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【テュテュリン】
家に軍警察はやって来なかった。わたしたちが特殊能力者だとバレちゃったときのことを考えて、対策は立ててあったんだけど。
数日後、おじいさんからグリエルモは退役扱いになったと聞いた。軍はこの間の海が落ちた事件で大混乱だった。軍警察もそれどころじゃなかったみたい。
軍に放り出されたグリエルモには家族もいないことがわかって、結局状況はなにも変わっていなかった。
子供のいないおじいさん夫婦が、グリエルモを養子にしようと考えてくれていることだけが救いだった。
グリエルモのことを思うと胸がつぶれそうになる。
ルシオンとわたしたちに関係する記憶だけ消せればよかったのに、なにもかも奪ってしまった。これまでの人生を全部忘れてしまったグリエルモは、最初からやり直すことになる。
わたしたちの知っているグリエルモ・パロッティーニは、もう、どこにもいない。
おじいさんは時々家にグリエルモを連れて来た。グリエルモがおじいさんの手を引っ張って、うーうーうなって行きたいと訴えるんだそうだ。
そのうち、わたしたちにグリエルモを預けて畑仕事に行くようになった。
バイトがある日と重なったときには、グリエルモもロイエリング家に連れて行くことになる。事情を知らないファラムリッドさんとメルカトキオルさんはすごく驚いてた。
当然だよね。
ルシオンくんとアインシャちゃんは戸惑っていたけれど、すぐにままごとをはじめて一緒に遊びだした。
いつもはおとなりのご主人や修理屋さんだったグリエルモの役を赤ちゃんに変えて。わたしは成長して赤ちゃんのお姉ちゃん役になった。
ロイエリング家のひとたちはわたしたちがしたことを知らない。ルシオンくんの秘密を守るためにしたことだとしてもなんの関係もないんだ。
その日はバイトだったから、グリエルモも一緒にロイエリング家に行った。アインシャちゃんはままごとのメンバーがふえて大よろこびしてた。
「テュテュリン、大丈夫なのか?」
顔を上げると兄さんのあきれ顔があった。なにを言われているのかわからなくて聞き返す。
「なにが?」
「こんなに食べきれるのか?」
「あ。」
気が付くとテーブルの上いっぱいにあとは焼くだけのパンが並んでた。
ルシオンくんたちと一緒にパンを作っている最中だった。ファラムリッドさんとメルカトキオルさんにも食べさせるんだって、子供たちは張り切ってる。
けど、これはいくらなんでも多すぎ。
「だ、大丈夫。半分は明日にとっておくから」
「おまえ、疲れてるんじゃないのか?」
「そ、そんなことないよ」
グリエルモのこれからのことを考えてた、なんて言えない。わたしの横で、パンのたねをこねくりまわしているグリエルモの顔は小麦粉で真っ白だ。
「そろそろ焼きはじめよっか」
居心地が悪くてオーブンのところに逃げて来ちゃった。
「あら」
ルシオンくんが運んできたトレーを見て笑顔になる。トレーには顔の形をしたパンがふたつのっていた。
「これファラムリッドさんでしょ。ルシオンくんが作ったの?」
うなずくルシオンくんは少しほっぺが赤い。
「髪型ですぐにわかったよ」
もうひとつは・・・・・・ なんていうか、残念な感じだ。ひとなのか、動物なのか、見分けがつかない。目、鼻、口が付いてるからなにかの顔みたいだけど。
作ったのはアインシャちゃんかな。ファラムリッドさんに似て不器用なのはわかってる。うつむいたアインシャちゃんの表情はかたい。
ヘタなことを言って傷つけないようにしないと。さて、この顔もどきはいったいなに?
わかんないよ! どうしよう。
「うーうー」
子供たちの上からのぞきこんだグリエルモがルシオンくんを抱き上げた。
「もしかしてルシオンくんってこと?」
「そうだよ、アインシャがつくったの!」
そっか。そうだよね。アインシャちゃんが顔を作るとしたら、ルシオンくんに決まってる。ルシオンくんが大好きなファラムリッドさんの顔を作ったのと同じに。
「これがおめめで、これがおはな。おくちはわらってるの!」
はしゃいでいるアインシャちゃんにほっと胸をなでおろす。
「かみのけはね、ぱんをころころしてね、ながーくして・・・・・・」
どうやって作ったのかを、知っている言葉を総動員していっしょうけんめいに説明するアインシャちゃん。ルシオンくんはうなずきながら聞いてあげてる。
「うーうー!」
仲間外れにされたと思ったのかグリエルモがさわぎだした。アインシャちゃんを抱き上げてる。はいはい。アインシャちゃんの顔を作りたいんだね。
「ちょっと待って」
ひとりで顔を作るのはむずかしいグリエルモのために、適当な大きさに切ったパンのたねを丸めて広げて顔のベースを作ってあげた。
それから、顔のパーツを作ってグリエルモに渡す。
「これは目だよ」と言ってるのに真ん中に付けようとするんだもん。
「目ははどこに付いてるかな? アインシャちゃんの顔をよく見て」
目を付けて、鼻、口、髪も付けて顔は完成したけど、ちぐはぐな感じだ。これってまずくない? 美意識の高いアインシャちゃんが機嫌をそこねそう。
心配してるそばでグリエルモはできた顔をアインシャちゃんに見せてる。
「アインシャはこんなかおじゃないよ」
ほら、やっぱり。
アインシャちゃんはグリエルモが付けた顔のパーツをはがして、正しい位置に付けかえていく。
なんとかまともな顔になると、余っていたパンのたねでリボンを作り髪の部分に貼り付けた。
「できた!!」
なんとか合格点の顔になったみたい。満足そうなアインシャちゃんのとなりでうれしそうに笑っているグリエルモ。すっかり作り変えられちゃったけど気にしないんだ。
「お顔ふいてあげるからじっとしてて」
グリエルモはおとなしくわたしに顔を向けた。タオルで白い粉をふき取って
「はい、きれいになった」
「うーうー」
うなってばかりじゃ、なんて言ってるのかわからないよ。グリエルモの無邪気な笑顔に涙がこみあげてくる。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。ぐっと涙をこらえて笑顔、笑顔。
「じゃあ、みんなが作ったお顔を焼くよ」
その日の夜、いつものように筋トレをはじめた兄さんを見ながら悩んでた。兄さんがどんな顔をするか考えるとこわい。余計に苦しめてしまうことになるんじゃないかとも思う。
でも、このままっていうのはあんまりだ。わたしたちの都合でグリエルモの人生を台無しにしまっていいはずはない。
「兄さん。グリエルモを元に戻してあげよう」
言ってしまってから息を止めて兄さんの反応を待つ。
ゆっくりと立ち上がった兄さんがこっちを見る。もう、後には引けない。
「ルシオンくんならなんとかできると思うの」
ルシオンくんの名前は出したくなかったけれど仕方ない。他の方法なんてなにも思いつかなかったんだから。
「俺も、、それは考えた」
思いがけない言葉に目の前が一気に開けた気分。兄さんも同じことを考えていたんだ。
「そうだよ、ルシオンくんならきっと元に戻せるよ!」
はしゃぐわたしとは反対に兄さんは浮かない顔をしてる。
「それでどうする。グリエルモが元に戻れば何もかも思い出すんだぞ」
「そんなことわかってる」
さあ、ここからが勝負だ。うまく兄さんを説得できるか。
「ちゃんと話そう。なにもかもきちんと説明して黙っていてもらおう」
「俺たちがやろうとしていることをバラすのか」
「そう、バラすの。アビュースタのためになるんだからきっと見逃してくれる」
どさりとソファに座った兄さんはしばらく考え込んでいた。
「もし、拒否されたら? 俺たちの邪魔をしようとしたら?」
考えたくはないけれど、そういうことにならないとは言い切れない。
「その時は全部終わるまでどこかに閉じ込めておけばいいよ。なにもグリエルモの人生まで奪うことはないんだから」
兄さんはまた黙り込んだ。今度は長いこと動かなかった。そして、「少し時間をくれ」と言った。
次の日の朝、「答えはでたの?」ときいたら「まだだ」とひと言。兄さんがすごく悩んでいることはわかっていたから、わたしは「そう」とだけ言った。
そして3日目の朝、兄さんは「やろう」と言った。
ああ、これでグリエルモを元に戻すことができる。重くて苦しくて悲しくて、寝苦しい夜をすごさなくてもよくなるんだ!
ルシオンくんに頼みがあるって言ったら、なにもきかずに引き受けてくれた。ウルリカさんのときもそうだったから、断られたらなんてまったく考えてなかったんだけどね。
後はグリエルモが来るのを待つだけ。
「今日は来るかもね」
「そうかもな」
気のない返事をする兄さんもほんとは期待してるんだ。
昨日、一昨日とグリエルモはうちに来ていない。おじいさんは雨でない限り3日に一度は畑仕事に行く。だから、今日は来るはずなんだ。
そう思ったから兄さんもランチの準備にとりかかったんでしょ? 3人分のランチの。
うわさをすればほら、ドアベルが鳴っている。
「いらっしゃい!」
元気よくドアを開けてお出迎え。
あれ。。おじいさんだけ?
「グリエルモは一緒じゃないんですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
おじいさんは暗い顔でわたしを見た。
なに・・・・・・ なんなの?
胸騒ぎがする
おじいさんをリビングに通して兄さんを呼んだ。おじいさんが言いよどんでいることをひとりで聞くのがこわかったから。
ランチの準備で忙しい兄さんは野菜をきざむ手を止めて振り返った。
「グリエルモは?」
おじいさんは答えない。わたしの顔を見た兄さんはナイフを置いた。
「グリエルモは、、グリエルモは、、、」
ずいぶんためらってから、おじいさんは口を開いた。わたしはとなりに座る兄さんの手を握る。
「死んじまった・・・・・・」
おじいさんの言葉を聞いた瞬間、音が消えた。なにも聞こえない。なにも考えられない。鼓動が激しくなって胸が苦しい。視界が白くかすんでいく・・・・・・
「テュテュリン、しっかりしろ!」
兄さんの声で意識がはっきりしてきた。そして、おじいさんの言葉の意味が飲み込めてしまった。
グリエルモが、死んだ―――
うそ!! そんなの信じられない!
「わしの責任だ」と涙を流すおじいさんはすっかりしぼんでしまっている。それでも自分をふるい立たせるようにして、グリエルモに起きたことを話してくれた。
昨日のことだ。知り合いに漁の手伝いを頼まれたおじいさんは、グリエルモを連れて漁船に乗った。グリエルモがよろこぶと思ったからだ。
予想通り大海原に大声をあげてはしゃいでいた。
今はサマラ漁の時期で大漁だった。網の引き上げに忙しいおじいさんは、グリエルモから目を離してしまった。船の上に姿がないと気付いたときには海に浮いていた。
「うそ。。グリエルモは泳げるのに、どうして?」
海で遊んだとき泳いでいたからまちがいない。
「ねえ、、どうして?」
兄さんはなにも言わなかったけれど、顔を見てわかった。
ああ、そうか。わたしのせいなんだ。わたしがグリエルモの記憶を全部消してしまったから。言葉すら覚えていないグリエルモは泳ぎ方も忘れてしまったんだ。
わたしが殺した―――
人生を奪い、命まで奪ってしまった。
ああっ! ああっ!! ああっ!!!
間に合わなかった。。
今日グリエルモが来れば記憶を戻してあげられたのにっ!!
神様、あなたはどうしてこんなにも残酷なんですか?
なにもかも手遅れだ。わたしたちは取り返しのつかないことをしてしまったんだ。
おじいさんはちゃんとグリエルモを見ていなかったせいだと自分を責めている。船に乗せるんじゃなかったと後悔している。
ちがうよ、おじいさん。
悪いのはわたし。本当のことを教えてあげたい。でも教えられない。優しいおじいさんは、なにも知らないまま一生苦しみ続けるんだ。。
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい・・・・




