファイクスという男は顔を知っているという程度の知り合いだったから、そのまま通り過ぎてもよかったんだ。
そうできなかったのは、ファイクスが抱きかかえるようにしていた男のせいだ。
黒ずくめの男が誰なのか、すぐにわかった。
どうしてこんな所にいるんだ?!
ヤツは俺たちの両親を殺した。かなわなくても一矢報いてやりたいところだが、優先すべきはシャルロットの安全だ。ここは何も見なかったふりをして通り過ぎるべきだ。
ところが、俺たちの中に見過ごせない人物がいた。
ワケのわからないことをつぶやきながら黒ずくめに迫って行くおばさんは、俺たちに見せたことのない顔をしていた。ひきつり、ゆがんだ顔。
「セイラガム―――!!!」
憎しみをたたきつけるように叫んだおばさんはセイラガムの脚にしがみついた。
どういうわけかセイラガムは動けないようで、ファイクスはおばさんを引き離そうとしていた。
そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけた島民が集まって来てセイラガムとファイクスは囲まれてしまった。恐ろしい光景だった。
争いを好まない穏やかな気質だと言われていたソアレス9の島民が、血走った目で暴行を働いている。姿は見えないが中のふたりは蹴られ殴られ滅多打ちだ。
呆然とながめている俺たちの横をひとりの男が通り過ぎた。リトギルカの将校で、確か占領軍を指揮している男だ。将校は騒ぎの中心に向かって歩いて行く。
すると突然、時間が止まった、ように見えた。目の前の暴徒の動きが止まったんだ。
それだけじゃない。自分も動けなくなっていた。連れの女たちは? くそっ! 見ることもできやしない。必死に顔を向けようとして気が付いた。
まったく動けないワケじゃない。ひどくゆっくりなら動ける。まるでスローモーションだ。
「みんなどうしちゃったの?」
シャルロットの声がした。そうか。不能を持っているシャルロットに特殊能力は効かない。
そしてもうひとりふつうに動けているヤツがいる。何事もないように歩き続ける将校が、時間の進みを遅くした特殊能力者に違いない。
将校はセイラガムに群がって暴行を働いていた島民を次々に払いのけ、誰かを抱き上げた。それが何者なのかわかって混乱した。
「どういうことなの?」
シャルロットの声もひどく動揺している。
暴徒に囲まれていたのはセイラガムとファイクスだ。ファイクスはそこにいる。セイラガムはどこへ行った? なぜルシオンが将校に抱かれている?
ルシオンは自分の姿を変えられる、変身というヴァイオスを持っている。それでユーシスになっていた。
今度はセイラガムになっていたということなのか。なんのために?
まさか。。本当に・・・・・・
俺は自分の思い付きに驚愕した。そんなことあるワケないだろ!
「ルシオンが・・・セイラガム? 違う、よね」
シャルロットも混乱している。事情はわからない。ただ、ルシオンをあの将校に連れて行かせてはいけないということだけはわかった。
『その子を連れて行くな!!!』と叫ぶファイクスの悲痛な声が頭の中で聞こえていた。
シャルロットにためらいはなかったのだろうか。足音を立てないように将校の背後に近づいたシャルロットは、手を伸ばして油断していた将校のうなじに触れた。
その途端、スローモーションが解けた。イナビリティは触れた相手のヴァイオスを使えなくする能力なのだ。
自由に動けるようになったファイクスのボリュックが将校の背中に命中する。抱いていたルシオンを落として振り返った将校の目がシャルロットを捕らえた。
その瞬間、恐怖が全身をかけめぐった。将校の目は暗い炎をほとばしらせていたんだ。
やめろおおおお!
俺はすぐにシャルロットの元に跳んだ。それなのに
間に合わなかった――――
シャルロットの頭部は首からすべり落ちた。
俺はまた、守れなかったんだ。。
「シャルロットはルシオンくんを助けようとして死んだんだよ。本当に本当にルシオンくんが、ユーシスが好きだったから・・・・・・」
テュテュリンは静かに話をしめくくった。
「賭けは俺の勝ちだな」
喜べばいいのだろうがそんな気分じゃなかった。シャルロットの死を知っても顔色ひとつ変えないルシオンに、怒りと憎しみが増すばかりだ。
なんだってシャルロットがこんなヤツのために死ななくちゃならなかったんだ!
「違うよ。わたしの勝ちだよ」
テュテュリンは何を言っている?
「ルシオンくん、がまんしなくていいんだよ。シャルロットのためにちゃんと泣いてあげて」
泣く、、だと?
ルシオンの顔は変わっていない。何の感情も浮かばない無表情のままだ。なのに、白いほおを大粒の涙が転げ落ちる。
テュテュリンに背中をさすられてみるみる表情がくずれていった。
こらえきれなくなったようにわっと泣き出すともう止まらない。声をあげてわあわあ泣くルシオンはただの子供だ。
騒ぎに目をさましたのかアインシャが2階から下りてきた。眠たそうに目をこすっていたが、大泣きしているルシオンを見て泣き出してしまった。
声の大きさを競うように抱き合って泣き叫ぶ子供たち。騒々しいったらありゃしない。
それでも、俺もテュテュリンも子供たちをなだめることはしなかった。泣き声の向こうに弔いの鐘の音が聞こえるような気がした。
俺の中で凝り固まっていた憎しみがゆるんでいく。子供たちの涙に誘われるように俺の中から流れ出していくのを感じていた。
悲しみが薄れることはないだろう。どんなに時が過ぎても。それでも、憎しみが出ていった分だけ、シャルロットとの思い出が俺の心をやさしいもので満たしてくれる。
俺はもう、これまでのようにセイラガムを憎むことはできない。




